第61話:二月の足音と、乙女たちのたくらみ
節分が過ぎ、二月の街はピンクとチョコレート色で覆われ、甘く華やかな熱気に包まれていた。
二月十日——バレンタイン本番まで、あと四日。
彩咲|家のリビングでは、学校から帰ってきた妹たちがこたつを囲み、何やらソワソワとした様子で密談を交わしていた。
「ねえねえ! 灯華お姉ちゃん、今年のバレンタイン、誠お兄ちゃんにどんなチョコあげるー?」
六女の彩咲絢金が、ファッション雑誌のバレンタイン特集ページをめくりながら目を輝かせる。
「フフ〜ン! アタシはね、誠お兄ちゃんが泣いて喜ぶような『超巨大デコレーションクッキー』を作るのだ! 誠お兄ちゃんの顔を描いちゃうもんね〜!」
三女の彩咲灯華が誇らしげに胸を張ると、五女の彩咲木乃香が眼鏡のフレームを指先でくいっと持ち上げた。
「灯華お姉ちゃん、見た目も大事だけれど、カカオに含まれるポリフェノールの抗酸化作用や、テオブロミンのリラックス効果を考慮したカカオ70%の本格トリュフこそ、毎日頑張っている誠さんにピッタリだと思うわ」
「……私は、誠さんが普段の家事で疲れた身体を癒やせるよう、甘さ控えめの抹茶生チョコを作ります」
四女の彩咲水樹が静かに手帳にメモを走り書きし、末っ子の彩咲土和も「とわも! まことおにいちゃんに、いちごちょこあげるー!」と小さな手でお手伝いをアピールする。
「あらあら〜、みんな本当に可愛いわね〜。誠くん、本当に妹たちに愛されていて果報者ね〜」
長女の彩咲陽葵さんが、ふんわりとした暖かそうなモカブラウンのニット姿でお茶をすすりながら、おっとりと目を細めた。
「はは……みんな、ありがとう! 料理やお菓子の手伝いならいつでも言ってね!」
台所で夕食の下ごしらえをしていた僕——浅比 誠が笑顔で返すと、妹たちから「えーっ! 誠お兄ちゃんに手伝ってもらったらサプライズにならないじゃん!」とブーイングが飛んできた。
そんな温かい笑い声に包まれるリビングの中、ただ一人——どこか落ち着かない様子で、必死に書類に目を落としている人物がいた。
次女の、彩咲月菜だ。
◇
「……はぁ」
月菜はこたつの端で生徒会の資料を開いていたが、妹たちの「誠お兄ちゃんに何をあげるか」というトークが耳に入るたび、ペンを握る小さなが手わずかに震えていた。
(みんな……誠にあげるチョコのことばかり……っ! だって、誠は私だけの……私の恋人なのに……っ!)
胸の奥から込み上げる、切ないほどの独占欲と焦燥感。
深夜に二人きりで試作した生チョコは完璧な出来だった。けれど、みんなの前では「凛とした次女と裏のお世話係」でいなければならない現状が、月菜の乙女心を甘く締め付けていた。
「月菜お姉ちゃんはー? 誠お兄ちゃんにチョコあげるのー?」
絢金が無邪気に尋ねると、月菜はハッと肩を跳ね上げ、慌てて完璧な生徒会副会長の仮面を被った。
「っ……! べ、別に私は……生徒会の仕事で忙しいし、誠には日頃の感謝として……普通のチョコをあげるだけよっ」
「え〜っ? 本当に〜? 誠お兄ちゃん、すっごく楽しみにしてると思うけどな〜!」
「っ……! う、ウルサイわねっ! 私は自室で書類の続きをやるわっ!」
月菜は真っ赤になった顔を隠すように書類を抱え込むと、パタパタと足音を立てて二階の自室へと逃げ込んでしまった。
「あれ〜? 月菜お姉ちゃん、なんで怒っちゃったんだろう?」
不思議そうに首をかしげる絢金。
僕は(月菜……)と胸を痛めつつ、妹たちに気付かれないよう、そっと台所を離れて二階へと向かった。
◇
「——トントン」
「月菜、入るよ?」
返事を待たずにドアを少しだけ開けると、部屋のベッドの上で、膝を抱えて小さくなっている月菜の姿があった。
「……誠。入ってこないでって……言ったじゃない……っ」
「ごめん。でも、月菜が悲しそうな顔をしてたから……気になっちゃって」
僕が静かにドアを閉め、ベッドの脇に腰を下ろすと、月菜は膝に顔をうずめたまま、小さな声で呟いた。
「……ずるいわ、誠」
「え……?」
「みんな……堂々と『誠お兄ちゃんにチョコをあげる』って言えて……。私だけ……みんなの前では『ただの妹のひとり』みたいにしなくちゃいけないなんて……っ。私……私だって……誠の特別な存在になりたいのに……っ」
ぽろぽろと零れ落ちる、月菜の可憐な涙。
自分だけが「恋人」であるはずなのに、周りの環境ゆえに素直になれない不器用な彼女の想い。そのあまりの愛おしさに、僕の胸は破裂しそうなほど熱くなった。
僕は月菜の華奢な肩を優しく抱き寄せ、彼女の小さな身体を胸の中にすっぽりと包み込んだ。
「っ……! ま、誠……っ!?」
「月菜……ごめんね。辛い思いをさせて。でもね、僕にとって、妹たちからのチョコは凄く嬉しい『家族の感謝』だけど……月菜からのチョコは、世界でたった一つの『愛する恋人からの贈り物』なんだよ」
僕が月菜の耳元で優しく囁くと、月菜はハッと瞳を大きく見開いた。
「僕の心も、僕の身体も……全部、最初から月菜だけのものなんだから」
「っ〜〜〜〜っ! もう……バカ誠……っ! 急にそんなカッコいいこと言われたら……反論できないじゃない……っ」
月菜は顔を真っ赤にして僕の胸に顔をうずめ、僕の服の背中をぎゅっと力いっぱいつかんできた。
「……覚えておきなさい。二月十四日……本番の日は……絶対、妹たちの誰よりも……世界で一番甘くて、世界で一番特別な時間を……私に頂戴ね……っ?」
上目遣いで僕を見つめる、潤んだ瞳。
そこには、凛とした次女の姿ではなく、僕だけにしか見せない、最高に可憐な「一人の恋人」の顔があった。
「うん……約束するよ、月菜。僕のバレンタインは、全部君にあげる」
二人だけの密やかな部屋で、甘く溶け合う誓い。
来たる二月十四日に向けて、僕と月菜の甘い恋のカウントダウンが、静かに、そして確実に刻まれていくのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 61】
『バレンタイン直前!市販の板チョコをプロ級のツヤと口溶けにする「テンパリング(温度管理)」の裏ワザ』
バレンタインの手作りチョコ。型に流し込んで冷やしたのに「表面に白い筋ができてカチコチになってしまった」経験はありませんか?
お店の高級チョコのような「ツヤツヤの見た目」と「なめらかな口溶け」を作る『失敗しないテンパリング』のコツをご紹介します!
① チョコを刻んで「50度のお湯」で湯せんし、完全に溶かす(全体の温度を45度〜50度にする)!
★ここでカカオバターの結晶を一度完全にリセットします!
② ボウルの底を「冷水」につけ、ヘラで静かに混ぜながら「27度」まで一気に温度を下げる!
★ここで滑らかな口溶けを作る「安定した結晶」の種を作ります!
③ 再び「温かいお湯」に数秒だけつけ、絶えず混ぜながら「31度〜32度」までほんの少し温度を上げる!
★この「溶かす(50度)→冷やす(27度)→微加熱(31度)」の3ステップ(テンパリング)を行うことで、表面が鏡のようにツヤツヤになり、お口に入れた瞬間にフワッと溶ける極上チョコが完成します!
これで今年のバレンタイン本命チョコ作りは大成功間違いなしです!




