第49話:大晦日のぬくもりと、降りつむ誓い
十二月三十一日、大晦日——。
一年を締めくくるしんしんと冷え込む夕暮れ、彩咲家の屋敷は、言葉にできないほどの温かな気配と香ばしいお出汁の匂いに包まれていた。
「よーし! ついにやってきた大晦日! 今夜の『年越しそば』と『お重詰め』、気合を入れて仕上げるぞー!」
僕——浅比 誠が台所でエプロンの紐をキュッと結び直すと、リビングから威勢の良い歓声が響き渡った。
「おーっ!! 誠お兄ちゃん、本日のメインイベントだね〜っ!」
三女の彩咲灯華が、こたつの上を綺麗に拭きながら元気に手を挙げる。
「……年越しそばの海老天、昨日教わったマヨネーズ入りの衣で完璧に準備できています。サクサクの上がり具合、期待してください」
四女の彩咲水樹がマイエプロン姿で静かに胸を張り、隣で六女の彩咲絢金がネギを手際よく刻んでいた。
「ウチ、薬味のネギ切るの超上手くなったでしょ! 誠お兄ちゃん見て見て!」
「すごいよ絢金ちゃん、細かくて綺麗な小口切りだ! 水樹ちゃんの海老天も完璧な下処理だね」
僕が二人を褒めると、五女の彩咲木乃香が眼鏡を指先で押し上げながら、誇らしげに手帳を広げた。
「そばに含まれるルチンは毛細血管を強くし、ビタミンB群も豊富。年越しにそばを食べるのは『細く長く生きる』という縁起担ぎだけでなく、栄養学的にも理にかなっているのよ」
「とわもね! そばチョコ(お猪口)並べたのー!」
末っ子の彩咲土和が、テーブルの上に七つのお猪口を丁寧に並べてニコニコと笑っている。
「ふふ、みんな本当に良い子ね〜。誠くん、私もお出汁の味見のお手伝いをさせてもらおうかしら〜?」
長女の彩咲陽葵さんが、胸元の開いた暖かそうなピンクのニット姿でふわりと寄り添ってきた。
その存在は、いつもこの家を大らかな優しさで満たしてくれる。
「はい、陽葵さん。昆布と鰹節、そして仕上げにほんの少しの濃口醤油とみりんで整えた特製のお出汁です。どうぞ」
お玉で注いだお出汁を渡すと、陽葵さんは「ふぅ、ふぅ」と息を吹きかけてから一口含み、うっとりと目を細めた。
「〜〜〜っ! 美味しい……! 身体の芯からじわぁっと温かさが広がるわね〜。誠くんの作るお出汁は、本当に世界一だわ」
「ありがとうございます! よし、おそばを茹で上げて、海老天を乗せよう!」
七人姉妹とお世話係の、息の合ったチームワーク。
かつては脱ぎ散らかされた服とゴミの山だった屋敷が、今や日本一温かい大晦日の準備風景で満たされていた。
◇
「……ちょっと、みんな準備に夢中で、何か忘れてないかしら?」
静かな声とともに、私服の上にパステルブルーのマフラーを巻いた彩咲月菜が台所に入ってきた。
落ち着いた大人っぽさと可憐さを同居させたその姿に、思わず目が奪われる。
「あ! 月菜お姉ちゃん! 買い出しから帰ってきたの?」
「ええ。テレビの前にセットするみかんと、食後の温かいお茶を買ってきたわ。……それと」
月菜はそっと僕の隣へ歩み寄ると、みんなに見えない角度で、僕のエプロンの裾をキュッと引っ張った。
「……誠」
「月菜? どうしたの?」
「これ……寒かったでしょ。ずっとお出汁と向き合ってたから……」
月菜がポケットから取り出したのは、小さな使い捨てカイロだった。僕の手のひらにそっと乗せてくれる。
「っ……! 月菜、ありがとう」
「べ、別に……手が冷えてたら、後で困るでしょ……っ」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く月菜。
「後で困る」というのは、大晦日の深夜——二人きりで出かける『初詣』の約束のことだ。
繋ぐ手が冷えていないようにという、彼女なりの健気で甘い気遣い。
僕の胸はトクトクと激しく跳ね上がり、カイロの温もり以上に心臓が熱くなった。
「ううん、すごく温かいよ。大事にするね、月菜」
「……うん。……楽しみにしてるから……バカ誠」
耳元で小さく囁かれた声。
二人だけの秘密の約束が、大晦日の夜を甘い高揚感で満たしていく。
◇
夜八時——。
リビングの中央に置かれた巨大なこたつを囲み、彩咲家全員での『豪華年越しそばパーティ』が始まった。
「「「「「「「「いただきまーす!!!!」」」」」」」」
サクサク衣の大きな海老天が鎮座し、三つ葉と蒲鉾が彩る熱々の年越しそば。
一口食べた瞬間、リビングに歓声が弾けた。
「おいし〜〜〜っ! 海老天がサックサクで、お汁が麺に絡んで最高〜〜〜っ!」
「……衣のサクサク感とお出汁の旨味、完璧な調和です。誠さん、美味しすぎます」
「ウチ、海老天二つ食べたいー! 誠お兄ちゃんおかわりある!?」
「うまうまー! とわ、おそばだいすきー!」
元気いっぱいに食べる妹たちの姿に、陽葵さんと月菜も嬉しそうに目を細める。
「ふぅ……心が洗われる美味しさね〜。誠くんが来てくれてから、毎日のご飯が本当に楽しみになったわ」
「ええ……本当にね。……美味しいわ、誠」
月菜が僕と視線を合わせ、柔らかく微笑む。
不器用でツンツンしていた出会いの頃が嘘のように、今の彼女の瞳には僕への愛おしさと信頼が満ちていた。
そして、リビングの大型テレビでは、待ちに待ったアニメ『銀河最果てのスペースオペラ』の全話一挙放送&完結スペシャルがクライマックスを迎えていた。
画面には、漆黒の宇宙空間で巨大な敵に立ち向かう7人の歌姫たちの姿。
『1号機奏芽! 2号機ノワール! 3号機シアン! 4号機アンバー! 5号機エメラルド! 6号機ルビー! 7号機アメジスト! 全機、最終合唱シークエンスへ移行!』
画面の中の戦艦スターライト号の座長・昴の叫びとともに、7人の歌姫たちが手を取り合い、光のハーモニーを放つ。
「すごぁぁぁい……! 7人みんなで声を合わせてる……!」
土和がこたつから身を乗り出してテレビに見入る。
「……『スペオペ』のアンドロイドたち。最初は戦うための兵器として作られて、自分の心すら分からなかったのに……仲間と出会って、守りたい居場所を見つけて……こんなに綺麗な歌を咲かせたんだね」
木乃香が眼鏡を拭きながら、しみじみと呟いた。
「うん……。属性も性格もバラバラだけど、ひとつの家族みたいに支え合って……」
水樹と灯華が顔を見合わせ、満足そうに頷き合う。
その画面を見つめながら、月菜が静かに僕の手をこたつの下で握りしめてきた。
(……月菜?)
振り返ると、月菜は画面を見つめたまま、誰にも聞こえない小さな声で僕に語りかけてきた。
「……私たちも、同じよ」
「え……?」
「最初は……崩壊しかけていたこの家で、みんな自分の気持ちを押し殺して……寂しくて、苦しくて……。でも……誠が来てくれた」
こたつの下で、月菜の指が僕の指と深く絡み合う。
「誠が美味しいご飯を作ってくれて、家を綺麗にしてくれて……私たちの心に『温もり』を教えてくれたから……。今の私たちがあるの。……ありがとう、誠」
まっすぐな愛に満ちた言葉。
僕はこたつの下で、彼女の柔らかい手をぎゅっと強く握り返した。
「月菜……僕の方こそ、ありがとう。君たち7人姉妹と出会えて……月菜と恋人になれて、僕は世界一幸せだよ」
視線が交ざり合い、二人の間に甘い熱が流れる。
『カウントダウン開始! 10、9、8、7……!』
テレビから聞こえるカウントダウンの声に合わせ、姉妹たちが一斉に声を張り上げた。
「「「「「「3、2、1……あけましておめでとうーーーっ!!!!」」」」」」
テレビ画面の中で爆発する光の祝福と、弾ける姉妹たちの歓声。
新しい年が、ついに幕を開けた。
「ふふ、あけましておめでとう、誠くん! 今年もよろしくね〜!」
陽葵さんが笑顔で乾杯のジュースを掲げ、妹たちも「あけおめー!」と大はしゃぎする。
そんな賑やかな喧騒の中、月菜がそっと僕の耳元に唇を寄せた。
「……あけましておめでとう、誠。……さあ、約束の『初詣』……二人で行きましょう?」
可憐に頬を染め、秘密の笑みを浮かべる僕の恋人。
新しい年の最初の一歩。
七人姉妹の温かな我が家から、僕と月菜の甘い二人きりの時間が、今静かに走り出そうとしていたのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 49】
『大晦日・年越しそばの裏ワザ!そばがブツブツ切れない&お出汁が劇的に濁らない「大きなお鍋×差し水ナシ」ハック』
大晦日に家で茹でる「年越しそば」。ゆでている最中に麺が細かく切れてしまったり、お出汁に入れたらスープがドロドロに濁ってしまったりしませんか?
料亭級のつるつる喉越し&美しいおそばに仕上げる裏ワザをご紹介します!
① とにかく「一番大きいお鍋」にたっぷりのお湯をグラグラ沸かす!
★お湯の量が少ないと温度が下がり、そばの表面のでんぷんが溶け出してドロドロの原因になります!
② ゆでている最中に「差し水(呼び水)」は絶対にしない!
★昔ながらの差し水はお湯の温度を下げるため、現代の家庭用コンロではNG! 吹きこぼれそうになったら「火加減を少し弱める」のが正解です!
③ 茹で上がったらすぐに「冷水(氷水)」でキュッと締め、表面のぬめりを優しく洗う!
★冷水で締めることで麺のコシが引き締まり、お出汁に入れても濁らず、つるつるとした最高の喉越しになりますよ!
これで最高の年越しそばで、素晴らしい新年を迎えられますよ!




