第47話:朱と碧の飾り結びと、ひそやかな誓い
十二月二十九日。年の瀬の凛とした空気と、お正月の準備に色づく街の気配が彩咲家の屋敷を包んでいた——。
「よしっ! お節の下ごしらえも順調だし、今日は玄関とリビングの正月飾りを準備しよう!」
僕——浅比 誠がリビングのテーブルに色とりどりの水引や紙垂、松の枝を広げると、待ちかねたように元気な声が上がった。
「わあぁぁっ! ウチ、この赤い水引使いたい! めっちゃ綺麗じゃん!」
一番に飛びついたのは、六女の彩咲絢金だ。鮮やかな朱色の水引を手に取り、嬉しそうに目を輝かせている。
「ちょっと絢金、雑にしちゃダメよ。水引結びには『結び切り』や『あわじ結び』といった明確な意味と作法があるんだから」
五女の彩咲木乃香が眼鏡のフレームを指先でクイッと上げ、緑色の水引を丁寧に整えながらたしなめる。
「え〜っ! 木乃香お姉ちゃん、固いこと言わないでよー! 綺麗に結べればなんでもオッケーでしょ!」
「ダメよ。縁起物なんだから、正しい手順を踏まないと意味がないわ」
言い合いながらも、二人の手先は驚くほど器用に水引を編み込んでいく。
赤と緑。まさに昨日リビングの再放送で盛り上がった『スペオペ』の5号機エメラルドと6号機ルビーのカラーリングそのままだ。
「ふふ、二人とも息がピッタリだね。赤と緑の水引を重ねて結ぶと、『魔除け』と『繁栄』の意味が深まって、すごく縁起が良いんだよ」
僕が手本として手早く『梅結び』を作り上げて見せると、二人の目が一気に丸くなった。
「すごーいっ! 誠お兄ちゃん、一瞬で可愛いお花になっちゃった!」
「……見事な手さばきね。結び目のテンションが均一で、美しい幾何学模様を描いているわ……」
木乃香が感心したように眼鏡の奥の瞳を輝かせる。
「ふふ、ちょっとした手元のコツがあるんだよ。後で教えてあげるね」
僕が二人の頭を撫でてやると、絢金はニシシと八重歯を覗かせて笑い、木乃香も少し照れくさそうに頬を緩めた。
◇
「まあ〜、とっても素敵なお飾りね〜。誠くん、まるでプロのお花屋さんみたいだわ〜」
長女の陽葵さんが、胸元の開いた部屋着の上に暖かそうなカーディガンを羽織り、トコトコとやってきた。手に持った温かい緑茶の湯気が、彼女の柔らかな笑顔を包み込んでいる。
「ありがとうございます、陽葵さん。玄関にしめ飾りを飾ると、歳神様が迷わずにこの家に来てくださるんですよ」
「歳神様か〜。きっとこの家の賑やかさに誘われて、真っ先に来てくださるわね〜」
ぽわんとした陽葵さんの言葉に、隣で三女の灯華と四女の水樹も頷く。
「だよね〜! こんなにピカピカで良い匂いのするお家なら、神様も居着いちゃうかも!」
「……うん。去年の今頃は、寒くて暗くてゴミだらけの家でした。今の彩咲家は、温かいです」
水樹が静かに窓の外を見つめながら呟く。
その言葉に、リビングにいた全員が一瞬静まり返り、それから噛み締めるように温かい笑みを浮かべた。
「そうね……。一年前の私たちには、想像もつかなかった光景だわ」
静かにドアを開けて入ってきたのは、買い出しのメモを手にした月菜だった。
私服のシックな装いが、どこか大人びた可憐さを引き立てている。
「月菜、おかえり。寒かったでしょう?」
僕がすかさず温かいお茶を渡すと、月菜は両手で湯飲みを包み込み、ホッと小さな息を吐き出した。
「ええ……ただいま、誠。……本当、一年前とは大違いね。あの日、誠がこの家の鍵を開けてくれなかったら……私たちは今頃どうなっていたか……」
「月菜……」
「……感謝してるのよ、本当によ? だから……その……」
月菜は語尾を小さくすぼめると、真っ赤になった顔を隠すように湯飲みを口元へ寄せた。
みんなの前では不器用な彼女なりの、精一杯の「ありがとう」だった。
◇
夕方、正月飾りの設置が終わり、姉妹たちがそれぞれ自分の部屋の整理へ戻った時間。
僕は一人、薄暗くなり始めた台所で、明日使う煮物の出汁を取っていた。
(よし、昆布の旨味がしっかり出たな……)
お玉で味を確かめていると、廊下から静かな足音が近づいてきた。
「……誠」
「月菜? どうしたの、部屋の片付けは終わったの?」
振り返ると、月菜がドアの影からそっと入ってきた。
周りに誰もいないことを確認すると、彼女は意を決したように僕の元へ歩み寄り、ぎゅっと僕のエプロンの裾を掴んできた。
「月菜……?」
「……さっきの、みんなの前での言葉……足らなかったと思って」
月菜は俯いたまま、耳まで真っ赤にして小さく囁いた。
「この家を救ってくれたお世話係としての感謝だけじゃなくて……私を……恋人にしてくれた『誠』に……もっと、感謝してるの」
「っ……! 月菜……」
「昨日も、一昨日も……私ばかり我慢できなくて抱きついちゃって……誠を困らせてばかりでごめんね……っ」
恥ずかしそうに上目遣いで僕を見つめてくる月菜。
その表情は、どんな宝石よりも綺麗で、可憐で、愛おしかった。
(困らせてなんて……あるわけないだろ……!)
胸の奥が締め付けられるほどの愛おしさに耐えかね、僕は繋いでいた手を引き寄せ、月菜の華奢な体をそっと胸の中に抱きしめた。
「きゃっ……!? ま、誠……!?」
「困ってなんてないよ、月菜。むしろ……月菜が僕に甘えてくれるのが、一番嬉しいんだ」
「っ……ば、バカ……! 急に抱きしめないでよ……心臓、跳ね上がっちゃうじゃない……っ!」
僕の胸の中でドタバタと小さく抵抗する月菜だったが、すぐに力を抜き、僕の背中にそっと腕を回してくれた。
「……ねえ、誠」
「ん?」
「大晦日……みんなで『スペオペ』の一挙放送を観たあと……。日付が変わったら……初詣、二人で行かない……?」
「初詣……二人で?」
「ええ……っ! 妹たちには……『長女と次女で代表して行ってきた』って言うから……二人きりで、新しい年の最初のお願いごと……したいの……っ」
赤面しながら必死に提案する月菜。
自分から二人きりのデートを誘ってくれたことが嬉しくて、僕はギュッと抱きしめる力を強めた。
「もちろん! 約束だよ、月菜。絶対に二人で行こうね」
「……うんっ……! 絶対よ……!」
夕暮れの台所で、二人の影が重なり合う。
甘くて、愛おしくて、少し切ないほどの恋心が、冬の冷気を温かく溶かしていくのだった。
◇
「あーーーーっ!! またまた発見!! 今度は台所で抱きついてるーーーっ!!」
「「!?!?!?」」
突然、台所のドアが盛大に開き、絢金と木乃香が飛び込んできた。
「な、なに言ってるのよ絢金っ! 私はただ……誠が出汁を取るのをお手伝いしようとして……つまづいただけよっ!」
跳び上がるように僕から離れ、手をブンブン振って弁明する月菜。
「え〜〜〜っ? つまづいて抱きつくなんて、どんなラブコメだよ〜!」
「……ちなみに、人間の反応速度と姿勢変化のデータから推測するに、つまづいてあの体勢になる確率は0.001%以下よ、月菜お姉ちゃん」
木乃香が眼鏡をキラリと光らせて冷酷に分析する。
「き、木乃香までっ……! もう、二人とも余計な分析しないでっ!!」
真っ赤になって怒る月菜と、楽しそうに逃げ回る二人。
そこへ騒ぎを聞きつけた灯華や陽葵さんたちもやってきて、台所は一気に笑い声で包まれた。
『スペオペ』の5号機エメラルドと6号機ルビーが、理論と情熱をぶつけ合って最高の楽曲を生み出したように。
彩咲家の絆と僕たちの恋もまた、賑やかで温かい日常の中で、確実に深まっていたのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 47】
『お正月飾りの裏ワザ!水引の「結び方」の基本と、折れ曲がった水引を元に戻す「スチームハック」』
お正月飾りに欠かせない鮮やかな「水引」。準備する際にうっかり折れ曲がってしまったり、クセがついてしまって困ったことはありませんか?
そんな時は、次の簡単な裏ワザを試してみてください!
① 折れ曲がった水引に、アイロンの「スチーム(蒸気)」を遠くから軽くあてる!
② 湿り気を含んだ水引を、指先で優しくスーッと伸ばす!
★ここがポイント!:水引の芯紙が蒸気で柔らかくなり、傷つけることなく綺麗にピンと伸ばすことができます!
ちなみに、一度結んだら解けない「あわじ結び・結び切り」は「二度と繰り返さないお祝い(結婚など)」、「何度結んでも解ける『梅結び・花結び』」は「何度あっても良いお祝い(新春・出産など)」に使うのがマナーですよ!




