第46話:双子のハーモニーと、仕込まれた甘味
十二月二十八日、年の瀬の街が本格的な正月気分の賑わいを見せ始める朝——。
「よし! 今日は年末年始の『お節料理』と『年越しそば』の本格的な下ごしらえを始めるぞ!」
僕——浅比 誠が台所でエプロンの紐をキュッと結び直すと、リビングから威勢の良い足音が響いてきた。
「はーいっ! 誠お兄ちゃん! 本日の最強サポート隊、双子の『ジェミニ』参上で〜す!」
「……はい。シアンとアンバーの如く、誠さんを完璧に補佐します」
バッと勢いよく登場したのは、三女の彩咲灯華と、四女の彩咲水樹だ。
灯華はポニーテールを元気に揺らし、水樹は静かにマイエプロン(水樹専用のペンギン柄エプロン)を身につけている。
「ふふ、灯華ちゃんに水樹ちゃん! 朝から頼もしいな。それじゃあ二人には、お節の定番『黒豆』の選別と、数の子の塩抜きの下準備を手伝ってもらおうかな」
「了解〜! 任せて任せて! アタシ、黒豆のツヤツヤ感チェックなら誰にも負けないから!」
「……黒豆は、シワが寄らずにふっくら炊き上げるのが誠さん流ですね。集中して選別します」
二人は手際よく作業台へと向かい、ボールに入った黒豆を丁寧に選別し始めた。
「あらあら〜、朝からみんな勤勉ね〜。誠くん、私も何か手伝えることはあるかしら〜?」
長女の陽葵さんが、胸元をゆるく整えたパジャマ姿でトコトコとやってくる。
相変わらずのぽわんとした雰囲気だが、その存在だけでキッチン全体がパッと明るくなるようだ。
「陽葵さんは、後で飾りに使う三つ葉の結び作業をお願いしますね。あ、その前に……」
僕はコンロで温めておいた白湯をマグカップに注ぎ、陽葵さんに手渡した。
「朝一番の白湯です。胃腸を温めてくれますよ」
「まあ……! 誠くん、いつも気が利くわね〜。本当にお嫁さんにしたくなっちゃうわ〜」
「なっ……! 陽葵お姉ちゃん! 朝から誠になに言ってんのよっ!?」
廊下からバタバタと駆け込んできたのは、制服に身を包んだ月菜だった。
顔を真っ赤にして陽葵さんに抗議する姿は、まさに『スペオペ』の2号機ノワールそのもの。
「ふふ、月菜ったら冗談よ〜。でも、本当に誠くんが来てくれてから、毎日が夢みたいに充実してるわね」
「そ、それは……否定しないけど……っ」
月菜はチラッと僕の方を見やり、目が合うとキュッと口を結んで視線を逸らした。
照れくさそうに頬を染めるその横顔に、僕の胸もトクトクと跳ね上がる。
(朝からこんなに可愛い顔見せられたら、料理の手が止まっちゃうだろ……!)
二人きりの時の甘い空気と、みんなの前での賑やかな空気。その落差が何とも言えず愛おしかった。
◇
「——ここで裏ワザ! 黒豆を煮る時は、隠し味に『重曹(炭酸水素ナトリウム)』をほんの少しだけ入れるんだよ!」
黒豆の鍋に水を張る僕の横で、五女の木乃香が眼鏡をくいっと上げながら解説を加えた。
「あ! 重曹のアルカリ成分が黒豆の細胞壁を柔らかく溶かすから、短時間で驚くほどふっくら、柔らかく煮上がるのよね!」
「流石木乃香ちゃん、大正解! さらに『鉄釘』か『鉄たまご』を一緒に入れると、鉄分と黒豆のアントシアニン色素が結合して、ツヤツヤの美しい黒色に仕上がるんだ」
「すごーい! 誠お兄ちゃん、理科の実験みたい!」
灯華が目を丸くしてボールの中の黒豆を見つめる。
「……化学と家事の融合。誠さんの料理には、いつだって深い理由と愛があります」
水樹が深く頷き、静かに黒豆を鍋へと投入した。
「ウチも手伝うー! 数の子の薄皮剥き、ウチがやる!」
六女の彩咲絢金も参入し、末っ子の土和も「とわも、おまめさん見張るー!」と椅子にちょこんと座って鍋を見つめている。
七人姉妹全員がキッチンとリビングに行き交い、それぞれの役割を果たしていく。
かつては脱ぎ散らかされた服とゴミの山だった屋敷が、今や温かいお正月の準備の熱気で満たされていた。
◇
下ごしらえの合間、ちょっとした休憩時間。
姉妹たちがリビングで『スペオペ』のダイジェスト映像を見ている隙に、僕は裏庭の洗濯物干し場へ向かった。
冬の凛とした冷気が頬を刺す中、干してあるタオルを畳んでいると、カチャリと勝手口のドアが開く音がした。
「……誠」
薄手のカーディガンを羽織った月菜が、息を白く弾ませながら顔を出した。
「月菜? 外は寒いよ、中にいなよ」
「……ううん。誠が一人で作業してたから……」
月菜はトコトコと僕の側に歩み寄ると、誰も見ていないのを確認してから、そっと僕のエプロンのポケットに自分の手を差し込んできた。
「っ……!? 月菜……?」
「手が……冷たくなっちゃったから。温めて……」
上目遣いで僕を見つめてくる月菜。
その瞳には恥ずかしさと、溢れんばかりの甘い愛情が宿っていた。
ポケットの中で、彼女の小さくて冷えた手を僕の手で包み込む。指を絡め合わせると、月菜は安心したように僕の肩に頭を預けてきた。
「……ねえ、誠」
「ん? なぁに?」
「今日で……十二月二十八日でしょう? 今年も、もうすぐ終わっちゃうわね」
「そうだね。月菜と出会って、この家のお世話係になってから、あっという間だったよ」
「私ね……誠が来るまでの私って、どんな風に笑ってたか思い出せないの」
月菜は静かな声で、胸の内を明かしてくれた。
「妹たちのためにしっかりしなきゃって、ずっと気を張って……学校でも高嶺の花なんて言われて一人で浮いてて。でも……誠がこの家に来てくれて、美味しいご飯を作ってくれて……私を『月菜』として見てくれた」
ポケットの中で、月菜が握る手にギュッと力が込められる。
「誠のおかげで……私、自分の居場所を見つけられたの。だから……ありがとう」
素直すぎる彼女の言葉。
冬の冷たい空気が吹き抜ける裏庭で、僕たちの繋いだ手と心だけが、焼けるように熱かった。
僕は愛おしさのあまり、月菜の華奢な体をそっと抱きしめた。
「月菜……僕の方こそ、ありがとう。月菜が僕を好きになってくれて、信じてくれて……本当に幸せなんだ。これからもずっと、僕が月菜とみんなを支えるからね」
「……うん……っ。約束よ……バカ誠」
月菜は僕の胸に顔を埋め、幸せそうに目を閉じたのだった。
◇
「あっ! 発見!! また月菜お姉ちゃんが誠お兄ちゃんといい雰囲気になってるー!」
勝手口の隙間から、灯華の叫び声が飛び出してきた。
「「!?!?!?」」
跳び上がるように離れる僕と月菜。
「な、なに言ってるのよ灯華っ! 私はただ……寒かったから、誠に温かいお茶が入ったか聞きに来ただけで……っ!」
真っ赤になって大慌てで言い訳する月菜。
「え〜〜〜? ポケットの中で手繋いで抱きついてたのに〜? シアンちゃんの観察眼は誤魔化せませんよ〜!」
「……はい。完全にクロです。月菜お姉ちゃん、独占はズルいです」
水樹もひょっこり顔を出し、ニヤリと笑う。
「もうっ! 二人とも余計なこと言わないでっ!!」
怒涛の勢いで照れ隠しの怒号を上げる月菜と、楽しそうに逃げ回る双子たち。
その賑やかな声を追いかけるように、僕たちは温かいリビングへと戻っていった。
『スペオペ』の3号機シアンと4号機アンバーが互いの旋律を高め合い、最高のハーモニーを奏でたように。
彩咲家の姉妹たちと僕の絆もまた、新しい年へ向かってより一層強く、甘く紡がれていくのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 46】
『お節の定番!シワなくツヤツヤ&ふっくら柔らかい「黒豆」を炊く「重曹×鉄分」ハック』
年末のお正月に欠かせない「黒豆の煮物」。自分で作ると皮が破れたり、シワシワになったり、色が固くなったりしませんか?
料亭級のツヤツヤ&柔らかい黒豆を作る裏ワザをご紹介します!
① 調味液を沸騰させたら火を止め、「重曹」を入れる!
★アルカリ性の重曹が豆の細胞壁を優しく分解し、短時間でふっくら柔らかく仕上げます!
② 煮る際に「鉄たまご」または「きれいに洗った鉄釘(数本)」を一緒に入れる!
★鉄分が黒豆のアントシアニン色素と結合し、漆黒の美しいツヤを生み出します!
③ 煮ている間は「絶対に豆を空気に触れさせない(落とし蓋をする)」!
★空気に触れるとシワの原因になります!
これで誰でも簡単に、料亭のような絶品黒豆が炊き上がりますよ!




