第44話:小さな手と、七つ目の約束
十二月二十七日、年の瀬の澄み切った朝の光が彩咲家のリビングを照らしていた——。
「よーし! 今日は年末の大掃除第一弾! 窓ガラスと網戸を一気にピカピカにするぞー!」
「「「「「おーっ!!!……ふぁぁぁあ」」」」」
僕——浅比 誠の威勢の良い掛け声に、気合の入った返事と、長女・陽葵さんのあくびが同時に重なった。
「ふふ、ごめんなさいね誠くん〜。昨日のお夕飯が美味しすぎて、ぐっすり眠れちゃって……」
陽葵さんは胸元が少しはだけた部屋着のまま、ふわふわとした笑顔で目元を擦っている。相変わらずの無防備さだが、その存在感はまさにこの家の温かい太陽そのものだ。
「もうっ! 陽葵お姉ちゃん、シャキッとしてよ〜! 誠お兄ちゃんがせっかくやる気出してるんだから!」
三女の灯華が雑巾を両手に持ってバタバタと動き回る横で、末っ子の土和がトコトコと僕の足元へ歩み寄ってきた。
「誠おにいちゃん……とわも、おそうじ……てつだうの!」
大きなぬいぐるみを片手に抱え、つなぎ風の小さなお手伝い服を着た土和が、まんまるな瞳で僕を見上げてくる。
「ありがとう、土和ちゃん! すごく心強いよ。じゃあ土和ちゃんには、手の届く低いところの拭き掃除をお願いしようかな」
「しゃきーん! がんばるのー!」
小さな手で小さな雑巾を握りしめ、一生懸命にポーズをとる姿は、まるで舞い降りた天使のようだ。
「……たく、相変わらず土和には甘いんだから」
隣でバケツに水を入れる準備をしていた月菜が、呆れたように小さく溜め息をついた。
だが、その唇の端は柔らかく緩んでおり、土和を見る瞳には妹への深い愛情が溢れている。
「いいじゃない、月菜。土和ちゃんがやる気になってくれてるんだから。……ねえ、月菜も一緒に窓拭き、やってくれる?」
僕がそっと囁くと、月菜は周りの目を盗んで僕の足先を軽く踏んづけてきた。
「……言われなくても手伝うわよ。私……『お世話係の助手』なんだから」
「ふふ、頼りにしてるよ」
二人で視線を交わし、くすりと笑い合う。
昨日交わした『二人きりの密やかな約束』が、日常の何気ない会話の中に甘い隠し味のように溶け込んでいた。
◇
「——ここで裏ワザ! 窓ガラスの掃除には『新聞紙』を使うんだよ!」
バケツの水に新聞紙を浸し、固く絞って丸めたものを掲げると、五女の木乃香が眼鏡を輝かせて反応した。
「あ! 知ってる! 新聞紙の印刷インクに使われている油分が洗剤の代わりになって、手垢や油汚れを弾くコーティング効果を生むんだよね!」
「その通り! 流石木乃香ちゃん。雑巾で拭くより水拭き跡が残らなくて、ピカピカになるんだ」
「すごーい! 誠お兄ちゃん、本当になんでも知ってるんだね!」
六女の絢金が感心したように声を上げ、新聞紙を手に取って窓ガラスへ向かっていく。
長女の陽葵さんも、ぽわんとした表情で新聞紙をまるめていた。
「へぇ~、新聞紙にそんな効果があったなんて知らなかったわ~……。誠くんが来てくれてから、このお屋敷がどんどん生きてるみたいに綺麗になっていくわね」
陽葵さんは優しく目を細め、バケツの水を汲む僕の手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「お父様たちが海外に行ってから……私、長女なのに何もできなくて、妹たちに寂しい思いやひもじい思いばかりさせてたの。……でも、誠くんが来てくれたおかげで、この家に本当の『笑顔』が戻ったわ」
「陽葵さん……」
「本当にありがとうね、誠くん。……月菜のことも、妹たちのことも、全部包み込んでくれて」
長女としての責任感を抱えながらも、ずっと一人で抱え込んできた陽葵さんの本音。
その温かい言葉に、僕の胸も熱くなる。
「いいえ、僕の方こそ……みんなの温かさに救われてるんです。これからも、しっかりこの家を守りますから!」
「ふふ、頼もしいわ〜」
陽葵さんが微笑み、僕の頭を優しく撫でてくれた。
◇
大掃除が一段落し、昼下がりのリビング。
ピカピカになった窓から差し込む太陽の光を浴びながら、僕たちは温かい麦茶を飲んで休憩していた。
「ふぅ〜! 窓が綺麗になると、お部屋がすっごく明るく見えるね〜!」
灯華がソファに深く腰掛け、テレビのリモコンを押した。
画面に映し出されたのは、昨日から姉妹たちの中で空前のブームとなっているアニメ『銀河最果てのスペースオペラ』の特集番組だった。
「あ! 『スペオペ』の7号機ちゃんだ!」
土和が身を乗り出してテレビ画面を指差す。
画面に映っているのは、紫色の可憐なドレスを纏った小さな少女姿のアンドロイド——7号機『アメジスト』だった。
「7号機のアメジストちゃん……一番最後に作られた『末っ子』のアンドロイドで、戦闘力は一番低いけれど……仲間を想う純粋な『心』で、崩壊しそうだったチームをひとつに繋ぎ止めたんだよね」
四女の水樹が静かに解説する。
「うん……! 最初はバラバラで、自分の存在理由を探していた1号機から6号機の歌姫たちが、アメジストちゃんの『みんなで笑いたい』っていう健気な願いに動かされて、奇跡の七重奏を完成させたのよね……」
月菜が感慨深そうに呟く。
すると、土和がぎゅっと自分の胸元で小さな手を握りしめ、誇らしげに胸を張った。
「とわもね! あめじすとちゃんとおなじ『ななばんめ』なの! ひまりおねえちゃんも、るなおねえちゃんも、みんなのことがだいすきなの!」
その無邪気で純粋な言葉に、リビングにいた全員の息が止まった。
「……っ! と、土和ちゃん……っ!」
陽葵さんが感極まって土和を強く抱きしめた。
「可愛い……可愛すぎるわ土和ちゃん! そうよ、あなたがいてくれるから、彩咲家は世界で一番幸せな7人姉妹なのよ〜っ!」
「ふえぇ……ひまりおねえちゃん、くるしいの……」
「あはは! 陽葵お姉ちゃん、抱きしめすぎ〜!」
灯華や絢金、木乃香も弾けたような笑顔で土和の周りに集まり、頭を撫でたり頬を突ついたりしている。
その輪から一歩引いたところで、月菜がそっと僕の隣に寄り添ってきた。
「……ねえ、誠」
「ん? どうしたの、月菜?」
月菜は窓から差し込む陽光に目を細め、静かに呟いた。
「『スペオペ』のアンドロイドたちには……戦いを教えた『座長』がいたけれど。……私たち7人姉妹には、温かい『生活』と『愛』を教えてくれた……あなたがいてくれたわ」
「月菜……」
「7人の歌姫たちが奇跡を起こしたみたいに……私たちも、誠と一緒に……ずっとここで笑っていたいな」
照れくさそうに、けれどまっすぐな瞳で僕を見つめてくる月菜。
その瞳には、かつて出会った頃の冷徹さや不安の影はどこにもなかった。
僕は誰にも見えない位置で、そっと月菜の華奢な手を取った。
「ああ、もちろんさ。僕がずっと、みんなの……そして月菜の側にいるからね」
繋いだ手から温もりがあふれ出し、僕たちの心をどこまでも温かく満たしていく。
壊滅寸前だった屋敷から始まった、七人姉妹とお世話係の物語。
年末の優しい光の中で、僕たちのハーモニーは、また一つ深みを増して響き渡るのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 44】
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① バケツ一杯の水に、衣類用の「柔軟剤」を数滴垂らして混ぜる!
② 新聞紙を水に浸して固く絞り、窓全体を拭く!
③ 最後に乾いた新聞紙で仕上げの乾拭きをする!
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