第43話:茜色のキッチンと、ひそやかな温もり
買い出しから帰宅し、すっかり陽が落ちた彩咲家のキッチン——。
「さてと、買い込んできた食材の整理と、夕飯の下ごしらえを始めようか」
買い出し袋から寒ブリの切り身や大根を取り出しながら、僕——浅比 誠は手早くエプロンの紐を結んだ。
スーパーからの帰り道、月菜と灯華、水樹の三人が見せてくれた微笑ましいやり取りの余韻が、今も胸の奥を温かく満たしている。
(月菜も、妹たちの前で少しずつ自分の気持ちを素直に出せるようになってきたな……)
そんな感慨に浸っていると、キッチンの入り口からひょっこりと二つの顔が覗いた。
「誠お兄ちゃん! ウチも手伝うー!」
「……誠お兄ちゃん、買い出しお疲れ様。私も手伝いに来たよ」
元気よく飛び込んできたのは、六女の彩咲絢金と、五女の彩咲木乃香だ。
絢金は動きやすい袖なしパーカー姿、木乃香は丸眼鏡を指先でクイッと押し上げながら、知性溢れる瞳で僕を見つめてくる。
「絢金ちゃんに木乃香ちゃん! ありがとう、助かるよ。じゃあ、寒ブリの照り焼きの下処理と、大根の皮むきを手伝ってもらおうかな」
「よっしゃー! まかせて! ウチ、包丁使うの超得意だから!」
「ちょっと絢金、包丁は危険だから私がやるわ。絢金は大根の皮をピーラーで剥く担当ね」
「え〜っ! 木乃香お姉ちゃん、ウチを子供扱いしないでよー!」
ぷうっと頬を膨らませる絢金と、どこか誇らしげに胸を張る木乃香。
二人の賑やかなやり取りを見ながら、僕は先ほど買った魚の切り身に塩を振り、臭み抜きの準備を進めた。
◇
「ねえねえ、誠お兄ちゃん! さっきリビングで陽葵お姉ちゃんたちが観てた『スペオペ』の録画、ウチも途中から観たんだよ!」
ピーラーでシャッシャッと手際よく大根の皮を剥きながら、絢金が目を輝かせて話しかけてきた。
「5号機のエメラルドちゃんと、6号機のルビーちゃんの合体技、めっちゃカッコよくなかった!?」
「ああ、覚えてるよ! 緑の知性派エメラルドと、赤の情熱派ルビーだね。分析データと感情のパワーを融合させる必殺技『ジェムストーン・ハーモニー』!」
僕が答えると、木乃香が満足そうに眼鏡の奥の目を細めた。
「ふふ、さすが誠お兄ちゃん、よく知ってるね。エメラルドは常に確率と論理で計算するけれど、ルビーの『根拠のない直感』と合わさることで、計算を超えた奇跡を起こすの。……なんだか、私と絢金みたいでしょ?」
「なっ……! 木乃香お姉ちゃん、ウチが『根拠のない直感』ばっかりみたいに言わないでよ!」
「だって事実じゃない。絢金はいつも直感だけで動くもの」
「むーっ! でもウチの直感は当たるんだからね! 誠お兄ちゃんが美味しいご飯作ってくれる直感も百発百中だもん!」
「それは直感じゃなくて、誠お兄ちゃんの努力の成果よ」
チクチクと言い合いながらも、二人の作業の手はピタリと揃っている。
根は正反対なのに、どこか息の合ったコンビネーション。まさに『スペオペ』の5号機と6号機そのものだ。
「はは、二人とも仲が良いね。……そうだ、木乃香ちゃん、大根の皮は捨てないで取っておいてね」
「えっ? 皮を?……あ、そっか! 大根の皮にはポリフェノールやビタミンCが豊富に含まれているから、きんぴらにリメイクするつもりだね?」
木乃香が即座に察して目を輝かせる。
「大正解! 流石木乃香ちゃん、知性派だね。食材を無駄なく使うのも、お世話係の大切なスキルなんだ」
「えへへ……誠お兄ちゃんに褒められちゃった。……ウチだって、皮剥き完璧にできたもん!」
絢金が剥き終わったツヤツヤの大根を掲げてアピールしてくる。
「すごいよ絢金ちゃん! 切り口が綺麗で、大根がすごく美味しそうだ」
僕が頭を撫でてやると、絢金は「えへへ〜」と嬉しそうに鼻の下を擦った。
◇
下ごしらえが一段落し、魚を焼くまでの合間。
木乃香と絢金がリビングへ報告に行き、キッチンにひとときの静寂が訪れた。
(ふぅ……あとはタレを絡めて焼くだけだな)
手を洗ってタオルで拭いていると、背後からスッと忍び寄る気配があった。
「……誠」
振り返る間もなく、背中に柔らかく温かい感触が押し当てられた。
細い腕が僕の腰に回され、愛おしそうにぎゅっと抱きしめられる。
「っ……!? つ、月菜……!?」
「しっ……静かに。みんなに聞こえちゃうでしょ……」
僕の背中に顔を埋めたまま、耳元で小さく囁いてきたのは月菜だった。
風呂上がりなのか、ほんのりと甘い桃のようなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
「月菜、急にどうしたの……? 誰か来たら……」
「いいの……ほんのちょっとだけ。……さっき、スーパーで二人きりになれなかったから……我慢できなかったの……っ」
背中越しに伝わってくる、月菜のトクトクという速い鼓動。
「二人きりの時は甘える」という約束を、彼女は不器用ながらも一生懸命に果たそうとしてくれているのだ。
胸が熱くなり、僕はそっと腰に回された彼女の手の上に自分の手を重ねた。
「月菜……買い出し、付き合ってくれてありがとうね。嬉しかったよ」
「……バカ。お礼を言うのは私の方よ。……誠がこの家に来てくれて、私……本当に毎日が楽しくて……」
月菜の指先が、僕の手をキュッと握り返してくる。
「学校では『高嶺の花』なんて呼ばれて、家では長女の代わりにしっかりしなきゃって肩肘張って……ずっと息が詰まりそうだった。でも……誠の前だと、私、素直な自分になれるの……」
「月菜……」
「だから……たまにはこうやって、私を甘えさせてね……『お世話係』さん?」
少し悪戯っぽく微笑むような気配。
振り返ってその顔を見つめたい衝動に駆られたが、今振り返れば恥ずかしさで月菜が逃げ出してしまうかもしれない。
僕は握りしめた手に力を込め、優しく微笑んだ。
「ああ、もちろんだよ。いくらでも甘えていいんだからね、月菜」
「……うん……っ」
二人の間に流れる、密やかで甘い時間。
茜色の夕暮れが窓から差し込み、二人の影を長く美しく重ね合わせていた。
◇
「あ〜〜〜っ!! 発見!! 月菜お姉ちゃんが誠お兄ちゃんに引っついてる〜〜っ!!」
「「!?!?!?」」
不意にキッチンの扉が開かれ、絢金の叫び声が響き渡った。
「な、ななな……っ!? あ、あやか!? ち、違うの! これはただの……そう! 背中にゴミがついてたから取ってあげてただけで……っ!」
跳び上がるように僕から離れた月菜は、顔を茹で上がったタコのように真っ赤にして手振れ足振れで弁明し始めた。
「え〜〜〜? ゴミ取るのに抱きつかないでしょ〜! 月菜お姉ちゃんズルい! ウチだって誠お兄ちゃんに抱きつきたいのに〜!」
「ちょっと絢金! 誠お兄ちゃんを困らせちゃダメでしょ! ……でも月菜お姉ちゃん、さっきから顔がずっと赤いわよ? 心拍数も上がってるみたいだけど?」
追ってきた木乃香が眼鏡を光らせてニヤリと笑う。
「き、木乃香まで……っ! もう、二人ともシアンやエメラルドみたいに余計な分析ばっかりしないでっ!」
真っ赤になって怒る月菜と、キャッキャと囃し立てる妹たち。
そこへ、騒ぎを聞きつけた陽葵たちもやってきて、キッチンは一気に大騒ぎとなった。
「ふふ、賑やかでいいわね〜。誠くん、今夜のご飯も楽しみに調整してるからね〜!」
「はい! とびきり美味しい照り焼きを作りますね!」
僕はエプロンをかけ直し、フライパンに火をつけた。
パチパチと弾ける油の音と、甘辛い醤油の香ばしい匂いが立ち上る。
『スペオペ』の歌姫たちがそれぞれ違う輝きを持ち寄って美しいハーモニーを奏でるように。
彩咲家の七人姉妹もまた、それぞれの愛しさでこの家を温かく満たしている。
そしてその中心で、僕の恋人である月菜が、今夜も可憐に頬を染めていたのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 43】
『捨てちゃダメ!「大根の皮」で作る超絶品&節約シャキシャキきんぴら』
大根の煮物や刺身のツマを作る際、厚めに剥いて捨ててしまいがちな「大根の皮」。実は一番栄養と旨味が詰まっている部分なんです!
捨てる前に、ぜひ次の時短・節約ハックを試してみてください!
① 大根の皮を細切り(マッチ棒くらいの太さ)にする。
② ごま油を引いたフライパンで強火でサッと炒める!
③ 砂糖・醤油・みりん(各1:1:1)と、鷹の爪(お好み)を加えて汁気が飛ぶまで炒めるだけ!
★ここがポイント!:大根の皮特有の歯ごたえ(シャキシャキ感)がクセになる、最高のご飯のお供&おつまみが完成します! ごま油の風味で苦味も消えるので、お子様でもパクパク食べられますよ!




