第42話:秘密の買い出しと、ふたつの旋律
聖夜の奇跡的な告白劇から一夜が明け、賑やかな朝食を終えた彩咲家の午後――。
「ふぅ……。ひとまずリビングの大掃除と洗濯は終わったな」
時計の針が午後二時を回った頃、僕――浅比 誠は、エプロンを外して大きく伸びをした。
十二月二十六日。いよいよ年の瀬も押し迫り、明日からは本格的な年末年始の準備に入らなければならない。
(冷蔵庫のストックも、昨日のパーティーと今朝の朝食でだいぶ消費しちゃったしな……。今日のうちに年末年始用の日持ちする食材を買っておかないと)
買い出しのメモを帳面に書き込んでいると、静かにリビングのドアが開いた。
「……あの、誠」
入ってきたのは、私服に着替えた月菜だった。
白いシックなタートルネックニットに、深いネイビーのフレアスカート。髪はいつもより少しだけ丁寧にブラッシングされており、上品で可憐な雰囲気を漂わせている。
「あ、月菜。出かけるの?」
「ううん……違うわ。その……誠がこれからスーパーに買い出しに行くって聞いたから」
月菜は視線を泳がせながら、小さな声でつぶやいた。
「もしよかったら……私も一緒に荷物持ち、手伝おうかと思って……。ほら、年末だし、一人じゃ運ぶの大変でしょう?」
ツンとすました態度を取ろうとしているものの、その頬は薄っすらと桃色に染まっている。
朝、二人で決めた『みんなの前では普通に、二人きりの時は甘く』という約束。
今の申し出は、間違いなく「二人きりになりたい」という彼女なりの精一杯の誘いだった。
「本当? 助かるよ、月菜。じゃあ、一緒に行こうか」
「ええ……っ! うん!」
僕が笑顔で頷くと、月菜の表情が一気にパッと明るくなった。
◇
「——ちょっと待ったぁぁぁつ!!」
玄関で靴を履こうとしたその時、廊下の奥からドタバタと激しい足音が響き、三女の灯華と四女の水樹が躍り出てきた。
「見逃さなかったぞ〜! 誠お兄ちゃん! 月菜お姉ちゃん! 二人だけでお出かけなんて、ズルいズルい!」
「……うん。二人きりの『密会《買い出し》』は許されません。私たちも同行します」
「なっ……!? と、灯華に水樹!? あなたたち、自分の部屋で宿題をしてたんじゃなかったの!?」
突然の乱入者に、月菜が悲鳴のような声を上げた。
灯華はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、腰に手を当てる。
「ふふ〜ん! お姉ちゃんの『誠と買い物行ってくるね(乙女ボイス)』を察知したからね! 荷物持ちなら、アタシと水樹も手伝うよ〜!」
「……誠さんの隣は譲れませんが、荷物運びの効率は上がります」
「だ、ダメよ! これは私と誠の……じゃなくて! 私が長女の代わりに買い出しの指揮を執るんだから、あなたたちは留守番してなさい!」
真っ赤になって抗議する月菜。
だが、灯華と水樹は全く動じる気配がない。どころか、どこか楽しそうに月菜を挟み込むように立ち並んだ。
「まあまあ、月菜お姉ちゃん! ほら見てよ、今日の私と水樹の服装!」
灯華が着ているのは、鮮やかなシアンブルー(碧色)のフード付きパーカー。
対する水樹は、落ち着いたアンバー(琥珀色)のニットワンピースを着ている。
「これね、さっきテレビで観た『スペオペ』の3号機シアンちゃんと4号機アンバーちゃんのコンセプトコーデなんだから! 双子ユニット『ジェミニ』結成だよ!」
「はい……。シアンは勝ち気で素直になれない碧の歌姫。アンバーは包み込むような優しさを持つ琥珀の歌姫。今日の私たちは無敵の双子です」
決めポーズをとる二人を見て、僕は思わずくすりと笑ってしまった。
「はは、確かにピッタリだね。シアンとアンバーの連携は、劇中でも最強のコンビネーションだったし」
「でしょ〜!? 誠お兄ちゃんは分かってる〜!」
灯華が嬉しそうに僕の腕に抱きついてくる。
「むぐぐ……! 灯華、誠の腕から離れなさい! こら、水樹までどさくさに紛れて反対側の袖を引っ張らないの!」
嫉妬で顔を極限まで赤くした月菜が、二人を引っぺがそうとドタバタと騒ぎ立てる。
賑やかで、どこか微笑ましい三姉妹のやり取り。
「よしよし、みんなで行こうか。人数が多い方が、たくさん食材も買えるしね」
「誠がそう言うなら……仕方ないわね。ふんっ」
月菜は不満そうに唇を尖らせつつも、どこか嬉しそうに僕の隣を歩き始めたのだった。
◇
近所の大型スーパーに到着すると、店内は年末の買い出し客でごった返していた。
「うわぁ……すごい人……! 誠お兄ちゃん、離れないようにしないと迷子になっちゃうよ!」
「大丈夫だよ、灯華。ほら、カートを押すからみんな近くにいてね」
僕たちはメモを手に、広い店内を回り始めた。
「まずは日持ちする根菜類からだね。人参、大根、ごぼう……」
僕が野菜コーナーで品定めをしていると、水樹が静かに大根を一本手に取った。
「……誠さん。この大根、ズッシリと重くて、葉の切り口が瑞々しいです。良い大根です」
「お、流石水樹! よく知ってるね。大根は重みがあって皮にハリがあるものが、水分が多くて甘いんだよ」
「ふふ……誠さんに褒められました」
水樹が珍しく嬉しそうに目を細める。
すると、対抗心を燃やした灯華がパプリカの袋を掲げた。
「じゃあアタシはこれ! 鮮やかな碧……じゃなくて、綺麗な赤と黄色のパプリカ! これ入れたらお料理が映えるでしょ!?」
「うん、いいね灯華! 彩りも栄養バツグンだ」
「やった〜! シアンちゃんばりの観察眼! 見たか水樹!」
「……ただ選んだだけです、灯華」
キャッキャと盛り上がる双子の妹たち。
そんな二人の様子を、月菜は少し離れた場所からどこか羨ましそうに見つめていた。
(……月菜)
僕はカートを押し、そっと月菜の隣へと歩み寄った。
「月菜、どうしたの? 欲しいもの、何かあった?」
「えっ……? あ、ううん。何でもないわ。……ただ、灯華も水樹も、誠と楽しそうに話してるなって思って……」
ぽつりと漏らされた本音。
自分から「二人きりになりたい」と言ってついてきたのに、妹たちに囲まれて誠を独占できないもどかしさ。
(本当……可愛すぎるだろ、僕の恋人は……!)
胸がキュンと締め付けられるのを感じながら、僕は周りの人混みに紛れて、そっと買い出しカートの陰で月菜の小さくて柔らかい手を握りしめた。
「っ……!? ま、誠……!?」
月菜がハッと息をのんで僕を見上げる。
「ごめんね、二人きりにさせてあげられなくて。でも……こうして手、繋いでるから」
僕が指を絡めると、月菜の瞳が揺れた。
恥ずかしそうに俯きながらも、彼女は僕の手をギュッと強く握り返してくれた。
「……バカ。……こんなの、反則じゃない……っ」
囁くような月菜の声。
手のひらから伝わる熱体温が、冬の冷えた空気を一瞬で溶かしていくようだった。
「ねぇねぇ、誠お兄ちゃん! 次は魚コーナー行こ——って、あれ? 二人とも何やってるの〜?」
振り返った灯華の視線に、僕たちは慌ててサッと手を離した。
「な、何でもないわよっ! ほら、行くわよ魚コーナーへ! 寒ブリが安くなってるかもしれないわ!」
顔をリンゴのように真っ赤にした月菜が、早足で歩き出す。
その背中を追いかけながら、僕と双子の妹たちは顔を見合わせて笑い合った。
◇
買い出しを終え、夕暮れ時の街を歩いて帰路に就く。
両手にずっしりと重い買い物袋を持った僕の横で、灯華と水樹もそれぞれ軽い袋を手に歩いている。
「ふぅ〜! たくさん買ったね〜! 今日の晩御飯は何かな〜?」
「……誠さんの作る寒ブリの照り焼き、楽しみです」
「ふふ、期待しててね。隠し味を使って、冷めてもフワフワに仕上げるから」
僕たちがそんな会話を交わしていると、ふと後ろを歩いていた月菜が足を止めた。
「……ねえ、誠。灯華、水樹」
「ん? どうしたの、月菜お姉ちゃん?」
月菜は空を見上げていた。
茜色から群青色へと移り変わる夕暮れの空に、一番星がぽつりと輝いている。
「さっきの『スペオペ』の話だけど……。3号機のシアンと、4号機のアンバー。あの双子のアンドロイドって、最初は感情のぶつかり合いが多くて、全然ハモれなかったじゃない?」
「あ〜! 覚えてる! 第8話あたりで、お互いの譲れないこだわりでケンカしちゃって、合体攻撃が出せなくなっちゃったやつでしょ!」
灯華が思い出したように頷く。
「ええ。属性も性格も正反対の二人。でも……お互いの『違い』を認め合って、ひとつのハーモニーを奏でた時、彼女たちは最高の力を発揮したわ」
月菜は穏やかな眼差しで、双子の妹たちを見つめた。
「あなたたちも……性格は全然違うけれど、お互いを思いやる最高の双子よ。……今日、一緒に買い物に来れて……楽しかったわ」
照れくさそうに微笑む月菜。
その素直な言葉に、灯華と水樹は一瞬ポカンとした後、パッと顔を輝かせた。
「月菜お姉ちゃん……! も〜〜っ! 急にデレないでよ〜! 可愛いすぎる〜〜っ!」
「……月菜お姉ちゃん。大好きです」
二人は月菜の左右から飛びつき、ぎゅっと抱きついた。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと二人とも! 外なんだからやめなさいってば……っ!」
赤面してバタバタする月菜と、嬉しそうに笑う灯華と水樹。
その賑やかな三姉妹の姿を見つめながら、僕は温かい気持ちで胸がいっぱいになった。
兵器として生まれ、心を知らなかった『スペオペ』の歌姫たち。
そして、家事壊滅の屋敷で心を閉ざしかけていた彩咲家の姉妹たち。
けれど、今の彼女たちには、お互いを愛おしく思い合える『心』と『居場所』がある。
(僕がこの家のお世話係になれて……本当に良かった)
茜色の夕暮れの中、僕たちは温かな我が家へと向かって、歩みを進めていくのだった。
---
【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 42】
『魚の照り焼きがパサつかない!冷めてもフワフワにする「片栗粉コーティング」ハック』
年末年始のお祝いや普段の夕食で大活躍する「魚の照り焼き」。焼くとパサパサになってしまったり、タレがうまく絡まなかったりしませんか?
そんな時は、焼く「直前」に次の裏ワザを試してみてください!
① 魚の表面の水気をキッチンペーパーでしっかり拭き取る!
② 魚全体に「片栗粉」を薄く均一にまぶす!
③ 油を引いたフライパンで両面をパリッと焼き、最後にタレを絡める!
★ここがポイント!:片栗粉の衣が魚の旨味と水分を閉じ込める「バリア」の役割を果たし、冷めても驚くほどフワフワで柔らかい食感に仕上がります! タレもとろみがついて綺麗に絡みますよ!




