第40話:聖夜の誓いと、溢れ出す恋心
真冬の港町を見下ろす『海風の丘公園』
夜空を鮮やかに彩っていた聖夜特別大花火のラストを飾る銀色のしだれ柳が、静かに光の尾を引いて黒闇の彼方へと消えていった。
ドカン、という重低音の余韻が空白の静寂の中に溶けていく。
先ほどまでの狂騒が嘘のように静まり返った高台の展望デッキ。聞こえてくるのは、遠くでかすかに響く冬波の音と、吹き抜ける冷たい夜風が樹木を揺らす笹鳴のような葉音だけだった。
「……終わっちゃったわね」
湊の胸元に額を預けていた月菜が、そっと顔を上げた。
パステルブルーのマフラーに顔を埋め、上目遣いで湊を見つめる彼女の瞳には、満天の星々と眼下に広がる億千の夜景の光が輝かしく揺らめいている。
「うん……すごく綺麗だったね」
「ええ……。でも、綺麗だったのは花火だけじゃないわ」
月菜はゆっくりと湊の胸元から身体を離すと、風に揺れる艶やかな黒髪を耳の後ろへとそっと払った。そして、自分の両手を重ね合わせるようにして、湊の右手をぎゅっと握りしめた。
その小さな手は、冬の冷気に晒されてかすかに震えている。けれど、その指先から伝わってくる熱量は、これまでにないほど強く、そして温かかった。
「湊……」
「……うん」
「私ね……ずっと、自分の気持ちから逃げてたの」
月菜の透き通るような声が、夜の静寂の中に優しく響き渡る。
「お母様が亡くなってから……私は『絢咲家の次女』として、妹たちのお手本にならなきゃいけないって……ずっと気を張ってた。甘えることも、弱音を吐くことも……ましてや『一人の女の子』として誰かを好きになることなんて、自分には許されないことだって……どこかで諦めてたの」
月菜は視線を少しだけ落とし、愛おしそうに湊の指先をそっと撫でた。
「でもね……あなたが我が家のお世話係としてやって来てくれてから、私の世界はガラリと変わったのよ」
「月菜……」
「毎朝『おはよう』って笑いかけてくれて、美味しいご飯を作ってくれて……私が強がって素直になれない時も、絶対に突き放さずに、まっすぐな瞳で私を見つめてくれた。図書室で一緒に勉強した時も、二人でお買い物に行った時も……あなたが隣にいてくれるだけで、私の胸は苦しくなるくらい熱くなって……世界がキラキラして見えたの」
月菜はゆっくりと顔を上げた。
その頬は、夜景の光を受けて鮮やかな朱色に染まっている。けれど、彼女の瞳には一欠片の迷いも存在しなかった。
「もう……隠せないわ。これ以上、お世話係と屋敷の令嬢なんて言葉で、自分の気持ちを誤魔化すのは……嫌なの」
月菜は大きく息を吸い込み、握りしめた湊の手を胸元へと引き寄せた。自分の鼓動が、湊の指先にダイレクトに伝わるほど強く、強く。
「私……湊のことが好きなの。……誰よりも、世界で一番……あなたのことが大好きなの!!」
「――っ!」
夜風が二人を吹き抜ける。
静寂の空気に溶け込んでいく、月菜の澄んだ告白。
「お世話係としてじゃなくて……私だけの特別な男の子として、湊の隣にいたい。私を……一人の女の子として、好きになってほしいの……っ!」
溢れ出した想いとともに、月菜の瞳から一粒の透明な雫が零れ落ち、夜景の光を反射してキラリと輝いた。
強がりで、ツンとしていて、けれど誰よりも繊細で優しい女の子。
彼女がすべての背負い込みを捨て、一人の「恋する少女」として、全身全霊でぶつけてくれた本気の告白。
湊の胸の奥で、今まで必死に抑え込んでいた「お世話係」という最後の理性のタガが、音を立てて完全に砕け散った。
(……俺も……ずっと……)
湊はゆっくりと、握られた自分の手を優しく包み返した。
「月菜」
「……っ……」
「俺も……月菜のことが好きだ」
月菜の瞳が大きく見開かれる。
「最初は……絢咲家のお世話係として、お前たち姉妹を支えたい一心だった。でも……お前が妹たちのために必死に努力する姿や、ふとした時に見せる素直な笑顔や、照れた時の可愛い顔を見ているうちに……いつの間にか俺の心は、お前でいっぱいになってたんだ」
湊は一歩、踏み出した。二人の距離がゼロになる。
「屋敷の令嬢だからじゃない。お世話係だからでもない。俺は……一人の男として、絢咲月菜という女の子が……愛おしくてたまらないんだ」
「湊……っ!」
「俺と……付き合ってください。ずっとお前の隣で、お前を一番近くで守らせてほしい」
「……っ……う、うん……! 喜んで……っ! 喜んで付き合うわ……っ!!」
月菜の瞳から、ボロボロと大粒の嬉し涙が溢れ出した。
彼女は我慢できなくなったように湊の胸へと飛び込み、その細い腕で湊の首元へとしがみついた。
「湊……! 湊……っ! 大好き……! 本当に大好き……っ!」
「月菜……っ」
湊は月菜の可憐な身体をしっかりと抱きしめ返した。
パステルブルーのマフラーに包まれた彼女の首筋から漂う、甘く優しいサボンの香り。抱きしめた腕の中から伝わってくる、可憐で華奢な温もり。そのすべてが、今や湊の「特別な存在」となったのだ。
夜景の光が二人を優しく照らし出す中、二人は抱き合ったまま、しばらくの間お互いの体温と鼓動を確かめ合った。
「……ねえ、湊」
顔を上げた月菜が、潤んだ瞳で上目遣いに湊を見つめてきた。
その唇は、冬の冷気で少し震えている。
「なぁに……? 月菜」
「私ね……さっきの……あの夜のデートで……未完成になっちゃった『続き』……ずっと待ってたの」
「……っ」
月菜は静かに瞳を閉じ、湊の胸元に両手を添えた。
サクランボ色に熟した彼女の唇が、少しだけ吐息とともに開かれる。
断る理由など、どこにも存在しなかった。
湊はそっと手を伸ばし、月菜の柔らかい頬を優しく包み込んだ。
そして、ゆっくりと顔を近づけ――。
冬空の下、億千のイルミネーションが見守る中で、二人の唇がそっと重なり合った。
「……ん……っ」
甘く、温かく、そして溶けるようなキス。
お世話係と令嬢という壁を完全に突き破り、二人の魂がひとつに結ばれた瞬間だった。
唇が離れると、月菜は顔を真っ赤に染め、照れくさそうに湊の胸元へと再び顔を埋めた。
「……バカ。……夢みたい……」
「夢じゃないよ。……これからは、ずっと一緒だ」
二人は再びしっかりと手を繋ぎ合い、幸せな余韻に浸りながら、夜景の丘をゆっくりと下り始めたのだった。
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「ただいまー……」
深夜十一時。
テーマパークからの帰路に就いた絢咲家の姉妹たちが、お土産の袋を大量に抱えて屋敷の玄関扉を開けた。
「ふぁあ……楽しかったけど疲れたわね~。土和、お家についたわよ?」
長女の陽葵が、眠りこけた土和を抱っこしながらリビングへと足を踏み入れ――そして、ピタリと足を止めた。
リビングのソファでは、帰宅した湊と月菜が並んで座り、温かい紅茶を飲んでいた。
二人の雰囲気は、出かける前とは明らかに違っていた。
距離感が不自然なほど近く、何より月菜の表情が、これまでに見たことがないほど甘く柔らかく、輝くような幸せに満ちあふれていたのだ。
「あら……?」
陽葵の瞳が、鋭い「長女の観察眼」となって光った。
三女の灯華と四女の水樹も、クスクスと意地悪な笑みを浮かべながら二人へ近づいてくる。
「ねぇねぇ月菜お姉ちゃん~? なんだかお顔がすごく赤いですけどぉ~?」
「手……繋いでたでしょ? 入ってきた瞬間、パッと離したの見たよ~?」
「なっ……っ! な、なんのことよバカ灯華! 見てないでしょ! 言いがかりはやめなさいっ!」
月菜は瞬く間に真っ赤になり、慌てて紅茶を飲んで誤魔化そうとしたが、その手の震えが完全に墓穴を掘っていた。
陽葵は優しく土和をソファへ寝かせると、二人に向かってそっと歩み寄り、温かな笑みを浮かべた。
「……ふふ。おめでとう、二人とも」
「「え……?」」
湊と月菜が驚いて顔を上げると、陽葵は二人の手を優しく包み込んだ。
「分かってたわよ。あなたがどれだけ月菜を大切にしてくれていたか……そして月菜が、どれだけ湊くんを愛おしく思っていたか。……妹の幸せそうな顔を見れば、全部伝わってくるわ」
「陽葵お姉ちゃん……」
「湊くん。これからは『お世話係』としてだけじゃなく……『月菜の特別な人』としても、我が家をよろしくね?」
「……はい! 全力で、月菜とみんなを幸せにします!」
湊が力強く宣言すると、月菜は涙を浮かべながら陽葵に抱きついた。
「お姉ちゃん……ありがとう……っ!」
「おめでとう~! 月菜お姉ちゃん!」
「湊お兄ちゃん、月菜お姉ちゃんを泣かせたら承知しないからね~!」
灯華も水樹も、木乃香も絢金も、みんなが二人の周りに集まり、笑顔で二人を祝福した。
聖なる夜の終わり。
絢咲家に新たな絆と「恋」が生まれ、物語はここから、さらに賑やかで甘い新章へと進み出していくのだった。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #40】
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