第33話:冬風の縁頭と、姉妹たちのひそやかな企み
すき焼きを全員で突つつき合い、心も身体もぽかぽかに温まったあの夜から数日。
十二月に入り、街を吹き抜ける風はいよいよ本格的な冬の冷たさを帯び始めていた。庭の木々は葉を落とし、朝晩の澄み切った空気の中では、息を吐けば白く綺麗に漂う。
「ふぅ……寒くなってきたなぁ」
土曜日の午後。昼食の片付けを終えた湊は、厚手のカーディガンを羽織り、一階の庭に面した日当たりの良い縁側に腰を下ろしていた。
ぽかぽかと差し込む冬の陽光が心地よく、日向ぼっこ(ひなたぼっこ)には絶好の場所だ。手元には、挽きたての温かい緑茶が入った湯呑み(ゆのみ)がある。
昨夜、冷え込みが厳しかったために一階の押し入れから出しておいた「天日干し済みの羽毛布団」の残り香と、お日様の匂いが縁側全体に優しく漂っていた。
「あ、湊兄ちゃん! ここにいたー!」
ガラリと障子が開き、末っ子の土和と四女の水樹がひょっこりと顔を出した。
「土和、水樹。どうしたの?」
「えへへ、湊兄ちゃんがお茶飲んでたから、一緒にお日様ポカポカしに来たの!」
土和はトコトコと走ってくると、湊の右隣にスッと収まり、小さな身体をぴったりと擦り寄せてきた。すっかり風邪も治り、元気いっぱいの笑顔だ。
水樹も「お邪魔しま〜す」と軽い足取りで湊の左隣に座り、縁側から足をパタパタと揺らした。
「ん〜、お日様が温かくて気持ちいい〜。……ねえ、湊くん?」
「ん?」
水樹は湊の顔をチラリと盗み見ると、悪戯っぽく瞳を細めてニヤリと微笑んだ。
「月菜お姉ちゃんとの『おでかけ』、楽しかった?」
「……っ!?」
突如ぶつけられた質問に、湊は思わずお茶を吹きそうになった。
「な、なんでそれを……」
「ふふ〜ん、隠しても無駄だよ〜? 月菜お姉ちゃん、あの日からずっとご機嫌なんだもん。部屋で一人でスマホ見ながらニヤニヤしてるし、お買い物で買ったパステルブルーのマフラー、大切そうにハンガーにかけて毎日眺めてるんだから!」
「見、見てたのか……」
湊は顔を赤らめ、頭を掻いた。月菜がそんな風にあのマフラーを大切にしてくれていると知り、胸の奥がくすぐったいような温かい熱で満たされていく。
「でもね、湊兄ちゃん」
土和が湊のカーディガンの袖をきゅっと引っ張った。
「ツキナ姉ちゃんね、ときどき、ちょっと寂しそうな顔するの」
「え? 寂しそうな顔……?」
「うん。『土和がお熱出さなかったら、もっと湊と一緒にいられたのかな』って、ぽつりと言ってたの。土和、お熱出して湊兄ちゃんを呼び戻しちゃったから……ツキナ姉ちゃんに悪いことしちゃったのかな……」
しょんぼりと眉を下げ、下を向く土和。あの夜、自分がお熱を出したせいで二人の時間を邪魔してしまったのではないかと、幼い心なりに気に病んでいたのだ。
湊は胸が締め付けられるような愛おしさを感じ、土和の柔らかい頭を優しく撫でまわした。
「そんなことないよ、土和。土和が元気になってくれたのが、俺にとっても月菜にとっても一番嬉しかったんだから。土和は何も悪くないよ」
「……ほんと?」
「うん、本当だよ」
湊がまっすぐ見つめて優しく語りかけると、土和は安心したようにパッと表情を明るくさせた。
「……ねえ、湊くん」
水樹が顎を手に乗せ、どこか大人びた表情で庭の木々を見つめながら言った。
「月菜お姉ちゃんね、本当はすごく甘えん坊なんだよ。昔から『お姉ちゃん』として私たちの前ではしっかりしようと背伸びしてるけど……本当は一番繊細で、傷つきやすくて、誰かに頼りたいの。……湊くんがこの家に来てくれてから、月菜お姉ちゃん、すごく柔らかい顔をするようになったんだよ?」
「水樹……」
「だからね、また連れ出してあげてほしいな。今度は……邪魔が入らないような、特別な日にさ」
水樹はそう言うと、湊に向かってパチンと可愛らしくウインクしてみせた。
普段はからかってばかりの四女だが、誰よりも姉や妹たちの変化をよく観察し、心から気遣っているのだ。その優しさに、湊は改めて絢咲家の絆の深さを実感させられた。
「……うん。ありがとう、水樹。絶対にまた、どこかへ連れて行くよ」
湊が力強く頷いたその時――。
「ちょっと、あんたら! 庭で何こそこそ話してるのよ!」
二階の窓から、当の本人である月菜が顔を覗かせていた。
「月菜お姉ちゃん! 湊くんと月菜お姉ちゃんの『次のデート』のお話しをしてたの〜!」
「なっ……水樹ぃぃぃぃ! 余計なこと言うんじゃないわよバカ腹黒ーーーっ!!」
真っ赤になった月菜が窓をバンッと閉め、ドタバタと猛烈な勢いで階段を駆け下りてくる音が響いた。
「きゃー! 逃げろ〜!」
「待って〜、水樹姉ちゃん〜!」
水樹と土和がキャッキャと声を上げて庭へ飛び出していき、直後に「待ちなさいあんたらーーー!」と赤面した月菜が追いかけていく。
賑やかで、どこまでも温かい冬の日の午後。
湊は手に持った湯呑みから立ち上る湯気を見つめながら、心の中でそっと決意を固めていた。
(クリスマス……まで、あと少しだな)
街が一年で最も華やかに彩られ、聖なる夜の魔法が降り注ぐ特別な日。
今度こそ誰にも邪魔させず、月菜の夢を叶えてあげよう――そう、胸の奥で静かに誓うのだった。
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「よし! 風が冷たくなってきたし、今夜は身体が芯から温まるスープを作ろう!」
ドタバタ劇が落ち着いた夕刻、湊はキッチンへと立ち、腕まくりをした。
今日作るメニューは、冬の定番『ゴロゴロ野菜と手ごね団子の特製カブのコンソメシチュー』だ。
冬の時期に甘みがぐっと増す「カブ」は、煮崩れしやすく扱いが難しい食材だが、プロの小ワザを使えば、口の中でトロリととろける最高の仕上がりになる。
まずは根菜の下ごしらえだ。
カブ(大4個)は皮を少し厚めにむき、四等分のくし形にカット。人参と玉ねぎ、そして甘みの強いシメジを用意する。
「カブを煮込む時の最大のコツは、『葉っぱの付け根の洗い方』と『入れるタイミング』なんだ」
カブの葉の付け根には細かい泥が溜まりやすいため、竹串や爪楊枝を使って流水で丁寧に泥を洗い流しておく。葉の部分も綺麗な緑色とシャキシャキ感を残すため、細かく刻んで最後の仕上げ用に取っておくのだ。
続いて、スープの出汁と満足感を爆発させる「肉団子」を作る。
ボウルに豚ひき肉(300g)、細かく刻んだ玉ねぎ、生パン粉、卵、そして隠し味の「おろし生姜」と「味噌小さじ1」を投入。
手でしっかりと粘りが出るまで捏ね上げる。生姜が肉の臭みを消し、隠し味の味噌がコンソメスープに深いコクと旨味を与えるのだ。
「鍋にオリーブオイルを熱して、まずは玉ねぎと人参をサッと炒める……」
甘みが引き出されたところで、たっぷりのお水とコンソメキューブ、白ワインを少々加えて煮立てる。
そこへ、丸めた肉団子をひとつずつスプーンで落とし込んでいく。シュワシュワと煮立つスープの中で肉汁が溢れ出し、極上の出汁がスープ全体へと広がっていく。
「そして……ここからがカブの出番だ」
人参に火が通った段階で、ようやくカットしたカブを鍋に投入する。
カブは煮火が通るのが非常に早いため、最初から入れてしまうと跡形もなく溶けてなくなってしまうのだ。弱火で煮込むことわずか七分。
最後に塩コショウで味を調え、仕上げに刻んでおいたカブの鮮やかな緑の葉をサッと散らせば――『トロトロカブと手ごね肉団子のあったか冬スープ』の完成だ!
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「みんなー、ご飯できたよー!」
湊の声に、リビングへ集まってきた姉妹たち。
食卓の中央に置かれた大きな鍋から蓋を外すと、湯気とともに、野菜と肉団子のなんとも言えない優しい甘い香りが部屋いっぱいに広がった。
「わぁ……美味しそう! スープが透き通ってて綺麗……!」
長女の陽葵が感嘆の声を漏らす。
器にたっぷりと盛り付けられたスープを、全員で一斉に口へと運んだ。
「いただきまーす!」
月菜はスプーンで、半透明に透き通ったカブと肉団子を掬い、ふーふーと息を吹きかけて口に含んだ。
「……っ!!」
一口食べた瞬間、月菜の瞳が驚きで大きく見開かれた。
カブが口に入れた瞬間に噛む必要もないほどトロリと溶け出し、ジュワッと出汁の効いた旨味が溢れ出してくる。肉団子はふわふわで柔らかく、生姜の風味がほのかに鼻を抜け、体の中からポカポカと温かさが広がっていく。
「美味しい……っ! カブが……お口の中で溶けちゃう……! 肉団子もすごくジューシー!」
「本当だ〜! 生姜が入ってるから、身体がすごく温まるねぇ」
「湊兄ちゃん、おかわりー!」
灯華や水樹、土和も夢中でスプーンを動かしている。
湊は微笑みながら、向かいに座る月菜を見つめた。
月菜もスープの湯気越しに湊と視線を合わせ、照れくさそうに、けれど心からの幸せそうな笑みを返してくれた。
冬の冷たい風が屋敷の窓を揺らす夜。
食卓を囲む温かな湯気と笑顔の中で、クリスマスへ向けた新たな物語のページが、静かにめくられようとしていた。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #33】
『冬の味覚!カブを極上に仕上げる「煮崩れ防止&泥落とし」のプロ技』
冬が旬のカブを美味しく煮物やスープにする時は、次の2点を押さえましょう!
① 葉の付け根は竹串で洗う!:葉を1cmほど残して切り落ち、付け根の隙間に溜まった泥は「竹串や爪楊枝」を使って流水で洗うと綺麗に取れます。
② 入れるのは最後!:カブは火が通りやすく、最初から煮込むと溶けてしまいます。人参や肉に火が通った後の「仕上げの7〜8分前」に投入するのが、トロトロ食感を保つ黄金ルールです!
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