第27話:要塞の建設者と、受け継がれし手際
昨夜の大雨が嘘のように吹き飛び、青空が澄み渡る絶好の秋晴れとなった朝。
絢咲家の二階物置部屋では、バケツに溜まった雨水が静かに揺れていた。湊が昨夜施したビニールシートとタオルの応急処置のおかげで、床や思い出のアルバムへの被害は最小限で食い止められていた。
「湊くん、おはよう。昨夜は本当にお疲れ様。工務店さんにはもう連絡してみたの?」
朝食の片付けを終えたキッチンで、長女の陽葵が心配そうに尋ねてきた。
「おはようございます、陽葵さん。朝一番で近くの工務店にいくつか電話してみたんですが……昨夜の猛烈な豪雨で、街中のあちこちから修理依頼が殺到しているらしくて。どこも『最短で訪問できるのは来週になります』って言われちゃったんですよね」
「来週……。また大雨が降ったら大変ね。どうしましょう……」
陽葵が不安そうに眉をひそめたその時、勝手口の扉が軽やかにトントンと叩かれた。
「やあ、湊くん、絢咲さん。おはよう」
入ってきたのは、お隣の大学生・三日月だった。手には挽きたてのコーヒーが入ったマグカップを持っている。
「三日月さん、おはようございます」
「朝からなんだか困った顔をしていたから声をかけたんだ。……もしかして、昨夜の雨漏りの修理業者を探しているのかい?」
「はい、実は近所の工務店が全滅で……」
「なるほどね」
三日月は眼鏡の奥の瞳を和やかに細めると、ポケットからスマートフォンを取り出した。
「なら、僕から知り合いのルートで手配してあげるよ。『絶対に完璧な仕事をする建築と防衛のプロ』に心当たりがあるんだ。ちょうど近くで大きなプロジェクトを進めているらしくてね。頼めばすぐに来てくれるはずさ」
「えっ、本当ですか! 助かります!」
「ふふ、気にしないで。お隣さんのピンチだからね。ちょっと電話してくるよ」
三日月はバルコニーへと向かい、手短に通話を済ませて戻ってきた。
「連絡がついたよ。三十分もしないうちに到着するそうだ。超大手企業の『天海建設』の特別チームが来てくれるよ」
「天海建設……!? あのテレビのコマーシャルとかでよく見る、国内トップの不動産・建築グループですか!?」
湊は思わず声を上げた。個人宅の小さな雨漏り修理に、そんな超巨大企業のチームが来てくれるなど破格の扱いだった。
---
それから二十分後。
ガタゴトと重厚なエンジン音を響かせ、絢咲家の敷地前に一台の漆黒の高級大型SUVと、機材を積んだ天海建設の大型作業トラックが停車した。
「すごい……! なんか映画に出てくる特殊部隊みたいな車が来たよー!」
四女の水樹が目を丸くして窓から覗き込み、三女の灯華や五女の木乃香も物珍しそうに外を眺めている。
車から降りてきた作業員たちが手際よく養生シートや最新式の点検機材を運び出す中、高級SUVの領域から一人の男が静かに降り立ってきた。
仕立ての仕立ての良い黒のスーツの上に、作業用のヘルメットを軽く脇に抱えた男。
整った顔立ちには一切の無駄な感情が浮かんでおらず、鋭い眼光と周囲を圧する圧倒的なオーラを纏っている。立っているだけでその場がピンと緊張感に包まれるような、冷酷なまでの完璧さを感じさせる人物――天海グループのトップ、天海アキだった。
「三日月、久しぶりだな。現場はここか」
「アキさん、急な呼び出しに応えてくれてありがとうございます。こちらが住み込みのお世話係の浅比湊くんです」
三日月の紹介を受け、湊は緊張で背筋をピシッと伸ばして頭を下げた。
「浅比湊です! 本日は急なお願いを受けていただき、ありがとうございます!」
アキの冷徹とも言える氷のような視線が、じっと湊の全身を射抜くように注がれた。
「……浅比、か」
アキは短く呟くと、漆黒の瞳をかすかに細めた。だが、その威圧感溢れる表情の奥に、ほんの微かな興味の光が宿る。
「挨拶はいい。案内しろ。被害箇所を見せてもらおう」
「は、はい! 二階の物置部屋です、どうぞ!」
---
二階の物置部屋へ足を踏み入れたアキは、部屋の中を一望した瞬間、ピタリと足を止めた。
部屋の隅には無事に避難されたダンボール箱。雨漏りの真下にはタオルが敷き詰められたバケツ。そして天井の漏水口からは、ビニールシートが綺麗な傾斜を描いてバケツへと正確に水を誘導していた。
作業員たちが驚きの手際だと感嘆の声を漏らす中、アキは無言でその応急処置の構造に近づき、じっくりと検分した。
「……ビニールシートによる水路の確保、落水音を殺すための消音バスタオル。……ほう、無駄がない。誰がこの処置をした?」
「あ、俺です。昨夜、急に雨漏りが始まって……荷物を退避させてから、応急処置として作りました」
湊が答えると、アキは振り返り、再び湊の顔をじっと見つめた。
「手際が良すぎる。素人の知識ではないな。どこで学んだ?」
「えっと……俺の親父から教わりました。親父は家事やDIYにすごく厳しくて、『男なら家のトラブルくらい完璧に対処できるようになれ』って、子供の頃から体に叩き込まれて……」
その言葉を聞いた瞬間、アキの眉がわずかに跳ね上がった。
アキは手袋をはめた手で顎に触れ、何かに納得したように低く深く頷いた。
(浅比……なるほどな。母方の姓を名乗らせていると言っていたが……ソウマの奴、息子をここまで鍛え上げていたか)
アキの脳裏に、かつて自身が建設したあの「特注要塞大邸宅」で、共にバカ騒ぎをし、徹底的に家事と防犯のスパルタ教育を叩き込んだ悪友――荒神ソウマの顔が浮かんでいた。
ふと湊は、以前三日月と話した時の会話を思い出していた。
(あ……そういえばこの前、三日月さんが言ってたな。『うちの親父も昔、大きな邸宅みたいなところで破天荒な連中と共同生活をしてた』って……。親父も学生時代に仲間の家で家事ノウハウを教わったって言ってたし、もしかして……)
湊が心の中で合点がいったような顔をしていると、アキはフッと口元の口角を僅かに上げた。
「……良い筋だ。父親の背中を見て、正しく育ったようだな」
「えっ……?」
一瞬、親父のことを知っているかのような口ぶりに湊が目を見張ると、アキはすぐさま威厳あるプロの顔に戻り、控えていた作業員たちに鋭い指示を飛ばした。
「全員、作業に取りかかれ。屋根裏の亀裂補修および屋根材の全面張り替えを行う。ついでにこの屋敷全体の耐震補強と、窓ガラスの防犯フィルム施工、センサーライトの設置まで全て完了させろ。施工時間は二時間だ」
「「「了解いたしました!」」」
プロの集団が一斉に動き出す。その圧倒的な手際の良さと最新機材の投入により、本来なら数日かかるような大規模な補修と補強工事が、文字通り「完璧」な精度で一分の狂いもなく進められていった。
---
二時間後。
物置部屋の天井は新築のように美しく修復され、屋根の防水対策はもちろんのこと、絢咲家全体が最新の防犯・耐震設備を備えた「要塞」のように強固な住まいへと生まれ変わっていた。
作業の完了を確認したアキは、作業着の袖を軽く整えながら玄関へと降りてきた。
「補修および補強作業、すべて終了した。これで大型の台風が直撃しようと、この屋根が破られることはない」
「す、凄すぎます……! こんな完璧に直していただけるなんて……! お見積もりとお支払いはどうすれば……」
陽葵と湊が恐縮しながら尋ねると、アキは短く手をかざしてそれを制した。
「費用は不要だ。三日月の紹介であり、天海グループの技術実証の一環として処理してある」
「えぇっ!? そんな、いただくわけには……!」
「構わん」
アキはそう言い捨てると、静かな足取りで玄関のドアへと向かった。
そして扉を開ける直前、ふと足を止め、後ろに立つ湊の方へ視線だけを向けた。
「浅比湊」
「は、はい!」
「……家事の手際も、非常時の立ち回りも合格点だ。お世話係として、そして男として、この家と住人を最後まで守り抜け」
威厳に満ちた、けれどどこか温かい父親のような激励の言葉。
湊は思わずハッと息を呑み、力強く頷いた。
「……はい! ありがとうございます!」
アキはそれ以上何も語らず、高級SUVへと乗り込み、爽やかに去っていった。
残された玄関で、次女の月菜が湊の隣に並び、去っていく車を見送りながらポツリと呟いた。
「なんだか……すごく迫力のある人だったわね。でも……湊のこと、すごく認めてくれてたみたい」
「うん……なんだか不思議な人だったな。でも、すごく背中が大きくて……かっこよかった」
湊は自分の手を見つめ、親父から受け継ぎ、そして今日出会った伝説的なプロの手際を胸に刻み込んだ。
「よし! 屋根も直ったことだし、みんなにお昼ご飯作らないとね!」
「あ、私も手伝うわ、湊!」
月菜が嬉しそうに寄り添い、二人は賑やかなキッチンへと戻っていく。
親世代から受け継がれた確かな絆と技術に守られながら、絢咲家の平穏で甘酸っぱい日々は、今日も快晴の空の下で続いていくのだった。
---
【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #27】
『家庭でできる!台風・大雨前の防犯&防水チェック』
台風や大雨の季節が来る前に、ご家庭でチェックしておきたいのが「ベランダの排水溝」の掃除です!落葉やゴミが詰まっていると、ベランダに雨水が溜まって室内へ漏水する大きな原因になります。また、窓ガラスに防犯・飛来物防止フィルムを貼っておくと、万が一の飛来物による割れを防ぎ、防犯対策にもなって一石二鳥ですよ!
【筆者の独り言】要塞?天海建設?ソウマ?どういう関係?
最後までお読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
下にある評価(★★★★★)やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!
感想や一言コメントもお待ちしております。




