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家事壊滅な7人姉妹のお世話係になりました  作者: 三日月
第一部③:甘酸っぱい距離と、動き出す恋心
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第26話:夜の静寂と、頼れる手のぬくもり

外を叩きつける激しい雨の音は、少しずつ勢いを潜め始めていた。


物置部屋の応急処置を無事に終え、一階のリビングへと戻った湊と月菜を待っていたのは、不安そうな表情でたたずむ妹たちだった。


「湊兄ちゃん! 雨漏り、直ったの……?」


末っ子の土和が、小さな手で湊のエプロンの裾をぎゅっと掴みあげ、大きな瞳を潤ませながら見上げてくる。三女の灯華と四女の水樹も、洗面所のタオルを手にしたまま心配そうに身を乗り出していた。


「ああ、大丈夫だよ。バケツとビニールシートでちゃんと水を誘導したし、大事なアルバムや思い出の荷物も全部無事だからね」


湊がいつもの穏やかな笑顔でそう告げると、リビングに「ほっ」と安堵の空気が広がった。


「よかったぁ……! さすが湊ね! パニックにならずにパパッと対処しちゃうなんて、本当頼りになるわ!」


「本当に! 湊お兄ちゃんがいてくれてよかったぁ!」


灯華と水樹が弾んだ声で喜び、土和も「湊兄ちゃん、すごーい!」と嬉しそうに飛び跳ねる。五女の木乃香と六女の絢金も安堵の笑みを浮かべ、胸を撫で下ろしていた。


そんな妹たちの賑やかな姿を横目に、月菜はそっと湊の横顔を見つめていた。


(……本当に、すごいわよね。私なんて、水が落ちてきた瞬間パニックになって、ただ右往左往することしかできなかったのに……)


湊は不快な打音を消すためにバケツへタオルを敷き詰め、水滴を誘導する経路まで一瞬で作り上げて見せた。その迷いのない素早い手つきと、自分たちの大切な思い出を守ってくれた背中。思い出すだけで、月菜の胸の奥が甘く熱く疼き出す。


「よし、俺は服が濡れちゃったから、先にシャワーを浴びて着替えてくるね。みんなはもう少しで夕飯だから、テーブルの上を片付けておいてくれるかな?」


「はーい!」


元気な返事に見送られ、湊は脱衣所へと向かった。


---


湯気の立ち込めるバスルームで温かいシャワーを浴び、肌に付着した冷たい雨水の残骸を洗い流す。


(……ふぅ。とりあえず、大きな被害にならなくてよかったな)


濡れた髪をタオルで拭きながら、湊は脱衣所の鏡に映る自分の姿を見つめた。


あの大雨の中での応急処置。月菜から羽織らせてもらったカーディガンの温もりと、優しく重なり合った彼女の手の感触が、今も鮮明に皮膚に残っている。


「……お世話係だけじゃないでしょ、バカ」


去り際に月菜が呟いた小さな声。

その言葉の意味を反芻するたび、湊の胸には溢れんばかりの愛おしさが込み上げてきた。単なる家事の代行者としてではなく、一人の男として、彼女の特別になれているという実感。


「……よしっ」


気を引き締め直すように軽く自分の頬を両手で叩き、湊は乾いた部屋着に袖を通した。


リビングへ戻ると、長女の陽葵が濡れた折りたたみ傘を手に、ちょうど玄関から帰宅したところだった。


「ただいま、みんな。すごく激しい雨だったわね……あら、湊くん。髪が濡れているけれど、どうかしたの?」


「お姉ちゃん、おかえり! 実はね、二階の物置部屋で雨漏りがしちゃって……!」


水樹と灯華が身乗り出すようにして、先ほどの「湊の完璧な応急処置劇」を事細かに陽葵へ報告し始めた。それを聞く陽葵の瞳が、驚きと感動で次第に丸くなっていく。


「まあ……! そんな大変なことがあったのね。アルバムを守ってくれてありがとう、湊くん。本当に……あなたはこの家の救世主ね」


「いえ、俺にできることをしただけですから。明日にでも工務店さんに連絡して、屋根の点検をお願いしましょう」


「ええ、そうするわ。頼りにしているわね、湊くん」


陽葵の温かな感謝の言葉に微笑みを返しつつ、湊はふと視線を周りに巡らせた。

だが、そこに月菜の姿はない。


「……あれ? 月菜は?」


「月菜姉ちゃんなら、さっき『勉強の続きをする』って言って二階の自分の部屋に戻ったよ〜」


絢金がソファに寝転がりながら教えてくれた。


「そっか。じゃあ、夕飯ができる少し前に声をかけに行くよ」


湊はキッチンへ向かい、中断していた夕飯の仕上げに取りかかった。


---


時計の針が午後七時を回る頃、温かな夕食が食卓に並んだ。


今日のメニューは、雨で冷えた体を芯から温める「具だくさん豚汁」と「甘辛タレの鶏大根」、そして「炊き立てのツヤツヤ白米」だ。


「みんな、ご飯できたよー!」


湊の声に応えるように、妹たちが一斉にダイニングへと集まってくる。

やがて、二階から月菜も静かな足取りで降りてきた。


「月菜、お疲れ様。勉強、進んだ?」


湊が優しく声をかけると、月菜は一瞬ハッとして肩を揺らした。


「……え、ええ。まあね。……別に、アンタの心配なんていらないわよ」


そっけない言葉を返しつつも、月菜の目はどこか泳いでいる。彼女は素早く自分の席につくと、目の前に置かれた湯気を立てる豚汁とおかずを見つめた。


「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」


賑やかな掛け声とともに、夕食が始まる。


「うわぁぁぁ! 豚汁、お出汁がすごく効いてて温まる〜!」


「鶏大根も、大根の中まで味がしみしみだよ! お肉が柔らかーい!」


灯華と水樹が大喜びで箸を進める。木乃香も「この甘辛いタレ、白ご飯にすごく合う……」とうっとりしながら大根を口へ運び、土和は口元を少し汚しながら「おいしいの! お汁おいしいのー!」とお代わりを催促していた。


陽葵も笑みを浮かべながら、汁物を一口味わう。


「ふぅ……雨で冷えた体に、湊くんの温かいお料理が染み渡るわね。本当に美味しいわ」


「よかったです。今日は大根を米の研ぎ汁で下茹でしてから煮込んだので、味がしっかり染み込んでいると思います」


「さすがね。本当に手が込んでいるわ」


姉妹たちが絶品料理に舌鼓を打つ中、月菜も静かに箸を動かしていた。

味がしっかりと染みた大根を一口かみしめると、和風出汁の上品な旨味と鳥肉のコクが口いっぱいに広がる。


「……美味しい……」


ポツリと漏らされた本音。

月菜は豚汁のお椀を持ち上げ、温かいスープを啜った。体の奥底から、じんわりと温かさが広がっていく。それは料理の温もりだけでなく、先ほど物置部屋で自分たちを助けてくれた、湊の存在そのものの温もりのようでもあった。


ふと、お椀を持つ月菜の手がわずかに震えていることに、隣の湊が気づいた。


(……? 月菜……手の甲が、少し赤くなってる?)


湊は目ざとく捉えた。先ほどの雨漏りの際、冷たい雨水に長時間触れながら雑巾を絞り、重い荷物を拭いてくれた月菜の手。その指先が、寒さと緊張の疲労からか、軽くかじかんで赤みを帯びていたのだ。


食後、姉妹たちがリビングでテレビを見始め、賑やかな笑い声が響く中。


湊はキッチンで皿洗いを終えると、小さな救急箱から保湿クリームを取り出し、こっそりと二階へ向かった。


月菜の部屋の前に立ち、扉を軽やかにノックする。


「月菜、湊だけど。ちょっと入ってもいい?」


「……え? あ、ええ。いいわよ」


部屋の中から返事があり、湊は静かにドアを開けた。


机に向かっていた月菜は、湊の姿を見ると慌ててペンを置き、椅子の上で背筋をピンと伸ばした。


「な、何よ……? 夜中に女の子の部屋にコソコソ入ってくるなんて……」


「これ、持ってきたんだ」


湊は手に持った保湿クリームを見せた。


「え……? クリーム……?」


「さっきの雨漏りの時、冷たい水でずっと作業してただろ? 指先が赤くなってたから、荒れる前に塗っておいた方がいいと思ってさ」


そう言って、湊は月菜の傍らまで歩み寄ると、彼女の目の前に腰を落とした。


「っ……!」


月菜の顔が、瞬く間に朱に染まる。


「そ、そんなの自分塗れるわよ! バカ湊……!」


「いいから。手、貸して」


湊は優しく、だが断らせない強さを持って、月菜の右手を取った。


「あっ……」


触れ合った瞬間、湊の温かい手のひらの温度が、月菜のかじかんだ皮膚へとダイレクトに伝わる。

湊はチューブから少量手に取ったクリームを、月菜の細い指先や手の甲へ、優しく揉み込むように伸ばしていった。


指一本一本を丁寧に解し、温めていく湊の指先。

その手つきはどこまでも誠実で、壊れものを扱うかのように優しかった。


月菜は言葉を失い、赤くなった顔のまま、自分の手を包み込む湊の大きな手をじっと見つめていた。


「……冷たかったろ。ありがとな、月菜。俺と一緒に、最後までアルバムを守ろうとしてくれて」


親指の腹で月菜の手の甲を優しく撫でながら、湊がまっすぐな瞳で見つめてくる。


「……っ……」


胸が、苦しいほどに締め付けられる。

ただの日常の一コマのはずなのに、彼の存在が、彼のぬくもりが、自分の中で大きくなりすぎている。


月菜はギュッと唇を結ぶと、塗られ終えたばかりの手を返し、逆に湊の大きな手をぎゅっと握り返した。


「……バカ」


「え?」


「……バカ湊。……そんな風に優しくされたら……私、もっとアンタのこと……好きになっちゃうじゃない……っ」


消え入りそうな、けれど確かな熱を帯びた告白。


月菜は俯き、自分の額を湊の肩口へとそっと預けてきた。

さらりとした黒髪から、いつもの甘いシャンプーの香りが漂う。


「……どこにも、行かないでね」


「……行かないよ。ずっと、月菜のそばにいるから」


湊は空いている方の手で、月菜の華奢な背中を静かに抱きしめた。


外の雨はすっかり上がり、雲の切れ間から静かな月明かりが差し込み始めていた。

二人の温かな息遣いだけが満ちる部屋で、夜は優しく、どこまでも甘くけていくのだった。


---


【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #26】

『かじかんだ手・あかぎれを防ぐハンドケアの極意』


水仕事や冷たい雨水に触れた後は、皮膚の油分が奪われて乾燥し、あかぎれや手荒れの原因になります。ハンドクリームを塗る時は、ただ表面に伸ばすだけでなく、「手のひらで温めてから、指の関節を一本ずつ優しくマッサージするように揉み込む」のがコツです!血行が促進されて保湿成分が奥まで浸透し、短時間でふっくらとした潤い手肌が蘇りますよ!

最後までお読みいただきありがとうございました!


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