第25話:雨の日の雨漏りと、頼れる背中
翌日の放課後、空は朝からの予報通り、どんよりとした鉛色の雲に覆われていた。
ポツポツと降り始めた雨は、夕刻を迎える頃には激しい豪雨となり、絢咲家の広い屋根を激しく叩きつけていた。雷鳴こそ聞こえないものの、バチバチと窓ガラスを打つ雨粒の音は凄まじく、外の景色を白く霞ませている。
「うわぁ、すごい雨……! 湊、洗濯物取り込んでおいて正解だったね!」
リビングの窓から外を覗き込みながら、三女の灯華が感心したように声を上げた。
「本当ですね。お昼過ぎに雲行きが怪しくなったので、早めに部屋干しに切り替えておいて良かったです」
キッチンで夕飯の下ごしラえをしていた湊は、乾いた衣類の山を前にほっと息をついた。
住み込みのお世話係として生活する中で、天候の変化を察知して家事を立ち回るスキルも、親父からの英才教育によってすっかり身についていた。
長女の陽葵は大学の図書館で勉強中のためまだ帰宅しておらず、リビングには灯華、四女の水樹、五女の木乃香、六女の絢金、そして末っ子の土和が集まって各々の時間を過ごしている。
そして、次女の月菜は二階の自分の部屋で試験勉強に集中しているはずだった。
――トントン、と階段を降りてくる急足な音が響いたのは、ちょうどその時だった。
「み、湊……っ! 大変! 来て!!」
階段を駆け降りてきた月菜の顔は青ざめており、慌てた様子で湊の腕を掴んできた。昨夜までの照れくさそうな雰囲気はどこへやら、切迫した表情で湊を見つめている。
「月菜? どうしたの、そんなに慌てて……」
「二階の物置部屋……! 雨漏りしてるのよ!」
「えっ……!? 雨漏り!?」
その言葉に、リビングにいた妹たちも一斉に跳ね起きた。
「えぇーっ!? 雨漏りー!?」
「たいへんなのー! お部屋が水びたしになっちゃうー!」
「みんなはここで待ってて! 月菜、案内して!」
「うん!」
湊と月菜は二階の廊下を走り、奥にある普段は使っていない物置部屋へと向かった。
ドアを開けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
ぽちゃん、ぽちゃん、という音どころではない。
古くなった天井の板目から、ポタポタポタポタと絶え間なく雨水が滴り落ちていたのだ。床のフローリングにはすでに大きな水たまりができており、すぐ近くに置いてある段ボール箱――姉妹たちの幼い頃のアルバムや思い出の品が入った箱――にしみ込み始めていた。
「どうしよう湊……! 昔の写真とか、みんなの記念品が入ってる箱なの! 濡れちゃったらダメになっちゃう……っ!」
月菜は半泣きになりながら、必死に箱を退かそうとしていたが、積み重なった段ボールは重く、彼女の華奢な腕ではビクともしない。
「月菜、離れて! 俺がやる!」
湊は迷わず濡れた床へと踏み込み、重い段ボール箱を次々と持ち上げて雨水の届かない安全な壁際へと運んだ。
「くっ……重いな。でも、これくらいなら……!」
「湊、服が濡れちゃう……!」
「俺の服なんて後で洗えばいい! それより、これ以上床と天井を傷めないように処置しないと!」
湊は物置部屋から飛び出すと、洗面所から大きなプラスチックバケツと、大量の古いバスタオル、そして雑巾を抱えて戻ってきた。
まずは雨水が落ちてくる真下にバケツを設置する。
カツン、カツンと乾いた音がバケツ底に響き、落ちてくる水滴を受け止め始めた。
だが、ここで湊は手を止めなかった。
「月菜、雑巾を絞って床の水を拭き取ってくれ! 俺はバケツの中にタオルの端を入れるから!」
「え? バケツの中にタオル……?」
月菜が首を傾げる中、湊は乾いたバスタオルを一枚、バケツの底に敷き詰めるように配置した。
するとどうだろう。
先ほどまで「カツン! カツン!」と静かな家に響き渡っていた不快な水滴の落ちる音が、バスタオルの布地に吸収され、一瞬にして「トス……トス……」という静かな消音に変わったのだ。
「すごい……! 音がぜんぜんしなくなった!」
「落水の衝撃音を布で吸収させるんだ。こうしておけば、下の階にも音が響かないし、水跳ねも防げる。……よし、次は応急処置だ!」
雑巾で床の水気を拭き取った後、湊は押入れの奥にあったビニールシートと粘着テープを取り出した。
「月菜、脚立を支えててくれるか?」
「う、うん! 気をつけてね、湊!」
湊は脚立に乗り、雨漏りしている天井の隙間を確認した。おそらく長年の風雨で屋根裏のどこかに小さな亀裂が入り、今日の激しい豪雨で一気に水が伝ってきたのだろう。専門の業者を呼んで屋根を修繕してもらう必要があるが、今夜を乗り切るための応急処置が必要だった。
湊は天井の漏水箇所の周囲を雑巾で綺麗に拭き取ると、ビニールシートを漏水口を覆うように貼り付けた。そして、シートの片端がバケツの中に垂れ下がるように誘導する。
「よし……! これで漏れてきた水はシートを伝って、直接バケツの中に流れるようになったはずだ」
作業を終えて脚立から降りた湊を見て、月菜はポカンと口を開けていた。
雨水で前髪やエプロンが濡れ、息を切らせている湊。
だがその手つきには一切の無駄がなく、パニックになりそうだった状況を、わずか十分足らずで完全にコントロール下に置いてしまったのだ。
「湊……アンタ、どうしてそんなことまで知ってるの……?」
「あはは……うちの親父、家事だけじゃなくてDIYとか家のトラブル対処にもうるさくてさ。『男なら家の一通りトラブルくらい自分で対処できるようになれ』って、昔からスパルタで教え込まれてたんだよ」
湊は濡れた前髪をかき上げながら、照れくさそうに笑った。
その笑顔を見つめる月菜の胸が、ドクンと大きく跳ね上がった。
(かっこいい……)
頼もしすぎる彼の背中。困った時やピンチの時に、いつだって真っ先に駆けつけて、完璧な手際で守ってくれる。お世話係としてだけでなく、一人の男としての凛々しさと頼もしさが、月菜の心を激しく揺さぶっていた。
「……ありがと、湊」
月菜は蚊の泣くような小声で呟き、自分の着ていたカーディガンを脱ぐと、湊の濡れた肩にそっと羽織らせた。
「え? 月菜、いいよ俺は……」
「いいから着てなさいバカ! 風邪ひいたらどうするのよ……っ。……アンタに倒れられたら、私が困るんだから」
カーディガンからは、月菜の柔らかな体温と甘い香りが漂ってきた。
湊が少し驚いたように見つめ返すと、月菜は顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「な、何よ……っ。……本当に、助かったわ。昔のアルバム、濡れずに済んで……あれ、お母さんが生前、私たちと一緒に写ってる数少ない写真が入ってたの」
「……そうだったんだ。守れて良かった」
湊の優しい眼差しに、月菜の目元が少し潤む。
彼女は自分の裾をギュッと握りしめ、上目遣いで湊を見つめた。
「……ほんと、頼りになるんだから。アンタは……」
「ふふ、お世話係ですから」
「……お世話係だけじゃないでしょ、バカ」
小声でそう毒づきつつも、月菜はそっと湊の濡れた手の上に、自分の温かい手を重ね合わせた。
指先から伝わる熱。
雨の音だけが響く静かな物置部屋で、二人の距離はまた一歩、甘く深く縮まっていた。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #25】
『不快なバケツの音を消す!雨漏り時の応急処置テクニック』
台風や大雨で突然の雨漏りが発生した時、バケツに水滴が落ちる「カツン! カツン!」という甲高い音は、夜眠れなくなるほど不快なストレスになりますよね。そんな時は、「バケツの底に厚手のバスタオルを敷く」だけで劇的に音が消えます!さらに、天井の漏水箇所からビニールシート(または紐)を垂らし、水滴を伝わせてバケツへ誘導すると、水跳ねを防ぎつつ静かに排水できますよ!
【筆者より】ここ最近関東や東海付近での大雨洪水など、ところにより警戒レベル5が出たところもあったそうで、何よりも身の確保が優先ですね。こういうこともあり、今回は大雨系を書いてみました。
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