2話:山盛りの洗濯物と、無防備すぎる長女様
「――よし、朝飯の仕込みとリビングの掃き掃除は完了、と」
時計の針は午前六時三十分を回ったところだ。
彩咲家に泊まり込んで迎えた、記念すべきお世話係初日の朝。
幼い頃から叩き込まれた家事身体感覚のおかげで、俺――浅比誠は、誰に起こされることもなく完璧に目を覚ましていた。
静まり返った広大な邸宅の中、俺は腕を組みながら脱衣所の扉を開ける。
「……うわぁ」
思わず口から漏れたのは、感嘆ではなく明確な引体感情だった。
脱衣所に設置された巨大な洗濯カゴからは、山積みにされた衣類が洪水のように溢れか出し、床にまで雪崩込んでいた。
「女子七人分の洗濯物……分かってはいたが、想像以上の過酷さだな」
制服、私服、部屋着、下着、タオル類。
これを放置すれば、瞬く間に着る服がなくなって詰むのは明白だ。
俺は腕まくりをし、テキパキと仕分け作業に取りかかった。
色物、白物、デリケートな素材。熟練の目利きで分類し、まずは第一陣を洗濯機へと放り込む。
洗剤と柔軟剤を絶妙な黄金比で投入し、スイッチを入れた。
重低音を響かせて回転を始めたドラムを見届け、俺はリビングへと戻る。
――と、その時だった。
「ん〜……誠くぅん……? なんか……いい匂いがするぅ……」
「うおっ!?」
リビングのソファーから、のそりと起き上がってきた影に、俺は思わず後ずさりした。
長女の陽葵さんだ。
全校生徒から絶大なる信望を集める完璧な生徒会長――そのはずの彼女だが、現在の姿は壊滅的に無防備だった。
ダボついた薄手の部屋着は、片方の肩が完全に落ち、真っ白で滑らかな肌と華奢な鎖骨が露わになっている。
それどころか、豊かな胸元の渓谷が、朝の光線を浴びて眩しいほどに視界へ飛び込んできた。
「ひ、陽葵さん!? 服! 服が肌けまくってますって!」
「ふえ……? 服……? あぁ……暑かったからぁ……」
寝ぼけ眼の陽葵さんは、自分の状態など一切気に留める様子もなく、ふらふらとした足取りで俺に近づいてくる。
そして――
「……きゃっ」
「っと、あぶない!」
足元に落ちていたクッションに引っかかった陽葵さんの身体が、浮遊感とともに傾く。
俺は反射的に手を伸ばし、彼女の華奢な身体を抱き止めた。
――ぎゅむっ。
「……ッ!?」
手に伝わる、圧倒的な柔らかさと体温。
陽葵さんの豊満な胸元が、俺の胸板にしっかりと密着していた。
甘い桃のようなシャンプーの香りが鼻腔を駆け抜ける。
「あ……誠くん、温かい……。このまま抱っこしてて……」
「だ、ダメですって! 陽葵さん、起きてください! 理性が飛びます!」
必死に理性の防波堤を維持しようと汗を流す俺。
その時、地獄の扉が開く音が聞こえた。
「――お姉ちゃん? 朝から何を|騒いで……って、は?」
リビングの入口に立っていたのは、制服に着替えた次女の月菜だった。
彼女は、俺と陽葵さんが密着し合っている決定的な光景を目撃し、固まった。
「あ……月菜……おはよう……」
「おはよー、じゃなくて! な、な、なに朝から密着してんのよ浅比くん! 変態! 破廉恥!」
顔を林檎のように真っ赤にした月菜が、猛烈な勢いで俺たちを引き剥がしにかかる。
「ち、違うんだ月菜! これは陽葵さんが転びそうになって――」
「言い訳無用! やっぱり男を住み込ませるなんて危険すぎるわ!」
「……んぁ? 月菜ぁ……誠くん、すごく居心地いいよ……?」
「お姉ちゃんは黙って! ちゃんと服を着る《着衣》!」
月菜は陽葵さんの部屋着の襟元を強引に引っ張り上げながら、俺を鋭い視線で睨みつけてくる。
だが、その瞳の奥には怒りだけでなく、どこかソワソワとした動揺の色が見え隠れしていた。
「……べ、別にアンタが陽葵お姉ちゃんとどうこうなろうと知ったこっちゃないけど……あたしの前でそういう破廉恥なことしないでよね!」
「だから誤解だって言ってるだろ……」
俺が苦笑いを浮かべて溜息をつくと、月菜はぷいっと顔を背けた。
しかし、その耳たぶは隠しきれないほど赤く染まっている。
(……なんだ、このツンデレ反応。めちゃくちゃ可愛いな……)
思わず心が揺れるのを感じつつ、俺は気を取り直してキッチンへと向かった。
「まあいい。朝飯が完成してるから、みんなを呼んできてくれ。今日は『出汁巻き卵と熟成鮭の和風定食』だ」
「……! 出汁巻き……?」
月菜のピクッと眉が動く。
「文句があるなら食べなくてもいいぞ?」
「た、食べるわよ! お世話係の作った料理を検品するのも、あたしの義務なんだから!」
そう吐き捨てて、パタパタと階段を駆け上がっていく月菜。
彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は静かにフライパンを握り直した。
壊滅的な七人姉妹のお世話は、まだまだ始まったばかりだ。
【お世話係誠の!生活豆知識のコーナー! #2】
「生乾き臭を撃退!洗濯物の効率的な干し方」
たくさんの洗濯物を早く乾かすコツは『アーチ干し』!
ハンガーラックの両端に長い衣類を干し、中央に向かって短い衣類(下着や靴下など)を配置して「V字(アーチ状)」にすると、下からの風の通り道ができて一気に乾燥スピードが上がります!生乾き臭予防にも最適ですよ!
〜てことは、下着が山にあったりして…フフフ(思春期男子なもので)
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