第1話:ゴミ屋敷の惨状と、初恋のデレ……はまだ遠い
「――おいおい、マジかよ……」
玄関をくぐり、リビングへと続く廊下に足を踏み入れた瞬間の感想は、一言で言えば絶望だった。
俺、浅比誠は、幼い頃から家事全般を叩き込まれて生きてきた。
一人暮らしの親父と二人三脚で暮らしてきたおかげで、掃除、洗濯、裁縫、そして料理に至るまで、プロの家政夫とも張れるレベルのスキルを身につけていると自負している。
だが、そんな俺の自信など、目の前に広がる圧倒的な混沌の前には一切の役に立ちそうもなかった。
「ちょっと浅比くん、無視しないで説明しなさいよ! なんでうちの玄関を開けて勝手に入り込んでるのよ!?」
肩を怒らせ、顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってくるのは、同じクラスの彩咲月菜だ。
学校での彼女は、いつも涼しげな表情で読書をしている孤高の高嶺の花。男子生徒の半数以上が密かに憧れを抱いていると言われるほどの美貌の持ち主だ。
だが、今の彼女は制服のスカートを少しシワだらけにし、髪も少し乱れた状態で、鬼の形相で俺を睨みつけている。
「説明しろって言われてもな……俺は親父に頼まれて、今日からこの家のお世話係として住み込むことになったんだよ」
「お、お世話係ぇ……!? なにそれ、聞いてないんだけど!?」
「こっちだって聞いてないよ! まさか親父の親友の家が、クラスメイトのお前の家だったなんてな」
俺が溜息をつきながらポケットから取り出した鍵と、月菜の父親から送られてきたという誓約書のコピーを見せると、彼女は絶句した。
「パパ……なに勝手なことしてんのよ……!」
「文句ならアンタの親父さんに言ってくれ。とにかく、まずはこの状況をなんとかしないと……」
俺はリビングを見渡した。
ソファーには、長女の陽葵さんが長々と横たわっている。高校三年生のはずだが、肩口からキャミソールの紐がズリ落ち、白い鎖骨と豊かな胸元が無防備に晒されていた。
「うぅ……月菜ぁ……お腹空いて動けないよぉ……。何か召喚してぇ……」
「お姉ちゃん、人間は召喚できません! しっかりしてよ!」
「誠クン、誠クン〜。お姉ちゃんが死にそうだから、なんか作って〜」
ぬっと横から現れたのは、三女の灯華だ。中二にしては少し大人びたギャル風のルックスで、いきなり俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。
やわらかい感触が二の腕に伝わり、俺の理性が一瞬グラリと揺れた。
「ちょ、お前、距離が近くないか!?」
「え〜? だって誠クン、今日から私達のお世話係でしょ? じゃあ実質お兄ちゃんじゃん!」
「……灯華、ずるい。私も、お腹空いた」
灯華の後ろからひょっこり顔を出したのは、双子の妹である四女の水樹。おとなしそうな外見だが、灯華の反対側の袖をキュッと掴んで離さない。
「う、ウソでしょ……。灯華も水樹も、なんで初対面の男の人にそんなに気安く接してるのよ!?」
月菜が信じられないといった様子で声を上げる。
だが、状況はさらに加速した。
「お兄ちゃん! アタシ、ハンバーグ食べたい! チーズがトロッて入ってるやつ!」
「はぁ!? 絢金、生意気言わないでよ! 今は何でもいいから温かいスープとかそういうのが先でしょ!?」
六女の絢金と、五女の木乃香が、お腹の虫を鳴らしながら言い争いを始める。
そして最後に、俺の足元にトコトコと歩み寄ってきた小さな存在があった。
「……まこと、おにいちゃん……?」
七女の土和だ。五歳児の大きな瞳には涙が溜まっていて、今にも溢れ出しそうだった。
「お腹、ペコペコなの……。だっこ……だっこしてぇ……」
「――っ!」
あまりの可愛らしさと可哀想さに、俺の苦労人魂が完全に火を吹いた。
「よし、分かった! お兄ちゃんに任せろ!」
俺は土和をひょいと抱き上げると、そのまま腕の中に収めた。土和は安心したように俺の首に小さなしがみつきを見せる。
「ちょっと浅比くん、勝手に抱き上げないで……!」
「月菜、文句は後だ。まずはこの家を人間が住める状態にして、全員に温かい飯を食わせる!」
「えっ、あ、ちょっと……!?」
俺は腕の土和を優しくソファーの端(比較的キレイなスペース)に下ろし、学ランの上着を脱ぎ捨てて腕まくりをした。
「灯華、水樹! そこらへんに散らばってる服を全部まとめてランドリーバスケットに入れろ! 木乃香と絢金はゴミ袋を持って、雑誌と空き缶を片付ける!」
「「はーい!」」
「……りょうかい」
「えっ、なんでアンタたちの指示に従ってんの!?」
呆然とする月菜を無視して、俺はキッチンへと向かった。
ステンレスのシンクには使い古されたコップや皿が山積みになっているが、まずは冷蔵庫のチェックだ。
ガバッと扉を開ける。
案の定、まともな食材はほとんど入っていない。
「たまごが6個、賞味期限ギリギリの牛乳、使いかけのキャベツ、ベーコン、冷凍庫に……よし、化石化してない白飯がラップに包まれて大量にあるな」
これだけの材料があれば、パパッと作れる最高のご馳走がある。
「浅比くん……本当に作れるの? うちのキッチン、誰もまともに使えないんだけど……」
心配そうにキッチンの入口から覗き込んできたのは月菜だ。腕を組んで強がっているが、そのお腹からは『ぐぅぅぅ……』と可愛らしい音が盛大に鳴り響いていた。
「……ッ! い、今のなし! 聞こえなかったことにしなさい!」
顔を真っ赤にしてお腹を押さえる月菜。
「くすっ……安心しろよ。十分で特製パラパラ黄金チャーハンと、キャベツとベーコンのコンソメスープを作ってやる」
「チャーハン……? そんな材料でホントに美味しく作れるの……?」
「俺の料理を舐めるなよ。……ほら、手際よくやるから見てろ」
俺は素早くフライパンを取り出し、強火で熱した。
サラダ油を馴染ませ、溶き卵を一気に流し込む。ジュワッという快音とともに立ち上る香ばしい匂い。そこに冷や飯を投入し、フライパンを巧みに振って米粒を踊らせる。
「すご……! フライパンが浮いてる……!?」
後ろで月菜が息をのむ気配がした。
細かく刻んだベーコンとキャベツを加え、塩コショウ、そして隠し味に醤油を鍋肌からひと回し。
香ばしい焦がし醤油の香りがキッチンいっぱいに広がり、リビングにいた姉妹たちの鼻がピクピクと動き始めた。
「ん……? なんか、凄くいい匂いがする……」
ソファーで死んでいた陽葵さんが、まるで吸い寄せられるように起き上がる。
「うわぁぁ! お兄ちゃん、なんか凄く美味しそうな音がするよー!」
「お腹すいたぁぁ!」
片付けを放り出してキッチンに群がってくる姉妹たち。
「はい、お待たせ! 浅比特製・絶品黄金チャーハンと、ほっこりコンソメスープだ!」
大きな大皿に盛られた黄金色のチャーハンと、スープの入ったお椀を食卓に並べる。
足の踏み場を急突貫で確保したテーブルを、7人姉妹が取り囲んだ。
「それじゃあ……いただきます!」
全員の手が揃った瞬間、怒涛の勢いでスプーンが動き出した。
「んんんっ!? なにこれ、お米がパラパラなのに、噛むとふっくらしてる……!?」
最初に声を上げたのは、長女の陽葵さんだ。目を輝かせて、大きな口でチャーハンを頬張っている。
「美味しーっ! お店のやつより全然美味しいよ、誠クン!」
「……ん。スープ、あったかい。体に染みる……」
双子の灯華と水樹も、夢中になってスプーンを動かしている。
「おいしー! おにいちゃん、ごはんおいしいー!」
土和は口のまわりに米粒をつけながら、満面の笑みを浮かべていた。
「ふ、ふん……まあまあじゃない。お腹が空いてたから美味しく感じるだけよ……」
そう言って強がっていた月菜も、一口食べた瞬間に目を見開き、そこからは無言で猛烈な勢いでスプーンを動かしていた。
(……ふぅ、どうやら胃袋は掴めたみたいだな)
皿があっという間に空になり、全員が「ごちそうさまでした!」と大満足の溜息をつく。
さっきまでの壊滅的な空気はどこへやら、リビングにはあたたかな温もりが満ちていた。
すると、長女の陽葵さんが満足気にお腹をさすりながら、俺に向かってにっこりと微笑んだ。
「誠くん、だっけ? ……うん、決めたわ。あなた、今日から私達の正式なお世話係ね!」
「ちょっとお姉ちゃん、勝手に決めないでよ!」
月菜が慌てて抗議するが、他の姉妹たちからは大賛成の嵐が巻き起こる。
「賛成〜! 誠クンが居てくれたら毎日美味しいご飯が食べられる!」
「……私も、誠がいい」
「お兄ちゃん、いてほしい!」
「だっこしてくれるおにいちゃん、すきー!」
「な、なんでみんなそんなに簡単に流されてるのよ……!」
頭を抱える月菜。しかし、その頬はどこか赤く染まっていて、俺のことをチラチラと盗み見ている。
こうして、家事壊滅な7人姉妹と、苦労人お世話係の、甘くて騒がしい同居生活が本格的にスタートしたのだった。
【お世話係誠の!生活豆知識のコーナー! #1】
「冷やご飯から激ウマなパラパラチャーハンを作るコツ!」
冷えたご飯はレンジで軽く温めてから、『卵とご飯を混ぜ合わせてからフライパンに投入(卵かけご飯状態にする)』か、『温めた米にマヨネーズを少量混ぜておく』と、米粒がコーティングされて家庭の火力でも簡単にパラパラになります!試してみてね!
誠ファイト!p(^_^)q!
生活豆知識役に立てばいいな…
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