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家事壊滅な7人姉妹のお世話係になりました  作者: 三日月
第一部③:甘酸っぱい距離と、動き出す恋心
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第23話:夕暮れの買い物と、すれ違う手のひら

夕暮れ時の赤橙色が、絢咲家の広いリビングを優しく包み込んでいた。


西日に照らされたキッチンで、湊は手際よくボウルやフライパンを洗い流していく。蛇口から流れる水の音と、食器が軽く触れ合うカチャンという涼やかな音が、静かな室内に心地よく響いていた。


「よし……これで片付けはひと段落、かな」


エプロンで濡れた手を拭きながら、湊はチラリと壁の時計に目をやる。時刻は午後五時を回ったところだった。


学校から帰宅した姉妹たちは、それぞれの時間を過ごしている。長女の陽葵は二階の部屋で大学の課題に取り組み、三女の灯華と四女の水樹、そして末っ子の土和はリビングの絨毯の上でアニメのDVDに夢中だ。五女の木乃香と六女の絢金は宿題を終わらせるために部屋へ戻っている。


そして――次女の月菜はといえば、リビングのソファにポツンと一人で座り、文庫本を開いていた。


だが、そのページは先ほどから一枚もめくられていない。

視線は本に向けられているものの、その意識が明後日の方向に向いているのは一目瞭然だった。時折、思い出してはハッとしたように頬を赤(あか)らめ、パタパタと文庫本で顔を扇ぎ出す。


昨夜のキスの余韻は、丸一日が経過しようとしている今になっても、月菜の心の中に色濃く残っているようだった。


(……月菜、やっぱりまだ気にしてるよな)


湊は苦笑いを浮かべつつも、胸の奥がキュッと締め付けられるような甘酸っぱい感覚を覚えた。今朝、学校へ向かう際の「早く帰ってくるから」という彼女の言葉と照れた表情。あれから一日中、湊自身の頭の中でも、月菜の残像が離れずにいたのだ。


(とはいえ、このまま二人でリビングにいても、お互い気まずいだけか……。よし)


湊は冷蔵庫の横に掛けられたメモ帳を手に取り、中身を確認した。


「あ、そうだ。明日の朝食用のパンと、牛乳が切れかかってたな。……月菜、ちょっとスーパーまで買い出しに行ってくるけど、何か買ってくるものあるか?」


キッチン越しに声をかけると、ソファの上の月菜がビクッと肩を跳ねさせた。

ガバッと立ち上がった彼女は、文庫本を胸に強く抱え直し、どこか慌てた様子で湊を見つめる。


「えっ……か、買い出し……? あ、えっと……別に、特にないけど……」


「そっか。じゃあ、急いで行って帰ってくるよ。みんなにも言っておくから」


湊がエプロンを外そうとした、その時だった。


「――待ちなさいよ!」


月菜が語気を強めて呼び止めてきた。

突然の声に湊が手をとめると、月菜は顔を真っ赤にしながら、プイッと明後日の方向を向いて腕を組んだ。


「な、何よ。一人で行くつもり? 荷物が多くなるかもしれないでしょバカ湊! だから……その……私がついて行ってあげるわよ!」


「え? でも、パンと牛乳くらいだからそんなに重くないよ?」


「うるさいわね! ついて行くって言ったらついて行くの! ほら、さっさと準備しなさい!」


まくしたてるように叫ぶと、月菜は湊の返事も待たずに、逃げるように玄関へと向かって走っていった。パタンとドアの閉まる音が響く。


リビングのテレビを見ていた水樹が「月菜ねぇね、顔がトマトみたいだったねー」と笑い、灯華も「湊、気をつけてね〜」とニヤニヤしながら手を振ってくる。


(もう……相変わらず素直じゃないんだから)


湊はぽりぽりと頬を掻きながらも、どこか嬉しさを隠しきれないまま、月菜の待つ玄関へと向かった。


---


夕暮れの街並みは、茜色の光に染まっていた。


街灯がぽつぽつと点灯し始める商店街の道を、湊と月菜は並んで歩いていた。

だが、その距離感はどこか不自然だった。二人の間には、ちょうど大人一人が通れるほどの微妙な隙間が空いている。


(……気まずい。圧倒的に気まずい……っ!)


湊は前を見つめたまま、内心で必死に汗をかいていた。

隣を歩く月菜は、唇をキュッと結び、頑なに横顔しか見せてくれない。だが、歩幅はしっかりと湊に合わせてくれており、置いていこうとする気配はなかった。


ふと、湊の視線が横に流れる。

歩くたびに、月菜の細い腕がゆらゆらと揺れ、彼女の小さな手(て)のひら( )が見え隠れしていた。


――昨夜、抱きしめた時の、華奢な肩の感触。

――重ね合わせた唇の、甘く柔らかな感触。


思い出せば思い出すほど、湊自身の顔にも熱が上がっていくのが分かった。

思わず自分の右手を軽く握りしめてしまう。


(手……繋ぎたい、なんて思ったら変かな……。いや、昨夜あんなことまでしておいて、今更手を繋ぐのに日よじるのも変なのか……? でも、月菜が嫌がったら……)


脳内でグルグルと不毛な思考が駆け巡る。

そんな湊の葛藤を知ってか知らずか、月菜もまた、チラチラと湊の右手へ視線を送っていた。


彼女の手指が、かすかにピクピクと動いている。まるで、自分から手を伸ばそうか、それとも湊が伸ばしてくるのを待とうか、猛烈な葛藤の渦中にいるかのようだった。


歩道橋の差し掛かり、橙色の夕日が一層強く二人を照らし出す。


「……湊」


静寂を破ったのは、月菜の消え入りそうな声だった。


「ん? どうした、月菜?」


「……その……なんでもないわよ! バカ!」


「えぇ……」


言おうとした言葉を直前で飲み込み、プイッとそっぽを向いてしまう月菜。

だが、その耳たぶは隠しきれないほど真っ赤に染まっていた。


二人はそのまま、吸い寄せられるように地元の小さなスーパー『フレッシュマーケット』へと足を踏み入れった。


店内は夕方のタイムセールを狙う主婦層で賑わっていた。

湊はカートを押しながら、慣れた手つきで乳製品のコーナーへと向かう。


「牛乳はいつもの濃いめのやつにして……あ、卵も安くなってるな。買い足しておこう」


テキパキと商品をカゴに入れていく湊の隣で、月菜は所在なさげに佇んでいた。

普段なら「これ買ってよ!」と勝手に好きなお菓子をカゴに放り込んでくるはずの彼女が、今日は大人しく湊の後しろをついてくるだけだ。


「月菜、欲しいお菓子とかあったら買っていいぞ? 今日は食費に少し余裕があるし」


「……別に。子どもじゃないんだから、お菓子なんていらないわよ」


そっけなく答える月菜。しかし、その視線はチラチラとパンコーナーの「限定イチゴジャムパン」に向けられていた。


(ふふ、分かりやすいな……)


湊は苦笑しながら、そっとそのイチゴジャムパンをカゴに入れた。

それを見た月菜は、「な、何よ勝手に……!」と毒突きつつも、口元を嬉しそうに緩めている。


買い物を終え、レジで会計を済ませると、それなりの重さになった袋が出来上がった。


「よし、帰ろうか」


湊が袋を持とうとすると、月菜が横からサッと手を伸ばし、袋の持ち手の一つを掴んだ。


「半分持ちなさいよ。アンタ一人に持たせたら、私が何もしてないみたいじゃない」


「え、でも、これくらい俺一人で持てるよ?」


「いいから! 半分持つって言ってるの!」


譲らない月菜に押し切られ、結局二人は一つの買い物袋の持ち手を、左右から一緒に持つ形でスーパーを出ることになった。


---


帰り道。すっかり日は落ち、街には紺青色の夜が訪れていた。


二人で一つの袋を持って歩く。

自然と二人の距離は近づき、歩くたびに肩や腕がかすかに触れ合った。


「……ねえ、湊」


静かな夜道に、月菜の声が響く。


「ん?」


「……昨日のこと」


ドクン、と湊の心臓が大きく跳ね上がった。

ついにその話題に触れるのかと、全身の緊張が一気に高まる。


月菜は俯いたまま、ゆっくりと歩みを進めていた。


「……昨日の夜のこと、アンタ……どう思ってるの?」


「どうって……」


湊は言葉に詰まった。

嘘をつくことなんてできない。だが、どう答えれば彼女を傷つけず、自分の本当の気持ちを伝えられるだろうか。


「俺は……」


湊は立ち止まり、手に持っていた袋をしっかりと握り直した。それに引きずられるように、月菜も足を止める。


街灯の光が、上から月菜の影を地面に落としていた。


「俺は……すごくびっくりしたけど……嫌だったなんて、一瞬も思わなかったよ」


「……っ」


「むしろ……月菜がそんなふうに思ってくれてたんだって知って、すごく嬉しかった。……俺にとっても、月菜は特別だから」


湊の誠実な言葉が、夜の静寂の中に溶けていく。


月菜の肩が、小さく震えた。

彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、街灯の光を反射してキラキラと揺れる涙と、溢れんばかりの愛おしさが宿っていた。


「……バカ」


月菜は絞り出すような声で呟いた。


「ほんと……大バカ湊……。そんなこと言われたら……私……っ」


月菜は持っていた袋の手を放すと、勢いよく湊の胸へと飛び込んできた。


「わっ……!? 月菜!?」


ガバッと湊の私服の裾を両手で強く掴み、顔を湊の胸元に押し付けてくる。

熱い吐息と、甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。湊の心臓は、破裂しそうなほど激しく鐘を打ち鳴らしていた。


「……言ったでしょ。私、アンタのことが好きなの」


胸元から、くぐもった月菜の声が聞こえる。


「ツンツンしちゃうのも、素直になれないのも、全部……アンタが好きすぎて、どうしたらいいか分からなくなるからなの……! だから……私を一人にしないで。ずっと……ずっと私のお世話係でいて……ううん、私だけの湊でいて……っ!」


それは、彼女が心の奥底から絞り出した、あまりにも不器用で、けれど純粋すぎる告白だった。


湊の胸の中に、温かい愛おしさが濁流のように流れ込んでくる。

迷いは、もうどこにもなかった。


湊はゆっくりと腕を回し、月菜の華奢な背中をしっかりと抱きしめ返した。


「……うん。どこにも行かないよ。俺も……月菜のことが好きだ」


「……湊……っ」


二人の影が、街灯の下で一つに重なり合う。

不器用で、遠回りばかりしていた二人の恋心が、今、はっきりと交差した瞬間だった。


夜風がそよと吹き抜け、二人の髪を優しく揺らしていく。

寄り添う二人の温もりは、冷たい夜風の中でも、どこまでも温かく、甘く満ち渡っていた。


---


【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #23】

『時間が経ってもベチャつかない!食パンの正しい保存&トースト法』


買ってきた食パンをすぐに食べきれない場合は、常温で放置せず、一食分ずつラップにピッタリ包んで「冷凍保存」するのが正解です!食べる時は解凍せず、凍ったままあらかじめ予熱しておいたトースターで一気に高火力で焼き上げてください。中の水分が閉じ込められ、外はサクッ、中はモチモチの焼き立ての美味しさが蘇りますよ!

最後までお読みいただきありがとうございました!


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