第20話:忍び寄る秋の影と、二人きりの深夜夜食
──長女・陽葵さんの大学キャンパス訪問と、怒涛の『彼氏役&手作りエビチリ弁当大作戦』から数日が経過した。
すっかり秋の深まりを感じさせる10月半ばの風が、絢咲家の屋根を心地よく撫でていく。
学園祭プレイベントでの『彼氏役騒動』を経て、長女の陽葵さんからの信頼はさらに揺るぎないものとなり、次女の月菜との絆もまた、あのネックレスと共に一段と深まっていた。
だが──平穏で甘い日常の裏で、新たな『試練』は静かに、しかし確実に忍び寄っていたのだ。
「……はぁ」
時刻は深夜12時を回ったところ。
しんと静まり返った絢咲家のリビングで、小さく切ない溜め息が漏れた。
自室で翌日の朝食の下ごしらえと、妹たちの学校提出書類の整理を終えた俺──湊は、喉の渇きを覚えて静かに一階のキッチンへと降りてきたところだった。
薄暗いリビングのテーブル席。
スタンドライトの小さな明かりだけを頼りに、一人ノートと問題集を広げて頭を抱えていたのは──普段はツンツンとしていて気丈な次女、月菜だった。
「……月菜ちゃん?」
「っ……!? み、湊……!?」
声をかけると、月菜は弾かれたように跳ね上がり、慌てて目の前のノートをバサッと伏せた。
朝の光の下で見せる凛とした姿とは裏腹に、その目元には薄っすらとクマが浮かび、疲労の色が色濃く滲み出ている。
「な、なにこんな時間に起きてきてるのよバカ湊! お世話係ならさっさと寝なさいよ!」
「それはこちらのセリフだよ。もう12時過ぎてるよ? 月菜ちゃんこそ、何やってるの……って、それ、中間テストの勉強?」
伏せられたノートの端から覗いていたのは、びっしりと赤ペンで書き込まれた高校の数学と英語のテキストだった。
「……べ、別に。ただの復習よ」
そっぽを向く月菜。だが、彼女の指先がかすかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
そういえば、来週は月菜の通う高校の中間テスト期間だ。
それだけではない。最近の月菜は、自分の勉強だけでなく、三女の灯華や四女の水樹の宿題を見てあげたり、部活の秋季大会の準備、さらには家事の手伝いまで完璧にこなそうと走り回っていたのだ。
「月菜ちゃん……ずっと無理してただろ?」
「無理なんて……してないわよ! 私は絢咲家のしっかり者の次女なんだから! お姉ちゃんも忙しいし、妹たちの面倒も見なきゃいけないし、テストで悪い点数なんて取れるわけないじゃない……っ!」
強がる声が、途中から小さく震え始める。
責任感が強すぎるのだ、この子は。
長女の陽葵さんが大学で忙しい分、自分が家を支えなきゃいけない、妹たちのお手本でいなきゃいけないと、自分ひとりで重圧を抱え込んでしまっていた。
俺は黙って月菜の前の椅子を引き、そっと腰掛けた。
「……なんで座るのよ。説教なら受け付けないわよ」
「説教なんてしないよ。……ただ、お世話係として、頑張りすぎてる可愛い妹の SOS を見過ごすわけにはいかないからね」
「〜〜〜っ! か、可愛いだなんて……バカ湊っ!」
顔を真っ赤にする月菜のテキストを、俺は優しく引き寄せた。
「ほら、どこで詰まってるの? 英語の構文? それとも数学の微分・積分?」
「……英語の長文読解と、微分……。解説読んでも、全然頭に入ってこなくて……」
「よし、じゃあ俺が分かりやすく教えてあげる。……でもその前に」
俺は立ち上がり、エプロンを身につけた。
「夜遅くまで頭を使うとお腹が空くだろ? 勉強の効率を上げるための、『極上の夜食』を作ってあげる。少し待ってて」
「えっ……夜食……? でも、こんな時間に食べたら太っちゃう……」
「大丈夫! 夜遅く食べても胃もたれしなくて、脳のエネルギー(ブドウ糖)を効率よく補給できて、消化に抜群に良いメニューだから!」
俺の言葉に、月菜はコクリと頷き、どこか安心したように表情を緩めた。
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深夜の静かなキッチン。
トントンと包丁がまな板を叩く優しい音だけが響く。
今夜作る夜食は、寒くなってきた秋の夜長にピッタリな『とろ〜り出汁の特製かにかま生姜玉子雑炊』だ。
小鍋に水と昆布出汁、薄口醤油、みりん、そしてほんの少しの塩を入れて煮立たせる。
そこに、サッと水洗いして表面の粘り気を取ったご飯を投入。
「ねえ、湊。雑炊のご飯って、なんで一度水洗いするの?」
いつの間にかキッチンの横までやってきていた月菜が、不思議そうに鍋を覗き込んできた。
深夜の静寂の中、二人だけの距離が自然と近くなる。
「良い質問だね! ご飯の表面にはでんぷん質の『粘り』がついているんだけど、そのまま鍋に入れると汁がドロッと重くなって、お米が汁を吸いすぎてパサパサになっちゃうんだ。『ご飯をサッと水洗いしてヌメリを取ってから煮込む』ことで、お出汁が澄んだまま、お米の一粒一粒に出汁が染み込んで『サラッと・とろ〜り』とした極上の雑炊になるんだよ」
「へぇぇ……! だから家で雑炊作ると、おじやみたいにドロドロになっちゃってたんだ!」
感心する月菜。
「さらに、ここに手で細かく割いた『かにかま』と、たっぷり擦りおろした『生姜』を加えるんだ。生姜の成分は血行を良くして身体を芯から温めてくれるし、夜の勉強で冷えた身体と脳を温めるのに最高の食材なんだよ」
最後に、溶き卵を回し入れ、フタをして火を止めて15秒。
余熱でふんわりと固まった卵の上に、刻みネギと三つ葉を添えて完成だ!
「はい出来上がり。召し上がれ、月菜ちゃん」
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湯気が立ち上る小鉢を前に、月菜がフーフーと息を吹きかける。
レンゲですくい、口へと運ぶ。
「──っはぁぁぁ……美味しい……っ」
一口食べた瞬間、月菜の緊張していた肩の力がふっと抜け落ちた。
「お出汁がすごく優しくて……生姜の香りがピリッと効いてて、身体の中にジュワ〜って温かいのが広がっていく……! お米も柔らかいのにベチャベチャしてなくて、すごくサラッとしてる……!」
「良かった。生姜と出汁の組み合わせは、疲れた脳と胃腸を優しく癒やしてくれるからね。残さず食べて、エネルギー補給して」
「うん……っ!」
ハフハフと美味しそうに雑炊を頬張る月菜。
その美味しさと温かさに包まれながら、彼女の目からポロリと一滴の涙がこぼれ落ちた。
「……あ」
「月菜ちゃん!?」
「ごめ……ごめんなさい……。なんか、温かいもの食べたら……急に安心しちゃって……」
ボロボロと溢れ出す涙。
ずっと一人で突っぱねて、張り詰めていた糸が、温かい料理と俺の優しさによって解けていく。
「私……本当はすごく不安だったの。テストも頑張らなきゃいけないのに、全然覚えられなくて……妹たちの前では完璧なお姉ちゃんでいなきゃいけないのに……っ」
俺は黙って彼女の隣に寄り添い、その華奢な肩をそっと抱き寄せた。
「無理しなくていいんだよ、月菜ちゃん」
「湊……っ」
「月菜ちゃんはもう十分すぎるくらい頑張ってるよ。絢咲家を支えてくれてるのは陽葵さんだけじゃない、月菜ちゃんがいるからみんな笑っていられるんだ。……でもね、たまには俺を頼ってよ。俺はみんなのお世話係なんだからさ」
俺の胸元に顔を押し付け、泣きじゃくる月菜。
彼女の手が、俺の服の裾をギュッと強く掴んでいた。
「……バカ湊。……温かくて、ずるい……っ」
夜の静寂の中、二人の体温と心が深く重なり合っていく。
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涙を拭い、雑炊を綺麗に完食した月菜は、すっかり憑き物が落ちたようなスッキリとした笑顔を取り戻していた。
「ふぅ……美味しかった! 湊、ごちそうさま!」
「お粗末様でした。さて! お腹も温まったところで、テスト対策講座を始めるぞ!」
それから約一時間。
俺は月菜の隣にぴったりと座り、英語の長文のコツや微分・積分の解法を丁寧に噛み砕いて教えた。
「あっ……! なるほど! ここをこう変化させれば良かったんだ!」
「そう! 大正解! 月菜ちゃん、理解が早いよ」
「ふふっ、湊の教え方が上手だからよ!」
暗記のコツや解き方が分かると、月菜の表情はどんどん明るくなっていった。
時計の針が深夜1時半を回った頃。
「ふあぁぁ……」
大きなあくびをする月菜。さすがに限界のようだ。
「よし、今日はここまで! 続きは明日、放課後にまた一緒にやろう」
「うん……ありがとう、湊」
テキストを片付け、部屋へ戻ろうとする月菜。
階段の手前で、彼女はふと立ち止まり、振り向いた。
薄暗い廊下の中、彼女の胸元のシルバーネックレスが小さく輝いている。
「ねえ、湊」
「ん? なに?」
月菜はそっとつま先立ちになり、俺の頬に……チュッと、柔らかくて温かい唇を寄せた。
「っ!??!?!?」
固まる俺。
月菜は真っ赤な顔で、天使のような眩しい笑顔を浮かべた。
「夜食と、お勉強の……お礼。……おやすみなさい、私の湊」
パタパタパタッと素早い足音を立てて、階段を駆け上がっていく月菜。
残された俺は、頬に残る温かい感触と甘い香りに包まれながら、しばらくその場から動くことができなかった。
試練のテスト期間と、深まっていく秋。
二人の絆は、夜食の温もりと共に、さらに甘く深く加速していくのだった──。
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【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #20】
『夜食に最適! 胃に優しく「サラッと・とろ〜り」極上雑炊の作り方』
1. 雑炊を作る際の一番のポイントは『温かいご飯をザルに入れ、水でサッと洗って表面のヌメリ(でんぷん)を取る』ことです! これにより出汁が濁らず、お米が汁を吸いすぎて重くなるのを防ぎ、サラッとした喉越しになります。
2. 汁に「擦りおろし生姜」を加えることで、血行促進&代謝アップ効果が得られ、夜間の勉強や作業で冷えた身体を芯から温めてくれます。
3. 卵を入れる際は沸騰した出汁に回し入れ、すぐに火を止めてフタをし、15秒ほど蒸らすことで、プロのようなフワフワの半熟卵に仕上がります!




