第18話:甘い余韻と、翌朝の新たな波乱
──昨夜の、あの奇跡のような誕生日パーティーから一夜が明けた。
ベランダで月菜から囁かれた、あの甘くて切ない言葉。
『私の特別なお世話係は……これからも、世界でアンタ一人だけなんだからね』
(……あかん、思い出しても顔から火が出そうだ……!)
早朝。静まり返った絢咲家のキッチンで、俺──湊は一人、真っ赤になった頬を手のひらで冷やしながら溜め息をついていた。
胸元でキラリと光るネックレスを愛おしそうに撫でていた月菜の表情が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
「よしっ……! 感動に浸ってる場合じゃない。今日もみんなのために、美味しい朝ごはんを作らないと!」
俺は両頬をパンッと強く叩き、気合いを入れ直してエプロンを固く結んだ。
今日作るメニューは、パーティーの翌朝にピッタリな、優しくて温かい『特製ふわトロ和風親子丼』と、身体に染み渡るお味噌汁だ。
```
*
```
鶏肉を一口大に切り、出汁、醤油、みりん、砂糖を合わせた特製割下でじっくりと煮込んでいく。
グツグツと香ばしい醤油と出汁の香りがキッチンいっぱいに広がり始めた頃──。
──パタパタパタ。
階段から、いつもより少し早い足音が聞こえてきた。
やってきたのは、昨夜の主役である次女の月菜だった。
「……おはよう、湊」
「あ、月菜ちゃん。おはよう! 今日は早いんだね」
振り返った俺は、思わず息を呑んだ。
月菜の首元には、昨日俺と陽葵さんで贈ったあのシルバーのネックレスが、大切に付けられていたのだ。制服の襟元から覗くその小さな輝きが、朝の光を受けて綺麗に反射している。
「……な、なにジロジロ見てるのよバカ湊」
「あ……ごめん。ネックレス、着けてくれてるんだなって思って」
「っ……! 当たり前でしょ! せっかくもらったんだから……なくしたら勿体ないし、着けてあげてるだけよ!」
ぷいっと横を向く月菜。
だが、その耳たぶは真っ赤に染まっており、素直になれない彼女なりの『最大級の感謝と愛情表現』なのだと分かって、胸の奥がキュンと温かくなる。
「似合ってるよ、月菜ちゃん。すごく可愛い」
「〜〜〜っ! 朝からサラッとそういう恥ずかしいこと言わないでよっ!」
照れ散らかす月菜の手元を見ると、彼女は大事そうに昨日のシステム手帳も抱えていた。
「ねえ、湊。今日のご飯……手伝おうか?」
「えっ? いいの? 月菜ちゃん、昨日は遅くまで起きてたのに」
「イイのよ! 私だって……たまにはアンタの役に立ちたいんだから。ほら、何すればいいの?」
少しだけ照れくさそうに、でも誇らしげに腕まくりをする月菜。
昨夜のサプライズを経て、彼女の中で俺に対する『心の壁』が、また一段と低くなったのを感じて嬉しくなる。
「じゃあ、卵を割って軽く解きほぐしてもらえる? 親子丼の卵はね、黄身と白身を混ぜすぎないのがフワトロにする最大のコツなんだ」
「え? 混ぜすぎちゃダメなの?」
「そう! 黄身と白身が少し分離してるくらい(白身の塊が残るくらい)に軽く解きほぐしておくと、火を通した時に白身のぷるぷる感と黄身のコクが両方味わえて、お店みたいな綺麗なグラデーションになるんだよ」
「へぇ〜! 卵焼きの時はしっかり混ぜるのに、料理によって違うのね!」
感心しながら、丁寧に卵を割っていく月菜。
二人並んで立つキッチン。昨日の気まずいすれ違いが嘘のように、温かく甘い時間が流れていた。
──だが。
そんな平和な時間が長続きするほど、この絢咲家は甘くなかった。
```
*
```
「「「「「ただいま〜〜〜っ!!(朝だけど)」」」」」
ドタバタドタバタッ!!
二階から一気に駆け下りてきたのは、長女の陽葵さんを先頭にした妹たちだった。
「ちょっと月菜! 朝から湊お兄ちゃんと二人で何イチャイチャしてるのー! ずるいー!」
「……私だって、朝の湊のお手伝い枠、狙ってたのに」
「あ! 月菜お姉ちゃん、昨日のネックレスもう着けてる〜! ニヤニヤしてる〜!」
三女の灯華が湊の背中にドスンと飛びつき、四女の水樹が湊の反対側の腕をがっしりとホールドする。
六女の絢金もおませな顔でツッコミを入れ、五女の木乃香は「ふ、ふん! お世話係、今日も良い匂いがするじゃない! 私の分の親子丼も多くしなさいよ!」と腕を組んで主張していた。
「イ、イチャイチャなんてしてないわよ! お手伝い! ただのお手伝い!」
「え〜? 本当かしらぁ? 月菜ちゃん、お顔が真っ赤よ〜?」
長女の陽葵さんが、はだけた部屋着のまま優しく微笑み、月菜の頬を突っつく。
「もうっ! お姉ちゃんまでからかわないでよ!」
一瞬でいつもの賑やかすぎるドタバタ劇へと逆戻りだ。
だが、昨日まであったどこか不穏で固かった空気は一切なく、全員が月菜の誕生日を無事に祝えた達成感と愛おしさで満たされていた。
「はいはい、みんな喧嘩しない! 親子丼が固まっちゃうから、席について!」
俺の一声で、ようやく妹たちがぞろぞろと食卓の椅子へと移動していった。
```
*
```
一食分ずつ、親子鍋で仕上げていく。
沸騰した割下に、月菜が軽く解きほぐしてくれた卵液の『半量』を、円を描くように流し込む。
全体が半熟状になったところで火を止め、残り半分の卵液を回しかけて蓋をし、10秒カウント。
どんぶりに盛った温かいご飯の上に、そっと滑らせるように乗せると──。
──トロ〜ッ!!
透明感のある白身と、濃密な黄身が絶妙に絡み合った、極上の『フワトロ親子丼』の完成だ。仕上げに三つ葉を添えて、完成!
「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」
全員のレンゲが一斉に動く。
口に運んだ瞬間、食卓のあちこちから「美味しい〜!」の声が上がった。
「なにこれぇぇ! お出汁がしっかり効いてて、卵がフワフワのトロトロ!!」
「お肉も柔らか〜い! お店で食べる親子丼よりずっと美味しいよー!」
「……んむ。白身のぷるぷるしたところが、お出汁を吸ってて最高」
月菜も一口食べ、自分が手伝った卵の出来栄えに満足そうに目を細めていた。
「……本当に、白身と黄身を混ぜすぎないだけで、こんなに食感が変わるのね。湊の料理テクニックって、本当に魔法みたい」
「魔法じゃないよ。ちょっとした科学とコツだよ。喜んでもらえて良かった」
「ふふ、湊くん」
お味噌汁を飲み干した陽葵さんが、どこか意味深な笑みを浮かべて俺を見つめてきた。
「月菜の誕生日も無事に大成功したことだし……次は、私の『お願い』も聞いてくれるかしら?」
「え……? 陽葵さんの、お願い……?」
その言葉が出た瞬間、ピタリと食卓の動きが止まった。
「な、なに言ってるのよお姉ちゃん!? また変なこと企んでるんじゃないでしょうね!?」
「ふふ、変なことじゃないわよ〜? 来週、私の大学のサークルの発表会があるんだけどね……湊くんに『私の彼氏役(?)』としてついてきてほしいの♪」
「「「「「「はぁぁぁぁぁっ!????!?」」」」」」
食卓に響き渡る、妹たちの絶叫。
「ちょっと待ちなさいよ長女! 彼氏役って何よそれー! 私だって湊とデートしたいのに!」
「……私だって、湊の彼女になりたい」
「お、お世話係にそんなこと頼むなんて、お姉ちゃん正気!?」
一難去ってまた一難。
月菜の誕生日という大イベントを乗り越えたのも束の間、今度は長女・陽葵さんを中心とした新たな『波乱の予感』が、絢咲家に巻き起ころうとしていた。
「み、湊! アンタ絶対断りなさいよ!? 良い!? 断るのよ!?」
「え、えぇぇ……っ!?」
真っ赤になって俺の腕を引っ張る月菜と、余裕の笑みを浮かべる陽葵さん。
家事壊滅な7人姉妹のお世話係・湊の、甘くて賑やかなドタバタな日常は、止まることなく続いていく──!
---
【本日のお世話係メモ:家庭で役立つ豆知識 #18】
『プロ直伝! 親子丼の卵を「フワトロ&グラデーション」にする裏ワザ』
1. 溶き卵を作る際、黄身と白身を混ぜすぎないのが最大のコツ! 白身の筋が残る程度(箸で10回程度軽く切るくらい)にしておきます。
2. 卵液を入れる時は「2回に分ける」のがプロの技。1回目を流し込んで半熟状になったら火を止め、残り半分の卵液を回しかけて蓋をし、余熱で10秒蒸らします。
これで白身のぷるぷる感と黄身の濃厚なコク、そしてお店のような美しいフワトロ食感が完成します!
最後までお読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
下にある評価(★★★★★)やブックマーク登録をしていただけると、執筆の大きな励みになります!
感想や一言コメントもお待ちしております。




