5-1-9 美玲3
「──諦めるな」
左右のポケットの中で、二台のスマホが同時に震え始めた。
まるで互いの存在を確かめ合うように、二つの振動は何度も重なり合い、やがて完全に同じリズムを刻み始める。
「な、何……!?」
思わず取り出した二台の画面には、それぞれ異なる紋章が浮かび上がっていた。
片方の光は穏やかに脈打ち、もう片方は鋭く明滅している。
相反する二つの輝きが共鳴すると、路地裏は白銀の光に包まれた。
「我、アマルテウス」
落ち着いた男の声が響く。
「我、セレティス」
続いて、鋭く勢いのある声が重なる。
「我ら《双児の双剣》より生まれし魔導AI」
二つの声が重なり、一つの響きとなって耳へ届く。
その瞬間、両腕へ鋭い衝撃が走った。
左右の手へ伝わる確かな重量。
気づけば、美玲の手には二振りの剣が握られていた。
「なに……これ……!」
「ついてこい」
「神速で終わらせる」
どちらも命令口調なのに、不思議と軽さがあった。
状況を理解する暇もなく、男が叫びながら飛び込んでくる。
「くたばれ!」
刃物が迫る。
その瞬間、美玲の身体は自分の意思とは無関係に動いた。
一歩踏み込み、右手の剣で相手の刃を受け流す。
同時に左手の剣が閃き、男の手首を正確に打ち据えた。
乾いた音とともに刃物が宙を舞う。
「ぐあっ!」
続く二人目が横から飛び込む。
美玲は身体を半歩だけ開き、その勢いをかわすと、すれ違いざまに柄で鳩尾を打ち抜いた。
男は息を詰まらせ、その場へ崩れ落ちる。
残る男たちも一斉に襲いかかった。
だが、美玲の剣は止まらない。
二振りの軌跡が交差するたび、相手の武器だけが正確に弾き飛ばされる。
踏み込みは風のように速く、引き際は水が流れるように滑らかだった。
気づけば男たちは次々と地面へ転がり、立っている者はいなくなっていた。
「こいつ……!」
「人間じゃねぇ……!」
「逃げろ!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
だが、美玲の怒りは収まらなかった。
「待ちなさい!」
逃げる男を追って駆け出す。
「あたしを騙して……!」
剣を握る手へ力が入る。
「こんな目に遭わせて……!」
視界が赤く染まる。
怒りだけが身体を支配していた。
「もう許さない!」
剣を振り上げた、その時だった。
「── そこまでにしておけ」
静かな声だった。
それなのに、不思議なくらいよく通る。
美玲の身体がぴたりと止まる。
振り返ると、一人の男が立っていた。
高級そうなスーツを着こなし、騒ぎの中にあっても乱れた様子はまったくない。
男は逃げていく連中を一瞥すると、美玲へ視線を戻した。
「暴走は君自身を滅ぼすことになる。警察を呼ばれたいのか?」
その一言で、美玲はようやく周囲の様子へ気づいた。
騒ぎを聞きつけた人々が遠巻きにこちらを見ている。誰かが通報していても、おかしくない。
その瞬間、手の中の双剣は淡い光となって霧散した。
同時に全身から力が抜け、その場へ膝をつく。
(あたし……何をしようとしてたの……)
相手はすでに戦意を失っていた。
それなのに、自分は追い討ちをかけようとしていた。
怒りに飲まれ、自分を見失っていたのだ。
男はそんな美玲を責めることもなく、スーツの内ポケットから一枚の名刺を取り出した。
「葉山だ」
電話番号を書き込み、美玲へ差し出す。
「金に困っているなら、こちらで仕事を紹介しよう。力を活かせる場がある」
営業でもするような、ごく自然な口調だった。
「君の判断に任せる。ただ、力の使いどころを間違えないことだ」
美玲は震える手で名刺を受け取る。
葉山はそれ以上何も言わず、静かにその場を去っていった。
美玲はしばらく立ち上がれなかった。
胸の鼓動はまだ速い。
指先は震え、涙が止まらない。
さっきまで怒りに任せて剣を振るっていた自分が、恐ろしく思えた。
「……あたし、何やってるんだろ」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
その手には、まだ葉山から受け取った一枚の名刺だけが残されていた。
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