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5-1-10 初めての任務

夕暮れ時。


葉山の運転する黒い車は、高層ビルが立ち並ぶ市街地を抜け、ゆるやかに山道へと入っていった。


後部座席には、三人の少女が並んで座っている。


月奈、小夜、美玲。


互いに名前だけは聞いていたが、まともに言葉を交わしたことはない。


車内は静まり返っていた。


エンジン音だけが一定のリズムを刻み、ときおりタイヤが路面の継ぎ目を越える振動が座席へ伝わってくる。


誰も口を開かない。


事情を聞こうとも思わない。


それぞれが、自分だけでも抱えきれないほどの問題を背負っていることを、何となく察していたからだった。


窓の外では、街並みが少しずつ姿を変えていく。


ビルが減り、住宅街が途切れ、やがて深い木々が道路の両脇を埋め尽くし始める。


人気もまばらになり、夕焼けに染まった山並みだけが静かに流れていった。


そんな沈黙を破ったのは、運転席の葉山だった。


「今日は初回だから俺が迎えに来た」


落ち着いた声が車内へ響く。


「次からは、自分たちで動いてもらう」


三人はそれぞれ小さく顔を上げた。


その言葉が意味するものは分からない。


だが、この仕事が一度きりでは終わらないことだけは理解できた。


再び車内は静まり返る。


誰も質問しようとはしなかった。


やがて、その沈黙に耐えきれなくなったように、美玲がおずおずと口を開く。


「……あの」


葉山は前を向いたまま応じた。


「何だ」


「私たち、どこへ向かってるんですか?」


ルームミラー越しに一度だけ美玲を見た葉山は、簡潔に答えた。


「古い寺だ」


「……お寺?」


美玲が首をかしげる。


月奈と小夜も思わず顔を見合わせた。


寺と聞いて思い浮かぶのは、参拝客が訪れる静かな場所だ。


危険な仕事とは、どうしても結びつかない。


葉山はそんな三人の反応を見ても表情を変えず、静かに続けた。


「そこに、“魔法のお宝”があるらしい」


その一言に、車内の空気がわずかに動いた。


月奈は思わず眉をひそめる。


「……からかってるんですか?」


その問いにも、葉山は冗談を言った様子は見せなかった。


「確かな情報だ」


一拍置いて、静かに付け加える。


「お前たちの前任も、最初は同じ反応だった」


「前任……?」


初めて耳にする言葉に、小夜が思わず聞き返した。


「その人たち、どうなったんですか?」


葉山はしばらく黙って前方を見据えていた。


山道はさらに細くなり、木々が夕暮れの光を遮っていく。


やがて短く答えた。


「一人は逃げた」


その一言だけでも十分に重かった。


だが、葉山はそこで言葉を止めない。


「一人は病院送りになった」


車内の空気がさらに張りつめる。


「……最後の一人は、消えた」


誰もすぐには言葉を返せなかった。


美玲が小さく息をのみ、小夜は思わず膝の上で手を握り締める。


「消えたって……どういうことですか」


恐る恐る尋ねる小夜に、葉山は首を横へ振った。


「分からん」


それだけだった。


生きているのか。


死んだのか。


どこへ行ったのか。


何一つ語られないまま、その話は終わる。


説明されないことが、かえって三人の不安を膨らませた。


月奈は窓の外へ目を向ける。


流れていく木々の向こうに、暮れかけた空が細く見えていた。


(だから私たちなんだ……)


事故の炎を押さえ込んだ力。


突然現れた、あの奇妙な魔導AI。


あれは偶然ではなかったのかもしれない。


小夜もまた、無意識に自分の両腕へ視線を落とす。


格闘技など習ったこともない自分が、男たちを倒した光景は今でも現実味がなかった。


美玲も膝の上へ置いた手を見つめる。


あの二振りの剣の感触は、まだ手のひらに残っている気がした。


三人とも理由は違う。


だが、自分たちが呼ばれた理由だけは、少しずつ理解し始めていた。


葉山の話を聞く限り、この先に待っている仕事が危険であることは疑いようがない。


それでも、「降ろしてください」と口にする者はいなかった。


今さら引き返したところで、元の生活へ戻れる保証など誰にもない。


それぞれが抱えた事情が、その一言を飲み込ませていた。


やがて車は山道を抜け、ひっそりと佇む古びた寺の前で静かに速度を落とした。


境内は深い木立に囲まれ、苔むした山門が夕陽を受けて鈍く浮かび上がっている。


人の気配はない。


エンジンが止まると、あたりは虫の声だけが響く静寂に包まれる。


沈黙が車内に満ちると、三人は顔を見合わせ、小さく息をのんだ。


葉山は振り返り、落ち着いた口調で言う。


「着いたぞ」


それだけ告げるとドアを開ける。


三人が外へ足を踏み出すと、夕暮れの冷たい空気が頬をなでる。


寂れた寺を見上げ、それぞれ胸の内に渦巻く不安を押し込めるように、小さく息を吸った。


この先で何を見て、何を求められるのかは分からない。それでも三人は、それを確かめるために一歩を踏み出した。

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