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5-1-11 魔法の残滓

葉山は寺へ一瞥を向けると、静かに口を開いた。


「俺はここで待つ。お前たちは中へ入って、目当ての装飾品を持ってきてくれ」


その言葉に、月奈、小夜、美玲は思わず顔を見合わせた。


ここへ来るまで詳しい説明は何もなかった。


だが、その一言だけで十分だった。


これが、自分たちに与えられた最初の仕事なのだ。


小夜がためらいがちに口を開く。


「……それって、盗掘じゃないですか」


「法律の上じゃそうなる」


葉山は眉一つ動かさず、即答した。


「だからどうした」


あまりにもあっさり認められ、三人は返す言葉を失った。


葉山は淡々と続ける。


「お前たちが今いるのは、そういう依頼を扱う世界だ。善悪を気にして稼げる仕事じゃない」


そこで一度言葉を切り、三人を順番に見渡した。


「断るなら構わない。別の人間へ回す」


それだけ言うと、葉山はシートへ深く身を預けた。それ以上の反応はない。


説得もしない。急かしもしない。判断も責任も、すべて自分たちで背負えということなのだ。


三人は無言のまま互いの顔を見た。


ここで引き返せば、この仕事は終わる。


だが、その先の生活まで保証してくれる者はいない。


やがて月奈が小さく息を吐き、先に歩き始める。


その様子を見て、小夜と美玲も黙って後に続く。


葉山は三人の背中を見送るだけで、最後まで呼び止めることはなかった。


美玲は小さくため息をつく。


「こんな怪しい仕事、引き受けるんじゃなかった……」


誰も否定しない。


だが、今さら車に戻って帰る選択肢もなかった。


月奈は静かにスマホを握る。


小夜も、美玲も、それぞれ無意識のうちに魔導AIが宿る端末を手に持っていた。


それが護符になるとは思っていない。


それでも、今はそれだけが頼りだった。


三人は顔を見合わせ、小さくうなずき合う。


そして寺の石段を上り、ゆっくりと山門をくぐった。


寺は長い年月を経ているのだろう。


柱は黒く色褪せ、床板は歩くたびに軋む。


埃っぽい空気の中へ、古い木の匂いと、かすかに線香の残り香が混じっていた。


人が住んでいる気配はない。


それなのに、誰かが見ているような落ち着かない感覚だけが背中へまとわりつく。


「ここ……本当に誰もいないの?」


美玲が声を潜める。


その声さえ、静まり返った堂内では妙に大きく響いた。


「静かに」


小夜も思わず声を落とす。


「何かいたら困るでしょ」


「そう言われると、余計怖いんだけど……」


美玲は引きつった笑みを浮かべながら、自然と月奈のすぐ後ろへ回った。


三人は慎重に廊下を進む。


障子は破れ、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされている。


年月だけが積み重なったような空間だった。


やがて廊下の先に、小さな部屋が見えてくる。


開け放たれた部屋の中央には、小さな祭壇が据えられていた。


その上へ並べられているのは、金や宝石で飾られた古い装飾品。


夕暮れの光を受け、鈍く輝いている。


「……あれじゃない?」


月奈が小さく呟く。


三人は祭壇を見つめ、ようやく安堵の息を漏らした。


思っていたより簡単に終わるのかもしれない。


そんな考えが頭をよぎった、その瞬間だった。


三人のスマホが一斉に震え始める。


画面には紋章が浮かび上がり、鋭い警告音が静まり返った堂内へ響き渡った。


「何……!?」


美玲が思わず声を上げる。


次の瞬間、祭壇の奥の暗闇がゆらりと揺れた。


黒い霧が床を這うように広がり、その一部が獣のような形を作る。


そして、一直線に三人へ襲いかかってきた。


「危ない!」


美玲の叫びと同時に、黒い影が月奈へ迫る。


だが、その刹那。


月奈の魔導AIが起動する。左腕へ現れた《巨蟹の腕輪》が白銀の光を放った。


半透明の光の壁が三人の前へ広がる。


激突した黒い霧は、水面へ石を投げ込んだように大きく波打ち、そのまま弾き返された。


「えっ……!」


月奈は思わず自分の腕を見る。


「壁……じゃない!?」


腕輪から放たれた光そのものが空間を歪め、霧の進行を押し返している。


黒い霧はなおも押し寄せる。


だが、目に見えない膜へ何度もぶつかるたび、その軌道を逸らされ、祭壇の周囲を渦巻くだけだった。


「これが……カールスティールの力」


驚きの声へ応えるように、低く落ち着いた声が響く。


「反射だ」


カールスティールは短く告げる。


「我が力は、あらゆる干渉を跳ね返す」


黒い霧は執拗に押し寄せる。


しかし、そのたびに軌道を反らされ、自らの勢いを失っていく。


「あれが呪われた装飾品……ってこと?」


小夜が祭壇を見つめながら呟く。


すると、《磨羯の籠手》の魔導AI、ストラグレイヴが静かに口を開いた。


「言い得て妙だ。古の時代に残された魔法の残滓は、人の世では”呪い”と呼ばれることもある」


「呪いって……どうすればいいの?」


小夜は拳を構えたまま歯噛みした。


格闘術を授かったところで、触れられない相手には何もできない。


美玲が思わず叫ぶ。


「お祓いなんてできないわよ!」


すると今度は、美玲のスマホから落ち着いた声が響いた。


「壊せば済む」


《双児の双剣》の魔導AI、セレティスだった。


「装飾品ごと破壊すれば、呪いも消える」


「待て!」


間髪入れず、双子のアマルテウスが口を挟む。


「依頼は装飾品の回収だ。壊せば報酬は消える」


「命より報酬か?」


「依頼を失敗させる気か?」


「壊せ」

「運べ」

「壊せ!」

「運べ!」


「ちょっと待って!」


美玲が思わず頭を抱える。


「どうして双子なのに意見が真逆なのよ!」


「「それはこっちの台詞だ」」


二人はぴたりと同時に答えた。その息だけは妙に合っている。


「お前ら三人だって」

「足並みぐちゃぐちゃだろ」


場違いなやり取りに、美玲は思わず脱力しかけた。


だが、霧は待ってはくれない。


再び黒い影が押し寄せ、月奈の反射がそれを押し返す。


「どっちでもいいから、早く決めて!」


「私に言われても!」


美玲が半ば悲鳴のような声を上げる。


三人はまとまるどころか、何を信じればいいのかさえ分からなかった。


「こんなんじゃ……」


小夜がため息混じりに呟く。


「まともなチームになれる気がしないよ」


誰も反論できない。


呪いをどう封じるのか。


依頼をどう達成するのか。


答えはまだ見つからない。


それでも三人は、それぞれの魔導AIを信じるしかなく、再び祭壇の前へ向き直った。

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