5-1-8 美玲2
美玲は、相変わらずホストクラブへ通い続けている。
だが、紹介バイトで借金は少しずつ返済できるようになったものの、以前のようには稼げなくなっていることを肌で感じ始めていた。
SNSを開いても、見込み客からの反応は鈍い。
ようやく興味を示した相手も、気づけば別のホストクラブへ流れてしまうことが増えていた。
「また取られた……」
画面を見つめ、美玲は小さく舌打ちする。
最近はライバル店のアカウントが目立つようになり、自分が目を付けていた相手へ次々と接触しているようだった。
「なんであたしが見つけた子ばっかり狙うのよ……」
もちろん偶然なのかもしれない。
それでも、美玲には自分の獲物を横取りされているようにしか思えなかった。
そんなある日。
何気なくSNSのタイムラインを眺めていた美玲は、一つのアカウントへ目を留めた。
「……え?」
思わず画面を見返す。
名前は少し違う。
だが、投稿の文面も、客との距離の詰め方も、信用させる流れも、どこか見覚えがあった。
「あいつ……?」
それは、かつて自分をホストクラブへ誘った紹介者と、よく似たアカウントだった。
違っていたのは一つだけ。
今その人物が勧めているのは、自分が通う店ではなく、別のホストクラブだった。
「……は?」
美玲の胸に、言いようのない怒りが込み上げる。
あいつのせいで、自分はここまで落ちた。
それなのに本人は、何事もなかったように別の店へ客を送り込み、また誰かを同じ沼へ引きずり込もうとしている。
「何それ……」
胸の奥がざわついた。
「ふざけんじゃないわよ。人をハマらせといて、自分だけ次の店?」
だが、その苛立ちはすぐ苦いものへ変わった。
紹介料が高ければ、自分だって同じことをするかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、余計に腹が立つ。
「……話くらい聞いてやろうじゃない」
美玲は二台のスマートフォンを机へ並べた。
片方は普段使っているもの。もう片方は紹介用のアカウントを管理している端末だ。
「今度は逆ね」
小さく笑い、美玲は新しいアカウントを作り始めた。
ホストクラブへ興味はある。でも少し怖い。
そんな、ごく普通の女性を演じる。
『素敵なお店なんですね。でも少し不安です……』
『興味はあるんですけど、騙されたりしませんか?』
相手はすぐに返信してきた。
警戒心を解くように優しく言葉を重ね、少しずつ距離を縮めてくる。
美玲は内心でほくそ笑んだ。
(その手には乗らないわよ)
どれも、自分が何度も使ってきた手口だった。
だから相手の考えも読める。
会話を続けるうちに、自然な流れで会う約束が決まった。
『詳しくお話しします』
送られてきた待ち合わせ場所を見て、美玲は満足そうに頷く。
「……これで正体が分かる」
問い詰めてやる。
どうして店を乗り換えたのか。
どういうつもりで客を集めているのか。
それだけ聞ければ十分だった。
自分も似たようなことをしているという事実には、あえて目を向けない。
その日、美玲は約束の場所へ向かった。
待ち合わせ場所は繁華街から少し外れた、人通りの少ない裏通りだった。
指定された時間に着いても、周囲にはそれらしい女性の姿はない。
「……あれ?」
違和感を覚えた、その時だった。
「おい」
低い声が背後から飛ぶ。
振り向くと、数人の男が路地の入り口を塞ぐように現れた。
誰一人笑っていない。
そのうちの一人が、刃物を指先で弄びながら口元を歪める。
「ようやく尻尾を掴んだ」
美玲の背筋が凍った。
会う約束をした紹介者の姿は、どこにもない。
代わりに現れたのは、この男たちだった。
その瞬間、美玲は悟る。
自分は相手を探っているつもりだった。
だが、本当に探られていたのは、自分の方だったのだ。
「な、何の話ですか……!」
必死に平静を装うが、声は震え、足も思うように動かない。
男は鼻で笑った。
「うちの客を横取りして、他所へ流してたそうじゃねぇか」
その言葉を聞いた瞬間、美玲は息を呑んだ。
──そういうことだったのか。
あの紹介者は、一人で動いていたわけではない。
店の裏には、それを管理する危険な連中がいて、自分はその縄張りへ自ら踏み込んでしまったのだ。
「全部調べはついてる」
その言葉に、美玲の恐怖は一瞬だけ怒りへ変わった。
「はあ!? あたしの客を横取りしたのは、そっちじゃない!」
思わず言い返した、その瞬間だった。
男の顔から笑みが消える。
「……あ」
美玲は青ざめた。
まずい。完全に怒らせた。
「……今、何て言った?」
空気が張り詰める。
「もう一回言ってみろ」
男はゆっくり歩み寄る。
「俺たちが横取りした、だと?」
後ろの男たちも表情を険しくし、一斉に距離を詰め始めた。
「ずいぶん威勢がいいじゃねぇか」
「こっちは穏便に済ませるつもりだったのによ」
吐き捨てるような声だった。
男たちはゆっくりと距離を詰めてくる。
逃げようにも、背後は袋小路だった。
そう悟った瞬間、美玲の背中を冷たい汗が伝った。
男の一人が刃物をちらつかせる。
「商売の邪魔をした落とし前は、つけてもらう」
美玲は思わず後ずさる。
足がもつれ、壁へ背中を打ちつけた。
(やばい……)
本当にまずい。
今まで感じたことのない恐怖だった。
その時だった。
ポケットの中で、二台のスマホが同時に震え始める。
短く、鋭く。
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