5-1-7 美玲1
美玲は、ホストクラブへ通う日々を送っていた。
もともと派手な暮らしが好きだったわけではない。
だが、一人のホストと出会ってから、生活は坂道を転げ落ちるように変わっていった。
巧みな話術。
甘い言葉。
そして、「美玲ちゃんだけは特別だから」という、耳触りのいい囁き。
最初は半信半疑だった。
それでも店へ通うたびに財布の紐は緩み、ブランド品を売り払い、貯金を切り崩し、それでも足りなくなると消費者金融へ手を伸ばした。
冷静に考えれば、自分でも何をやっているのか分からない。
それでも店へ行けば、推しは笑って迎えてくれる。
その笑顔を見るたびに、「今月だけ」と決めたはずの財布は、また軽くなっていった。
借金は膨らみ、返済日は容赦なく迫る。
(でも、やめられない……!)
そんなある日、店のスタッフが何気ない調子で声をかけてきた。
「友達を紹介してくれたら、紹介料を出すよ」
「紹介料?」
「一人来るたびに数万円。頑張れば結構稼げるよ」
その言葉に、美玲の目の色が変わった。
(それ、めちゃくちゃいいじゃん)
借金も返せる。
推しにも会える。
こんな都合のいい話を断る理由はない。
「やる!」
返事は驚くほど早かった。
その日のうちに、美玲はSNSでターゲット探しを始める。
ホストクラブへ興味がありそうな投稿を見つけては、「一度だけでもどうですか?」と片っ端からメッセージを送っていく。
だが、現実はそう甘くない。
『怪しくない?』
『勧誘ですか?』
『ごめんなさい』
既読すら付かないことも珍しくなかった。
「えぇ……なんで?」
スマホを見つめながら、美玲は首を傾げる。
自分なら、ちょっと興味があれば一度くらい行く。だから相手も同じだと思っていた。
だが、人は見ず知らずの相手を簡単には信用しない。
数日続けても成果はゼロ。
紹介料も当然入らない。
「これじゃ全然ダメじゃん……」
ソファへ寝転び、二台並べたスマートフォンをぼんやり眺める。
その時だった。
「あ」
美玲は身を起こした。
二台あるなら、一人で二人を演じればいい。
一台ではホストクラブを絶賛する客。
もう一台では半信半疑の客。
『この店、本当に楽しかった!』
『そんなの宣伝じゃないの?』
『あたしも最初は疑ってたけど、一回行ったらハマっちゃった』
『えー、ちょっと気になるかも』
自分で会話を作り、自分で盛り上げる。
傍から見れば、ごく普通の利用者同士のやり取りにしか見えない。
「これ、結構いいんじゃない?」
試しに続けてみると、ほどなくして一人の女性から連絡が届いた。
『一回だけ行ってみようかな』
思わずガッツポーズが出る。
「よし、釣れた!」
数日後、その女性が来店したという連絡とともに、紹介料が振り込まれた。
画面に表示された金額を見て、美玲は思わず笑みを浮かべる。
「こんな簡単でいいんだ」
それからは同じ手口を何度も繰り返した。
一人紹介するたびに、また数万円。
スマホを操作しているだけで報酬が振り込まれてくる。
「これ、あたしに向いてるかも」
借金返済の目処も立ち始め、美玲はすっかり上機嫌だった。
この一人二役の手口は、予想以上の成果を上げた。
紹介した客が来店するたびに報酬が振り込まれ、借金は少しずつ減っていく。
返済に追われるだけだった生活に、ようやく余裕が生まれ始めていた。
「これなら、まだ推しに会いに行ける」
そう思うと、自然と頬が緩む。
店へ顔を出す回数も以前と変わらない。
推しのホストは相変わらず甘い言葉をかけてくれる。
「さすが俺のNo.1だな」
その一言だけで、これまでの苦労が報われたような気がした。
紹介料が入る。店へ通う。また紹介料を稼ぐ。
いつしか、その繰り返しが美玲の日常になっていた。
紹介した相手の中には、何度も店へ通うようになった人もいた。
『また来ちゃいました!』
『担当さんが本当に優しくて』
そんな投稿を見かけるたび、美玲は少しだけ複雑な気持ちになる。
この人も、自分と同じ道を歩き始めたのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
だが、それもほんの一瞬だった。
「まあ、あたしが無理やり連れて行ったわけじゃないし」
行くかどうかを決めたのは本人だ。
自分はきっかけを作っただけ。
そう考えれば、気持ちは少し楽になる。
紹介料は毎月の返済額を上回るようになり、生活は目に見えて安定し始めた。
「この調子、この調子」
スマートフォンへ振り込み通知が届くたび、美玲は満足そうに頷く。
以前なら返済に消えていた金も、少しずつ自由に使えるようになってきた。
もちろん、その使い道は決まっている。
「今日も会いに行こっと」
財布を手に取り、美玲は迷うことなく家を出た。
借金を返すために始めたはずなのに、気づけばまた店へ通う資金を稼ぐために紹介を続けている。
どこかおかしい。
そんな自覚はあった。
それでも、その循環から抜け出そうとは思わなかった。
ある日、紹介した女性の一人がSNSへ写真を投稿していた。
嬉しそうな笑顔。
高そうなシャンパン。
隣には担当ホスト。
その光景を見て、美玲は苦笑する。
「……分かる分かる」
ほんの数か月前まで、自分も同じような写真を載せていた。
だからこそ、止めようとは思わない。
止められるとも思わない。
「好きで行くんだから、自己責任だよね」
そう呟いて、画面を閉じる。
だが、その言葉は誰かに向けたものではなく、自分自身へ言い聞かせるためのものだった。
それでも紹介をやめる気にはなれない。
紹介すれば金になる。
金があれば推しに会える。
それだけで十分だった。
美玲はまだ知らない。
自分が器用に立ち回っているつもりで、その実、もっと大きな流れへ巻き込まれ始めていることを。
そして、運命を大きく変える《双児の双剣》との出会いが、すぐ目の前まで迫っていることを。
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