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5-3-27 開かずのトランク

月奈たちが業者倉庫へ到着した時、そこにはすでに異様な空気が漂っていた。


運び込まれたトランクを前に、バイトリーダーが床へ工具を叩きつけている。


「なんでだ……! どうやっても開かねぇ!」


その足元には、無残に壊れた工具がいくつも転がっていた。


「鍵を壊しても駄目だ。こじ開けようとしても、傷一つつかねぇんだぞ」


普段は自信ありげに指示を出していた男の姿からは、すでに余裕が消えていた。


「本当に?」


月奈は眉をひそめ、近くに置かれたトランクへ手を伸ばした。


鍵を確認する。


力を込めて回してみる。


しかし、結果は同じだった。


鍵は微動だにせず、表面には傷一つ残らない。


「何これ……普通のトランクじゃないの?」


美玲も興味半分、不安半分といった表情でトランクを調べる。


「訳わかんないんだけど……」


バイトリーダーが別の部屋へ向かった直後、小夜のスマホから声が響いた。


「解析結果を報告する」


魔導AIストラグレイブだった。


「これは単純な物理的ロックではない。基礎制御魔法が施されている可能性が高い」


「……基礎制御魔法?」


小夜が聞き返す。


「魔法を構成する根幹技術の一つだ。対象を細部まで制御するための魔法体系だ」


「魔法って、そんな細かいことまでできるの?」


美玲が驚いたように口を挟む。


しかし、ストラグレイブは淡々と続けた。


「さらに論理魔法の構造も確認できる。単純な封印ではなく、条件付きの制御処理が組み込まれている」


「どういうこと? もう少し簡単に言ってよ」


「特定の条件を満たすまで、解除されない仕組みということだ」


小夜はトランクを見つめた。


「つまり……鍵が壊れてるんじゃなくて、最初から開かないように作られてるってこと?」


「その認識で正しい」


ストラグレイブが一拍置く。


「そして問題は、それ一つだけではないことだ」


「……どういう意味?」


「この魔法は、周囲に存在する同種の対象にも影響を及ぼしている」


「影響って……何?」


月奈が眉をひそめる。


「一つの対象に適用された制御状態が、同じ条件を持つ別の対象へ反映されている」


「それって……」


美玲が不安げにトランクへ視線を落とした。


「感染みたいなもの?」


「表現としては近い。ただし、これは広がったのではない」


ストラグレイブの声が淡々と響く。


「最初から、すべてが同じ状態に書き換えられたように見える」


その言葉に、月奈はゆっくりと周囲を見渡した。


倉庫に並べられた無数のトランク。


つい先ほどまで、自分たちが何も疑わず運んできたもの。


もしストラグレイブの言う通りなら──。


これら全てが、すでに開かない。


月奈は確かめるように、一番近くのトランクへ手を伸ばした。


鍵を回す。


動かない。


別のトランクを試す。


結果は同じだった。


さらにもう一つ。


もう一つ。


どれも、まるで最初から開くことなど許されていなかったかのように沈黙している。


「……全部、開かない」


「嘘でしょ……」


美玲の表情から、いつもの軽さが消えた。


「私たちが運んできた分……全部?」


「そうみたい」


月奈は答えながら、無意識に自分の運んだトランクを見つめる。


「どうして……こんなことに……?」


「相手は高度な魔法制御技術を持っている」


ストラグレイブの声は冷静だった。


「高度って……それ、本当に人間がやったの?」


小夜の問いに、しばらく間が空く。


「断定はできない。ただ、これほど精密に基礎制御魔法を扱える存在は限られている」


月奈は唇を噛んだ。


「でも、どうするの? これじゃ納品できないじゃない!」


倉庫の奥では、バイトリーダーが店員へ詰め寄っていた。


「俺たちは荷物を納品したんだぞ! 早く金を払え!」


しかし、店員は冷静なままだった。


「納品されたことは確認しています。ただし、中身を確認できない以上、支払いはできません」


「何だと!?」


「商品を受け取った証明ができない以上、当然の対応です」


正論を突きつけられ、バイトリーダーは拳を握りしめる。


一瞬、怒鳴り返そうとしたが、店員の冷たい視線に気圧され、それ以上は何も言えなかった。


月奈はその様子を見ながら、小夜へ小声で告げる。


「これ……残りの荷物も危ない」


「残り?」


「私たちが運んだのは全部じゃない。物流センターには、まだ残りがある」


小夜の表情が変わる。


「まさか……」


「同じことが起きるかもしれない」


「でも、今から戻ってどうするの?」


月奈は答えに詰まる。


解除方法も分からない。


相手の正体も分からない。


それでも、放置するという選択肢だけはなかった。


美玲がストラグレイブへ尋ねる。


「何とかできないの?」


「現時点で解除方法は確認できない。この魔法構造は高度だ」


「そんな……」


月奈は拳を握り締める。


そして数秒考えた後、決断した。


「戻るしかない」


「え?」


「物流センターへ戻る。残りの荷物を確認する」


「でも──」


「考えるのはその後!」


月奈は倉庫の出口へ駆け出した。


小夜と美玲も慌てて後を追う。


残された倉庫には、開くことのないトランクだけが並んでいた。


ブクマで小桜たちの応援をお願いします!

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