5-3-24 過去予測魔法1
智絵里の魔導AIアルシディアが映し出した予知映像には、一人の男性が映っていた。
大型トランクを引きながら、周囲を警戒する様子もなく歩いている。その動きには迷いがなく、荷物の扱いにも慣れが感じられた。
しかし、小桜は映像を数秒見ただけで、別の部分に注目していた。
「……この人、運び役ね」
「分かるの?」
智絵里が驚いたように尋ねる。
小桜は画面を拡大しながら頷いた。
「手慣れた感じだけど、プロフェッショナルってわけじゃないわね。慎重さが足りないし、行動に回帰性がある」
智絵里は思わず笑った。
「また始まった。小桜って時々、先生でも使わないような言葉を普通に言うよね」
「そう?」
「うん。勉強家なのは知ってるけど、たまについていけない」
小桜は少し視線を逸らし、照れたように笑った。
「回帰性っていうのは、同じ行動パターンを繰り返す性質のこと。移動経路や時間帯に一定の傾向が出ている。犯罪者なら本来は避けるべき特徴だけど、この人はそこまで意識していないみたい」
映像の中の男性を指差した。
「手慣れてはいるけど、プロフェッショナルってほどじゃないわね。慎重さも足りないし、自分を隠そうという意識も薄い。経験者ではあるけど、責任ある立場でもないわ」
智絵里は映像を見つめながら、ふと思いついたように言った。
「それって……つまり、バイトリーダーくらい?」
小桜は一瞬だけ吹き出しそうになる。
「絶妙な例えね……まぁ、そんな感じ」
すぐに表情を引き締めると、続けた。
「でも、そこが重要なの。この『バイトリーダー』を追えば、その上にある流通拠点まで辿れる可能性がある」
智絵里は目を丸くした。
「え、ちょっと待って……未来の人間を追いかけるの? どうやって?」
小桜は意味ありげに笑う。
「そこで今回の作戦よ」
小桜の作戦は、智絵里のアルシディアが持つ未来予知能力と、グラビティウムの魔法制御技術を組み合わせたものだった。
「アルシディアが映せる未来は、数分先まで。でも、それは逆に言えば、その数分間の未来情報を利用できるということよ」
小桜は智絵里のスマホの画面に表示された予知映像を示す。
「まず、グラビティウムの力で、数分前の『バイトリーダー』の状態を魔法的な残像──シャドウとして再現する」
画面の中で黒猫を模したエンブレムが静かに輝く。
『未来の行動結果と、現在生成したシャドウの動きを比較する。そこから誤差を修正すれば、次に生成するシャドウはより正確な過去の状態へ近づく』
グラビティウムの声が響いた。
智絵里は少し考え込むように映像を見つめた。
「つまり……未来予知を使って、過去を掘り返すってこと?」
「その通り」
小桜は頷いた。
「アルシディアが見せる未来の情報を手掛かりにして、少しずつ前の状態を再現していくの」
智絵里は首を傾げながらも、何となく理解したように頷く。
「未来を使って過去を見るなんて、不思議な感じ……」
「まあ、普通に考えたら変な話よね」
小桜は楽しそうに笑った。
「でも、魔法とAIを組み合わせれば可能性はある」
「本当にそんなことできるの?」
「やってみないと分からない。でも、理論的には可能なはず」
小桜はそう言うと、準備を始めた。
グラビティウムとアルシディアを魔力経路で接続し、さらに現代AIの計算処理を補助として組み込む。
魔法だけでは膨大な比較処理に耐えられない。
しかし、魔法と現代技術を組み合わせれば──。
「最初のシャドウを生成するわ」
小桜が魔力を流す。
すると、二人の前の空間がわずかに揺らいだ。
次の瞬間、淡い光の粒子が集まり、一つの影が形を成していく。
現れたのは、先ほど映像で見た『バイトリーダー』の姿だった。
歩き方、姿勢、荷物の持ち方まで、細かな癖が再現されている。その姿は、まるで本人が数分前の状態でそこに戻ってきたかのようだった。
「見てて」
小桜が言う。
「このシャドウは、元来た道を逆に辿る」
一歩、また一歩。
誰かが時間のネジを静かに巻き戻しているかのように。
言葉を失う智絵里の目の前を、シャドウはゆっくりと後ろ向きのまま歩き始めた。
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