5-3-22 怪しい物資
「配送のバイトなのに、運転免許がいらないってどういうこと?」
月奈は、本部のオペレーターから仕事内容の説明を受けた際、思わず眉をひそめた。
配送という言葉から、当然のように車を使う仕事を想像していた。しかし、指定された内容には車両の運転どころか、免許に関する条件すら一切含まれていない。
「まあ、免許持ってないあんたたちには都合がいいんじゃない?」
美玲が肩をすくめる。
小夜も画面越しに資料を確認しながら、淡々と口を開いた。
「どっちにしても、金になるならいいじゃない」
二人の反応は軽かったが、月奈の中にはわずかな違和感が残っていた。
しかし、今の自分たちに仕事を選ぶ余裕などない。
月奈は釈然としないまま、指示された現場へ向かうことにした。
—-
現場は、都心から少し離れた場所にある小さな物流センターだった。
周囲には似たような倉庫や配送施設が並んでおり、外から見れば特別変わったところはない。
だが、月奈は建物へ入った瞬間、少しだけ違和感を覚えた。
配送拠点という割には、車両への積み込み作業をする様子がほとんどない。
その代わり、倉庫内には大量の段ボール箱が積み上げられていた。
その中には、明らかに他とは違う雰囲気を持つ箱も混ざっている。
包装は丁寧で、箱自体にも妙な高級感があった。
「これって……偽物なのかな?」
月奈が小声で呟く。
すると、美玲が近くの箱を開け、中身を確認した。
そこから現れたのは、有名ブランドのロゴが入ったバッグや財布だった。
「普通に売れば三十万くらいするんじゃない?」
ブランド品に詳しい美玲は、半ば興味深そうに商品を眺める。
実際、タグに記された価格も、それに近い金額だった。
「三十万……」
小夜が数字を見ながら呟く。
「仕入れ値は三万くらいらしいぜ」
近くにいたバイトリーダーらしき男が、面白そうに口を挟んだ。
「三万!? そんなに安く作れるの?」
小夜が思わず聞き返す。
男は鼻で笑った。
「作るっていうか、偽造品だからな。正規品みたいなコストはかからない。これを定価の半額くらいで売れば、十分利益になる」
小夜は箱の中身を見ながら、計算するように目を細めた。
「利益率だけ見れば、確かにすごい商売ね」
美玲も頷く。
「ブランド好きな人なら、安く買えるなら飛びつくかもね」
二人の反応を見ながら、月奈は少し複雑な気持ちになった。
(バッグ一つに何十万円も払うなんて……)
そんな金額を出す人間を騙すことに、以前なら覚えていたはずの違和感が一瞬だけ胸をよぎる。
けれど、危険な仕事を経験してきた自分たちにとって、この程度の運搬作業はあまりにも現実味のない犯罪に思えた。
月奈は、そんな考えが自然と浮かんだことに少し驚いた。
いつの間にか、悪いことかどうかよりも、危険かどうかで判断するようになっていたのだ。
バイトリーダーは、積み上げられた偽造ブランド品を指差した。
「これを旅行トランクに詰め替える」
港からそのまま運び出せば足がつきやすい。
だから、一度人の手に分散させ、普通の荷物に見せかけて運ぶのだという。
「トランク一つに十個前後入る。それぞれ二往復で頼む」
月奈たちを含め、作業員は五人。
全員に大型の旅行トランクが渡された。
リーダーは効率よく詰める方法を説明したが、月奈たちは特に苦労することなく作業をこなした。
もともと三人とも体力には自信がある。
危険な仕事を経験してきたこともあり、単純な荷物運び程度なら問題にならなかった。
しかし、その慣れが逆に恐ろしくもあった。
「それと……」
リーダーが声を落とす。
「この商売は警察に目をつけられやすい」
三人の手が一瞬止まる。
「もし職務質問でもされそうになったら、証拠隠滅を優先しろ」
リーダーは淡々と続けた。
「トランクごと捨ててもいい」
一拍置いて。
「場合によっては、燃やしてもいい」
その言葉に、月奈たちは一瞬だけ顔を強張らせた。
だが、誰も口には出さなかった。
少しでも動揺を見せれば、周囲に怪しまれる。
月奈は何とか表情を保ち、静かに頷いた。
—-
偽造ブランド品を詰めたトランクを引きながら、月奈たちは物流センターを後にした。
三人はそれぞれ別のルートで、指定された卸業者へ向かう。
「時間は空けて、バラバラに出発しろ。それと、俺と同じ道は使うなよ」
そう指示を残し、最初にバイトリーダーが出発した。
「電車で運ぶなんて、バイトじゃなかったら絶対やりたくないわ」
美玲が苦笑する。
「でも、普通の旅行客に見えるなら、意外と怪しまれないかもね」
小夜は周囲を確認しながら冷静に答えた。
月奈は無言でトランクを引きながら歩き続ける。
もちろん、不安がないわけではなかった。
もし警察に見つかったら、ただでは済まない。
それは分かっている。
けれど、少し前までなら迷わず断っていたはずの仕事を、今の自分は当たり前のように受け入れている。
そのことに気づいた瞬間、月奈はわずかに眉をひそめた。
「……慣れって怖いな」
小さく呟いた声は、雑踏の中へ消えていった。
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