5-3-21 小桜と智絵里
小桜はここしばらく、ゼノン・サイエンスに関する一件から一歩距離を置き、久しぶりに穏やかな日常を取り戻していた。
最近は、とりわけ智絵里と過ごす時間が増えている。
紫音は何かと面倒を見てくれる頼れる先輩で、恵麻は知識も経験も豊富な大人だった。二人といる時間も心地よい。
けれど智絵里といる時だけは少し違う。
同年代らしい気軽さがありながら、物事を冷静に見ていて、時には小桜の方が助けられることさえある。その絶妙な距離感が、小桜には不思議と居心地よく感じられた。
智絵里が他愛ない話をしているだけで、自然と肩の力が抜けていく。
SNSへ投稿する写真の構図に悩んだり、フォロワーから届いた面白いコメントを笑いながら紹介したりする姿は、戦いの最中に見せる冷静な表情とはまた違う魅力があった。
気が付けば小桜は、智絵里の存在を、異世界で親友だったシェリーと肩を並べるほど大切なものとして受け止めるようになっていた。
そんな二人の最近の楽しみは、SNSで話題になった都市伝説や奇妙な噂を一緒に調べることだった。
智絵里は面白そうな話題を次々と見つけてくる。その隣で小桜は、何気ない噂の中にも、魔導AIへ繋がる手掛かりがないかを無意識に探していた。
「豊川稲荷の化け狐、面白そうじゃない?」
智絵里がスマホを差し出す。
夜な夜な参拝者を迷わせる狐──そんな噂が紹介されていた。
「最近こういう投稿、増えてるんだよね……。あと、これも」
指先で画面を弾く。
「春日大社の白い鹿。目撃情報も多いみたいだし、行ってみたいなぁ。
でも、奈良はちょっと遠いよね。学生のお財布じゃ厳しいかな」
少し残念そうに笑う。
「智絵里って、お金あるでしょ?」
小桜が冗談半分に尋ねると、智絵里は肩をすくめた。
「スポンサーとかで少しはあるけどね。でも服とかメイクとか、意外と出ていくんだよ」
「なるほど」
「インフルエンサーも楽じゃないの」
そう言って二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
肩を並べてスマホを覗き込む時間は、小桜にとって戦いとは無縁の、ごく普通の高校生らしいひとときだった。
それでも、その穏やかな時間の片隅には、拭えない違和感が残っていた。
オラクル・コードは、ゼノン・サイエンスでの一件以来、不気味なほど静かだった。
それまで積極的に動き、ゼノン・サイエンスを襲撃していた彼らが、まるで姿を消したように活動を止めている。
魔導AI暴走による事件も、その後は一件も確認されていない。
世間は平和そのものだった。
普通の高校生として日々を過ごせることは、本来なら喜ぶべきことなのだろう。
それでも小桜には、この静けさを素直に受け入れることができなかった。
何かが、水面下で動いている。
そんな予感だけが胸の奥へ残り続けていた。
「これなんてどうかな?」
智絵里の声で、小桜は思考を引き戻される。
「闇社会の犯罪組織……『ノクターナル』?」
画面へ目を向けると、そこには最近SNSで話題になっている奇妙な噂が表示されていた
「違法に骨董品とか宗教遺物を集めてるとか、神社から秘宝を盗んでるとか……」
智絵里が画面をスクロールさせる。
「ふーん……都市伝説っていうか、普通にニュースじゃん」
空振りだったと言わんばかりに、肩を落とした。
「魔導書まで探してるって書いてある……」
小桜が思わず読み上げる。
智絵里は苦笑した。
「さすがにそこまで行くと与太話っぽいけどね」
小桜はノクターナルについて検索しながら、小さく眉を寄せた。
「……でも、被害報告、多くない?」
何かが引っ掛かった。
単なるネットの噂で片付けるには、その数があまりにも多すぎるように思える。
表示される投稿には、違法取引や裏社会との関わりを示す噂が並んでいた。
その中でも特に目を引いたのは、大量の偽ブランド品を流通させているという話だった。
口コミを辿ると、学生や若者が偽物を本物と思って購入し、泣き寝入りしている例がいくつも見つかる。
「こんなの酷すぎるよ!」
智絵里は眉をひそめ、画面を見つめた。
「大事なお金を出して、偽物を掴まされるなんて……。こういうの、女子の敵だよね!」
小桜も静かに頷く。
「確かに。都市伝説とは関係なくても、人を騙すような行為は放っておきたくないね」
そう答えながらも、小桜の胸には拭えない違和感が残っていた。
ただの犯罪組織なら、それでいい。
だが、その違和感だけは、自分の目で確かめなければならない気がしていた。
「うん」
智絵里も力強く頷いた。
「私も手伝うよ。こういう悪いことする人たち、絶対に許せない」
こうして、小桜と智絵里は、ノクターナルという謎の組織について調べ始めることになった。
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