5-3-18 京都駅の別れ
京都駅の改札口は、観光客や通勤客で賑わっていた。
土産袋を提げた旅行客と足早に改札を抜ける通勤客が交錯する中、聖奈たちが出発の準備をしていると、昂弥が人混みの向こうから姿を現した。
「……わざわざ来なくてもよかったのに」
聖奈がやや呆れたように言うと、昂弥は肩をすくめる。
「世話になった礼くらいはさせてくれ」
その一言に、杏子は少しだけ笑みを浮かべた。
(律儀なやつ……)
昂弥の顔を見て、小さく肩の力を抜く。
「あんたたちもこれから大変ね」
「まぁな。総本宮は全焼したが、再建に向けて皆で頑張ってる」
昂弥は遠くを見るような目で答えた。その眼差しは焼け跡ではなく、その先にある再建の日々を見据えているようだった。
彼は少し躊躇いながら愛蓮へ視線を向ける。
「それに、彼女の提案でクラウドファンディングを使って広く寄付を募ることにしたんだ」
「えっ?」
驚いたように聖奈が愛蓮を見る。
愛蓮は少し照れくさそうに、それでも誇らしげな笑みを浮かべた。
「……今はこういう方法もあるんです。昔ながらの寄進だけじゃなくて、広く支援を募った方が効率的でしょう?」
「なるほど」
聖奈は感心したように頷いた。
引きこもっていた頃の愛蓮を知る彼女にとって、自分の考えを堂々と人へ伝え、それが組織を支える力になっていることを、改めて実感する瞬間だった。
昂弥は軽く鼻を鳴らすように笑う。
続けて何かを言いかけて、結局飲み込んだ。
「……それにしても、すぐに出発するなんて慌ただしいな」
「急がないとまた先を越されるから」
聖奈は真剣な目で答えた。
「未来を破滅から救うための力、まだ一つも手に入れてないですから」
愛蓮も一歩前へ出て言葉を継ぐ。
「未来とは……また大きな目標だな」
昂弥は目を丸くし、少し呆れたように呟いた。
その表情には驚きと、それ以上に素直な感心が浮かんでいた。
やがて彼は決意を固めたように懐から桐の箱を取り出した。
ほんの短い逡巡。
そして静かに決意を固めると、《焔鼠の札》が納められたそれを杏子へ差し出す。
「これを」
杏子は箱を受け取りながら、訝しげに彼を見る。
「どういう風の吹き回し?」
「お前たちに手を貸したいんだよ」
昂弥の声には一切の迷いがなかった。
「愛宕神社には《明鏡止水の札》がある。だから、これはお前たちに譲る。……悪いことには使わないだろう?」
「信じてくれるのね」
杏子が少し笑って言うと、昂弥は短く答えた。
「まあな」
ぶっきらぼうな返事だった。
それでも、その一言だけで十分だった。
聖奈が一歩前へ出て昂弥に頭を下げる。
「ありがとう。大事に使うね」
「頼んだぞ」
昂弥はその言葉だけを残し、聖奈たちを見送るように背筋を伸ばえた。
新幹線のアナウンスがホームに響き渡る。
旅立ちの時間が近づいていた。
聖奈たちは改札を通り、ホームへの階段を上がる。
その背中を、昂弥はじっと見つめていた。
「……気をつけてな」
小さく漏れたその声は、人混みのざわめきへ静かに溶けていく。
ホームへ立った聖奈たちは、新幹線が近づく音を聞きながら何度も後ろを振り返った。
改札の向こうに立つ昂弥の姿は人波の中で少しずつ小さくなっていく。
それでも最後まで、その視線だけは変わらず彼女たちを見送っていた。
列車が到着し、扉が開く。
彼女たちが乗り込むと、すぐに発車のベルが鳴った。
ゆっくりと動き始めた車両の窓越しに、聖奈はそっと昂弥へ手を振る。
昂弥も小さく手を上げる。
列車がホームを離れ、その姿が見えなくなるまで、彼はその場に立ち続けていた。
車窓に映る京都の街並みが少しずつ遠ざかっていく。
だが、この街で得た思いと信頼は確かに、彼女たちの胸へ刻まれていた。
新しい旅路に向けて、聖奈は静かに目を閉じる。
新幹線は新たな決意を乗せて、次の目的地へ向かって走り出した。
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