5-3-14 火神乱舞:フェーズ2
炎に包まれた愛宕神社の境内で、杏子は絶えず戦場全体へ視線を巡らせていた。
聖奈が正面で攻撃を引きつけ、その隙に愛蓮は避難誘導を続けている。昂弥の操る焔鼠の札は境内を囲む結界となり、炎が山へ広がるのを辛うじて食い止めていた。
だが、その中心ではなおも火神ヒノカグツチが暴れ続けている。
剣を振るうたびに炎は境内を薙ぎ払い、石畳さえ赤く焼き焦がしていく。
その咆哮に滲むのは敵意だけではない。
何かを叩きつけるような激情が、炎をさらに荒れ狂わせているかに見えた。
(怒り……なの?)
杏子は昂弥へ声を掛ける。
「昂弥、焔鼠の札をもっとヒノカグツチの周囲に配置できない?」
昂弥は札を操る手を止めることなく答えた。
「札の数は十分あるんだが、これ以上は俺が制御しきれないかもしれない」
杏子は肩をすくめる。
「案外だらしないわね。陰陽師のくせに」
「手厳しいな、まったく。俺の未熟さを詫びるしかない」
苦笑しながらも、昂弥はすぐに術式を書き換え始める。
杏子は境内を見渡した。
「避難も順調だし、延焼も防げているわ。この結界を徐々に狭めて、ヒノカグツチを包囲する方向に切り替えましょう」
「なるほど」
昂弥が祝詞を唱え直す。
境内各所へ散っていた焔鼠の札が赤い光を帯びながらゆっくり位置を変え、火神を中心とした輪を描くように移動し始めた。
杏子は炎の向こうへ叫ぶ。
「聖奈!」
「なに!」
炎を切り裂きながら応じる聖奈へ、杏子は短く告げる。
「陽動は終わりよ! 今度は足止めして!」
「簡単に言うけど、どうすればいいのよ!」
その瞬間、スマホからブラゼリオンの落ち着いた声が響いた。
「私が補佐する。お前は攻撃に集中しろ」
「……了解!」
聖奈は大きく踏み込む。
獅子の剣が炎を切り裂き、続けざまに斬撃を放つ。
動きを封じるために腕と足を狙い、振り下ろされる剣を逸らす。
一太刀ごとに火神の動きへ僅かな遅れが生まれ、その隙に焔鼠の札がさらに内側へ滑り込んでいく。
しかし、ヒノカグツチはなお止まらない。
喉の奥から獣のような咆哮を響かせると、自らの胸を掻きむしるように炎を噴き上げ、その爆炎で包囲を押し返そうとした。
まるで燃え盛る力を、自分自身でも抑え切れないかのようだった。
「押される……!」
昂弥は歯を食いしばる。
札が激しく震え、結界が軋む。
「踏ん張れ……!」
祝詞を重ねるたび、火伏せの結界は再び形を保ち、じりじりと炎を囲い込んでいく。
その直後だった。
「聖奈、避けろ!」
ブラゼリオンの警告が響く。
聖奈が身を翻した刹那、巨大な炎剣が地面を叩き割った。
石畳が赤熱し、爆ぜた火柱が天へ噴き上がる。
その一瞬だけ、火神の胸元が大きく開いた。
杏子は静かに神代の鞘へ手を添える。
「今!」
白く澄んだ冷気が剣身を覆い、灼熱の空気の中に一筋の静寂を生み出した。
「力を借りるわよ──コノハナサクヤ」
神代の鞘から《獅子の剣》を一気に抜き放つ。
「スカーレット・ストライク!」
居合い抜きの軌跡をなぞるように放たれた冷気の斬撃が、一直線に炎を切り裂く。
氷刃はヒノカグツチの胸を深々と薙ぎ、裂け目から白い冷気が一気に広がった。
炎が鈍る。
境内を覆っていた熱気さえ、一瞬だけ後退した。
「効いてる……!」
確かな手応えに杏子は目を細める。
だが、次の瞬間だった。
ヒノカグツチは苦悶の咆哮を上げながら胸を押さえ、その表情は苦しみよりも、さらに深い怒りへと歪んでいく。
炎は勢いを失うどころか、傷口から噴き上がるように激しさを増した。
まるで、怒りの火に油を注いだかのようだった。
「結構自信あったんだけどな……」
杏子は剣を構えたまま、小さく息を吐く。
ブラゼリオンが静かに告げる。
「英雄ミーナの奥義だ。私が教えたのは型だけだが、それだけでこの域まで届く者はそういない。……見事だった」
杏子は肩をすくめる。
「……でも、これじゃ逆効果ね」
小さく笑うと、剣を神代の鞘へ納めた。
火神はまだ怒りの炎を燃やし続けている。
しかし、その暴走は先ほどまでとはどこか違っていた。
「やり方を変える──フェーズ3に移りましょう」
燃え盛る炎の向こうで、なおもヒノカグツチは怒りの咆哮を上げている。
杏子はその姿を真っ直ぐ見据え、静かに言い放った。
「いい加減、決着をつけるわよ!」
その一言に、聖奈と昂弥も頷く。
聖奈は改めて《獅子の剣》を握り直し、昂弥は焔鼠の札へ意識を集中させる。それぞれが次に果たすべき役割を胸に刻みながら、視線を火神へ向けた。
ヒノカグツチとの戦いは、いよいよ最終局面へと差しかかろうとしていた。
ブクマで聖奈たちの応援をお願いします!




