5-3-13 火神乱舞:フェーズ1
火神ヒノカグツチが現れた愛宕神社の境内は、すでに恐怖と混乱に包まれていた。
赤黒い炎は社殿を舐めるように燃え広がり、逃げ遅れた神職たちがあちこちで悲鳴を上げている。立ち上る熱気だけで視界は揺らぎ、このまま放置すれば神社だけでなく、山全体へ延焼しかねない勢いだった。
杏子は燃え広がる炎を見渡し、小さく息を吐く。
「このままじゃ神社が焼け落ちるだけじゃない、周りにも被害が広がるわ」
隣で昂弥も険しい表情のまま頷く。
杏子はすぐに彼へ視線を向けた。
「《焔鼠の札》って火伏せの力でしょう?」
「ああ」
「なら、火を操るだけじゃなくて封じ込めることもできる?」
昂弥は目を瞬かせた。
そんな使い方は考えたこともない。
「ものは試しだな……やってみよう」
蓋を開いた瞬間、《焔鼠の札》が淡く輝きながら宙へ舞い上がった。
幾十枚もの札は意思を持つように四方へ飛び散り、境内を取り囲むように配置されていく。
杏子は思わず口元を緩めた。
「やるじゃない」
肩を軽く叩かれた昂弥は照れる暇もなく印を結ぶ。
その横で聖奈が一歩前へ出た。
「私は?」
杏子は即座に答える。
「あんたが前衛よ。火神の注意を全部引き受ける」
「……つまり囮?」
わずかに顔を引きつらせる聖奈へ、杏子は真っ直ぐ言葉を返した。
「囮なんかじゃない。一番重要な役目よ」
一瞬、避難誘導を続ける愛蓮へ視線を向ける。
「《白羊の盾》でも神の炎を正面から受けるのは無理。愛蓮には荷が重すぎる。前に立てるのはあんたしかいない」
そして少しだけ声を落とす。
「だから──死なないで、聖奈」
聖奈は無意識にスマホを握り締めた。
一番危険なのは、自分だ。
それでも、自分が立ち続けてる限り、杏子も昂弥も全力で戦える。
だったら、引き受けるしかない。
ゆっくりと息を吸い、胸の奥の震えを押さえ込む。
「……わかった」
その返事には、もう迷いはなかった。
高くスマホを掲げる。
「ブラゼリオン!」
光が収束し、聖奈の手に《獅子の剣》が再び顕現する。
先ほど呪符によって封じられた剣とは違う。
魔導AIが新たに構築した一振りが、その手へ迷いなく収まった。
「行くよ!」
杏子の声と同時に、三人が一斉に動き出す。
聖奈は一直線にヒノカグツチへ駆けた。
火神は咆哮とともに炎を噴き出す。
だが、獅子の剣は炎を恐れない。
振り抜かれた一閃が火流を真っ二つに裂き、灼熱の中へ一本の道を切り開く。
少年の姿をした火神が初めて目を見開いた。
その視線が、完全に聖奈へ向く。
「ほら、こっちよ!」
聖奈はさらに踏み込み、炎を受け流しながら挑発を続ける。
炎は彼女へ集中し始めた。
その瞬間を昂弥は逃さなかった。
地面へ膝をつき、印を結ぶ。
「我、焔鼠の守護に命じ、火を封じる結界を成せ!」
祝詞が響く。
境内を囲む札が一斉に赤く発光し、それぞれを結ぶように透明な壁が立ち上がった。
熱だけを内側へ閉じ込める巨大な結界。
吹き荒れる炎は外へ漏れ出せず、神社の外縁でぴたりと押し留められる。
昂弥は額に汗を滲ませながら歯を食いしばった。
「できた……!」
しかしすぐ表情を引き締める。
「長くは保たない! あの炎をまともに受ければ結界ごと吹き飛ぶ!」
その頃には杏子も詠唱を終えていた。
両手をゆっくり広げる。
周囲の風が音もなく流れを変え始めた。
「風は火を煽るだけじゃない」
指先が静かに動く。
境内を吹き抜ける風が渦を描き、暴れ回る炎を包み込む。
さらに空気中の水分を集め、水魔法を重ねる。
冷たい湿気を帯びた風が火勢を削り、暴走する炎をその場へ押し留めていく。
「制御すれば、火を縛る檻にもなるのよ」
ヒノカグツチの炎はなお猛威を振るっている。
それでも先ほどまでの勢いは明らかに失われていた。
杏子は火神から目を離さず叫ぶ。
「聖奈、今よ!」
「了解!」
聖奈は炎を裂きながらさらに距離を詰める。
獅子の剣が振るわれるたび、灼熱の世界へ清浄な空間が切り開かれていく。
前衛。
結界。
戦場制御。
三人の役割は、噛み合い始めていた。
昂弥は結界を維持しながら息を吐く。
「もう少し火神の力を抑えられれば……!」
杏子は火神の動きを冷静に見据え、小さく口元を上げた。
「十分ね」
神代の鞘を握る手に力がこもる。
「そろそろフェーズ2と行こうかしら」
火神攻略、その第一段階は、確かな手応えを残したまま次の局面へ移ろうとしていた。
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