5-3-8 杏子と昂弥1
燃え上がる五芒星の結界の中、聖奈は迷いを振り切るように叫んだ。
「行くよ、ブラゼリオン!」
手の中に顕現した《獅子の剣》が赤く輝き、その刃へ炎の魔力が宿っていく。
「これで切り開く!」
勢いよく踏み込んだ、その瞬間だった。
「無駄だ」
昂弥の姿が視界から消える。
次の瞬間には懐へ入り込み、一枚の札が剣身へと貼り付いていた。
「──急急如律令」
札が淡く輝く。
すると、獅子の剣を包んでいた炎が、まるで命を奪われるように急速に色を失っていった。
「なっ……!」
聖奈は剣を振り上げる。
だが先ほどまで軽やかだった刃は、本物の鉄のような重さを帯び、思うように動かない。
昂弥は静かに口元を歪めた。
「その剣に宿る炎はもう死んだ。ただの鉄の塊でどう戦うつもりだ?」
その間にも、愛蓮はスマホを握り締める。
「護って、カルタリス!」
《白羊の盾》が展開し、白い障壁が彼女を包み込む。
炎は防げる。
だが、五芒星を描くワイヤーまでは断ち切れない。
「これじゃあ動けない……!」
打開策が見つからず、愛蓮は悔しそうに唇を噛んだ。
一方、杏子は鋼と向き合っていた。
大斧が唸りを上げ、狭められた足場へ次々と叩き込まれる。
「逃げ場はないぞ!」
背後には炎。
左右にも十分な間合いはない。
鋼は獲物を追い詰めたと確信し、大斧を大きく振りかぶった。
「その小さな剣で、この大斧を防ぐつもりか?」
その一撃を前にしても、杏子は表情を変えない。
むしろ、小さく肩をすくめてため息をついた。
「まったく、あなたたちは本当に分かってないわね」
鋼の動きがわずかに止まる。
「何?」
杏子は静かに剣を持ち直した。
「私は剣士でも陰陽師でもないのよ。そこのスマホを使ってる二人とも違う」
視線だけが昂弥たちへ向く。
「正真正銘、本物の魔法使いなの」
その言葉に、昂弥と霞は眉をひそめる。
意味を測りかねる二人の耳へ、低く威厳ある声が響いた。
「彼らは火の扱い方がなってないな、杏子」
本物の《獅子の剣》だった。
杏子は小さく笑う。
「確かにね」
次の瞬間。
剣が一閃する。
五芒星を走っていた炎が、音もなく剣へ吸い寄せられていく。
燃え盛っていた結界は、一瞬にして色を失った。
炎は消えたのではない。
すべて、《獅子の剣》へと帰っていった。
「火の魔法って、こう使うのよ」
静かな一言とともに、剣から膨大な炎の魔力が解き放たれる。
その熱量は、不燃素材で編まれたはずのワイヤーさえ耐えられない。
赤熱したワイヤーは音を立てて焼き切れ、五芒星の結界が崩れ落ちた。
「これが本物の魔法……?」
自由になった愛蓮は、思わず息を呑む。
昂弥も霞も、目の前で起きた現象を理解できず言葉を失っていた。
杏子は鋼へゆっくりと剣先を向ける。
その瞬間、大斧の刃が赤く染まり始めた。
「なっ……!」
鋼が慌てて手を放した直後、灼けた刃は音を立てて溶け落ちる。
杏子は淡々と問いかけた。
「さて、次はどうする?」
鋼は思わず後ずさる。
霞の表情からも余裕が消えていた。
だが、昂弥だけはすぐに息を整え、鋭く叫ぶ。
「まだ終わりじゃない!」
懐から《焔鼠の札》を抜き放ち、一気に杏子との間合いを詰める。
「やる気だけは十分ね」
鋼とは違い、昂弥の踏み込みは鋭い。
杏子の剣を紙一重でかわえ、すれ違いざまに札を肩へ貼り付ける。
「──急急如律令!」
札が燃え上がった。
轟音とともに炎柱が立ち昇り、杏子の姿を飲み込む。
「さすがに神の炎には敵わないだろう」
昂弥は静かに言い放つ。
炎の壁に遮られ、聖奈と愛蓮が叫ぶ。
「杏子!」
「杏子さん!」
昂弥は炎を見据えたまま告げる。
「魔法使いだろうと、神の前ではただの人間だ」
そのときだった。
炎の奥から、小さな笑い声が聞こえる。
「……これが神の力?」
炎の中で、その声だけがはっきりと響いた。
「少し期待してたけど、正直がっかりだわ。もっと驚かせてくれるかと思ったのに」
ゆっくりと炎が割れる。
現れた杏子は、傷一つ負っていなかった。
全身を包む炎は敵意を失い、彼女の周囲を従うように揺らめいている。
手にした《獅子の剣》は、先ほどよりもなお赤く、力強く輝いていた。
杏子は静かに剣先を昂弥へ向ける。
「さあ、もう一度試してみる?」
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