5-3-7 五芒星の罠
日が西へ傾き始めた愛宕山の登山道を、聖奈たちは足早に進んでいた。
急勾配の山道はなお険しかったが、やがて一般参拝道と合流する。すれ違うのは麓へ向かう参拝客ばかりで、夕暮れが近づいていることを嫌でも実感させられた。
「なんだか、もう誰も登ってこない感じですね……」
愛蓮が不安そうに周囲を見回す。
杏子は苦笑しながら肩をすくめた。
「普通の参拝なら、こんな時間から登らないわよ。こっちは特別任務なんだから」
その言葉に聖奈も思わず苦笑する。
やがて木立の向こうに、黒ずんだ鳥居が姿を現した。
長い歳月を刻んだ石段には苔が張り付き、その奥には夕暮れの光を浴びた古社が静かに佇んでいる。
「着いた……!」
張り詰めていた緊張が少しだけほどける。
だが、その安堵は長く続かなかった。
石段の途中に、一人の青年が腰を下ろしていたのである。
「……誰かいる?」
聖奈が足を止め、小さく呟く。
青年は狩衣姿だった。
現代ではまず見かけない古風な装束を違和感なくまとい、その佇まいには神社の景色そのものに溶け込むような静けさがある。
三人の気配に気づくと、青年はゆっくり立ち上がった。
「どなたですか?」
聖奈が声を掛ける。
青年は石段を一段降り、静かな眼差しで三人を見据えた。
「俺の名は白石昂弥。この神社の守り人だ」
その一言に、三人は思わず顔を見合わせる。
冗談を口にしている空気ではない。
むしろ、それを当然の事実として告げる揺るぎない自負が、その声音には宿っていた。
聖奈は気を取り直し、丁寧に頭を下げる。
「すみません。私たちは神社にお参りに来ただけなんです。通していただけませんか?」
昂弥は表情一つ変えなかった。
「参拝者以外を通すわけにはいかない。この神社は神聖な場所だ。怪しい者にはここで引き返してもらう」
杏子が一歩前へ出る。
「怪しいって、私たちは神様に会いに来たんだから、立派な参拝者でしょう?」
昂弥の視線が鋭くなる。
「戯言を」
その声には、先ほどまでの静けさはなかった。
「お前たちの狙いは神代の遺物だろう。それを奪うために来た。違うか」
そして一歩踏み出し、言い放つ。
「そっちこそ、“尾飾り”を返してもらおう」
突然飛び出した名に、愛蓮が思わず息を呑む。
「尾飾り? それは……」
口を開きかけた愛蓮の前へ、杏子がさりげなく手を伸ばした。
「ああ、あれのこと」
何事もなかったように首を傾げる。
「確かアンティークショップで買ったものよ。何か問題でも?」
昂弥の眉がぴくりと動いた。
「売り物なわけがない。あれは愛知の神庭家に代々伝わる神宝だ」
杏子は表情を変えないまま思考を巡らせる。
尾飾り。
愛知。
神庭家。
その断片だけで十分だった。
尾飾りという名から連想される獣。そして愛知で古くから信仰を集める動物といえば──
「あなたも“狐”とお知り合い?」
探るように問いかける。
昂弥の空気が、わずかに変わった。
杏子はその反応を見逃さない。
「なるほどね」
薄く笑う。
「狐の子だからって、そんなに熱くなってるのね」
その瞬間だった。
昂弥の瞳に怒気が宿る。
「お前は……!」
安倍晴明が妖狐の血を引くという伝承は広く知られている。
そして白石家は、その系譜を受け継ぐ家。
杏子の一言は、昂弥だけでなく、白石家そのものを嘲る言葉として突き刺さった。
「お前たちが何者であれ、先祖への冒涜は許さん」
怒声が山中に響く。
「霞、展開しろ!」
その声と同時に、周囲の空気が張り詰めた。
いつの間にか張り巡らされていた細いワイヤーが夕日に鈍く光り、複雑な軌跡を描いて交差していく。
やがてそれは、美しい五芒星を形作った。
「これが狙いですか……!」
愛蓮が息を呑む。
次の瞬間、昂弥が札を掲げる。
「火徳をもって道を閉ざせ──急急如律令!」
炎が走った。
五芒星をなぞるように燃え広がった火は、一瞬で三人の間へ炎の壁を築き上げる。
聖奈、愛蓮、杏子。
三人はそれぞれ別々の区画へと分断された。
「神の遺物を持つに相応しくない者へ、それを渡すわけにはいかない」
昂弥の冷たい声が炎越しに響く。
聖奈は炎壁を見据え、唇を噛んだ。
「どうする? ここを突破しないと」
杏子は揺らめく炎を静かに見つめる。
やがて口元に笑みを浮かべた。
「面白いじゃない」
その瞳には挑む者の光が宿っていた。
「だったら、その『遺物』ってやつを手に入れて、誰が相応しいか教えてあげるわ」
昂弥もまた、不敵に笑う。
「どれだけ足掻こうと無駄だ。お前たちは、すでに術中にはまっている」
霞が静かにワイヤーを操る。
炎はさらに勢いを増し、鋼も大斧を構えて一歩前へ出た。
山頂を朱に染める逢魔時。
魔法使いと陰陽師。
互いに異なる術理を携えた者たちの戦いが、ついに幕を開けようとしていた。
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