5-3-5 挟撃と反撃
霞と鋼に前後を挟まれ、張り詰めた空気が一層重くなる。
鋼は肩に担いでいた大斧をゆっくりと持ち上げた。その巨体からは想像できない踏み込みで、一気に愛蓮との間合いを詰める。
「愛蓮!」
聖奈の叫びが響く。
しかし反応するよりも早く、大斧が唸りを上げて振り下ろされた。
愛蓮は瞬時にスマホを握り締める。
「来て、カルタリス!」
魔導AIが起動すると同時に、目の前へ巨大な盾が顕現した。
鋼の目がわずかに見開かれる。
「何だと……!」
背後の霞も、初めて見る現象に一瞬だけ動きを止めた。
魔力を物理防御へ集中させた重厚なシールドが、大斧の一撃を真正面から受け止める。
凄まじい衝撃が盾全体を震わせ、地面へ鈍い音が響いた。
「くっ……重い……!」
盾は耐えている。
だが、それを支える愛蓮の両足は震え、やがて耐え切れず膝をついた。
疲労が蓄積した身体には、その一撃だけでもあまりにも重かった。
聖奈はすぐに背後へ回り込み、愛蓮の肩を支える。
「大丈夫、私がいる! 持ちこたえて!」
二人で盾を支えることで、どうにか鋼の追撃を押し返す。
その一方で、杏子が二人を援護しようと踏み出した瞬間だった。
霞が静かに腕を払う。
手に巻かれていた細いワイヤーが蛇のように空中を走り、杏子の両腕へ瞬く間に絡みついた。
「しまった……」
背中のバッグへ手を伸ばそうとするが、締め付けられた腕は思うように動かない。
霞は冷え切った声で告げる。
「余計なことはしないで。このまま大人しくしてもらうわ」
腕へ食い込む痛みに眉をひそめながらも、杏子は小さく笑った。
「次は、もっと取り出しやすいバッグが必要……ってところかしら」
鋼は容赦なく斧を振るい続ける。
一撃ごとに盾が軋み、愛蓮の呼吸は荒くなっていく。
「このままじゃ持たない……!」
聖奈は決意を固め、スマホを掲げた。
「ブラゼリオン、お願い!」
赤い光が迸り、彼女の魔導AIが姿を現す。
「富士以来の起動だが、大丈夫か? 英雄ミーナの戦術パターンはインプット済みだ。さあ、行くぞ!」
その言葉とともに、《獅子の剣》が聖奈の手へ顕現する。
柄を握った瞬間、彼女の重心が静かに変わった。
鋼が舌打ちとともに、大斧を振り下ろす。
「ちっ、こいつもか……!」
聖奈は一歩踏み込み、その軌道を最小限の剣さばきで受け流した。
火花が散る。
流れるように鋼の懐へ入り込み、鋭い一閃を浴びせる。
鋼は慌てて身体を引くが、その隙を逃さず二撃、三撃と剣筋が続く。
まるで長年この剣を振るってきた剣士のような動きだった。
「すごい……」
愛蓮は息を呑む。
「これが……ミーナさんの戦い方……!」
鋼は押し返されながらも大斧を横薙ぎに振るう。
だが聖奈は半歩身を引くだけでその刃をかわし、再び間合いへ踏み込む。
攻め続けられるうちに、鋼の呼吸にも次第に乱れが見え始めた。
苛立った鋼が強く地面を踏み鳴らす。
鈍い衝撃が足元を震わせ、周囲の木々がざわめいた。
霞は冷静な声で言う。
「落ち着いて。冷静さを失えば負けるわよ、鋼」
一方、愛蓮は盾を維持したまま荒い息を繰り返していた。立っているだけでも限界が近いことは誰の目にも明らかだった。
その時、杏子が鋭く声を飛ばした。
「聖奈! ワイヤーを切って!」
聖奈は鋼の大斧を受け流しながら、一瞬だけ杏子へ視線を送る。
次の瞬間、獅子の剣が赤く輝き、炎をまとった斬撃が一直線に奔る。
炎刃は寸分違わずワイヤーを断ち切り、杏子を拘束していた力はあっけなく失われた。
自由になった杏子は手首を軽く回し、赤くなった跡を見下ろえてから、小さく息を吐く。
「完全に油断したわね……」
自分自身への反省を淡々と口にすると、すぐにバッグから本物の《獅子の剣》を取り出した。
そして聖奈へ目を向ける。
「礼を言う代わりに一つ忠告しておくわ。あまり炎を乱発すると、山火事になるわよ」
「……うん、気をつける」
聖奈は苦笑しながら頷き、再び剣を構え直した。
今度は杏子も前へ出る。
二人の視線が同時に霞へ向けられた。
「形勢逆転ね」
杏子が挑発するように笑う。
「これ以上やるなら、怪我じゃ済まないわよ」
その声音には強者の余裕があった。
霞は一瞬だけ鋼へ視線を送り、周囲の状況を素早く見回す。
鋼も大斧を構え直したまま舌打ちした。
「ちっ……」
疲弊した盾の少女は、もはや脅威ではない。
だが残る二人は違う。主人から聞かされていた情報にはない力を持ち、しかも底が見えない。
霞は小さく息を吐いた。
「退くわよ、鋼」
「……了解だ」
鋼は大斧を肩へ担ぎ直し、霞とともに一歩ずつ後退する。
互いに隙を見せぬまま距離を取り、やがて二人の姿は木立の奥へ溶けるように消えていった。
聖奈たちは追わなかった。
ようやく張り詰めていた緊張がほどける。
愛蓮はその場へ座り込み、大きく息を吐いた。
「なんとか……助かりました……」
杏子は歩み寄ると、軽く愛蓮の肩を叩く。
「お疲れ様。よく耐えたわね」
続いて聖奈へ視線を向ける。
「聖奈も、良い判断だったわ」
聖奈は獅子の剣を消し、安堵の息を漏らす。
「良かった……みんな無事だね」
三人はしばらくその場で呼吸を整えた。
疲労は色濃く残っていたが、その表情から迷いは消えている。
愛蓮は聖奈に支えられ、聖奈は杏子の背中に安心して前を向く。誰かが前に出れば、誰かが支える。その当たり前の連携が、先ほどの戦いの中で自然と形になっていた。
互いを信じて戦える。
その確かな手応えを胸に、三人は再び歩き出す。
ブクマで聖奈たちの応援をお願いします!




