5-3-3 愛宕山の刺客1
京都駅の喧騒の中、聖奈たちは人波をかき分けるようにバスターミナルへ向かっていた。国内外から集まった観光客が絶え間なく行き交い、構内にはアナウンスと足音が重なり合う。
その雑踏から少し離れた柱の陰では、一組の男女が、彼女たちの姿を静かに見つめていた。
大柄な男が低く落ち着いた声で呟く。
「若い女三人組。特徴も一致しているな」
隣に立つ細身の女は目を細め、聖奈たちへ鋭い視線を向けた。
「ああ、間違いないわ。あの三人、物の怪みたいな存在感を放ってる。あいつらが尾飾りを奪った連中よ」
男は無言で頷き、短く告げる。
「追跡は任せたぞ、霞」
霞は口元をわずかに緩めた。
「了解。あなたは先回りして、鋼」
二人が別れようとした時、霞が思い出したように声をかける。
「昂弥様への報告も忘れないで、鋼」
「承知している、霞」
それだけ言葉を交わすと、鋼は一歩後ろへ下がり、人混みへ溶け込むように姿を消した。
霞もまた、影が形を変えるような自然さで歩き出す。
聖奈たちは、自分たちへ向けられる視線にまるで気づいていない。
だが、その背後では静かに、確実に包囲の網が狭まり始めていた。
—-
愛蓮はスマホを操作しながら、愛宕神社までの経路を調べていた。
「行き方はいくつかありますね」
画面を見せながら説明する。
「一つは近鉄からJRに乗り換えて最寄り駅まで行き、そこから徒歩で神社へ向かうルートです。もう一つは、駅前のバスターミナルからバスに乗って表参道へ入るルートですね」
「どっちも最後は歩くの?」
聖奈が覗き込む。
「はい。どちらも最終的には二時間くらい山道を歩くみたいです」
「表参道って聞くと、そっちの方が歩きやすそうだけど」
聖奈がそう言うと、愛蓮はバスの時刻表へ視線を移した。
「あ……でも、一時間に一本しかありません。それに、ちょうど今出たばかりですね」
「だったら電車で行きましょう」
杏子は待つことなど最初から選択肢にないという口調で言った。
愛蓮は少し考え込む。
「でも電車のルートだと、神社までの道があまり整備されてないかもしれませんよ。杏子さん、車の運転とかは……」
杏子は平然と答える。
「運転免許なんて取ったことはないけど、車ぐらいやろうと思えば動かせるわよ」
そこで少しだけ肩をすくめた。
「ただ、道が吹き飛んで車が残らないかもしれないけどね」
その口調は軽い。
しかし、本人だけは少しも冗談を言っているつもりではなかった。
「それは遠慮したいかな……」
聖奈は苦笑しながら肩を落とす。
「二時間歩くんだし、少しでも早く出発した方がいいんじゃない?」
異論は出ず、一行は電車で向かうことに決まった。
—-
柱の陰からその様子を見届けていた霞は、小さく目を細める。
「バスじゃないのか……」
ほんのわずかに舌打ちする。
だが、すぐに表情を戻した。
「まぁ、想定内」
そう呟くと、彼女もまた人波へ紛れ、三人の後を追い始めた。
—-
近鉄からJRへ乗り継ぎ、聖奈たちは愛宕神社の最寄り駅へ到着した。
駅前には車道が広く伸び、しばらくは歩きやすい舗装路が続いている。
「案外、歩きやすい道じゃない?」
聖奈が前を歩きながら笑う。
「そうね。これなら二時間って言われても何とかなりそう」
杏子も軽い調子で応じた。
だが、その印象は長く続かなかった。
住宅が途切れ、道路は次第に細くなる。
いつの間にか勾配も急になり、前方には長い上り坂が続いていた。
「ここから登山道でしょうか……」
愛蓮が地図と現在地を見比べながら、不安そうに呟く。
「まあ、これくらいなら運動不足の解消にはちょうどいいんじゃない?」
杏子はそう言って先へ進む。
さらに坂を登ると、舗装路はそこで終わっていた。
目の前には木々が生い茂る山道が続き、湿った土の匂いが風に混じる。
鳥のさえずりだけが森に響き、人の気配はほとんどない。
「この道、本当に整備されてるって言えるのかな……」
聖奈が苦笑混じりに漏らした。
「ハイキングだと思えばいいのよ」
杏子は軽口を返すものの、その額には汗が滲み始めている。
山道は思った以上に険しかった。
傾斜は少しずつ急になり、足元には木の根が張り巡らされ、湿った石が滑りやすくなっている。
三人の呼吸も徐々に荒くなっていった。
特に運動習慣のない愛蓮は、次第に歩幅が小さくなり、少しずつ遅れ始める。
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうに息を切らす愛蓮へ、聖奈はすぐ引き返した。
「気にしないで!」
そう言って手を差し伸べる。
「もう少しで次のポイントまで行けるはずだから」
愛蓮はその手を借りながら、小さく頷いた。
「……はい」
それでも山道は容赦なく続いていく。
杏子も黙々と歩いていたが、不意に歩みを止めた。
「妙ね」
「どうしたの?」
聖奈が振り返る。
杏子は周囲をゆっくり見回した。
「歩き始めて二時間近く経つのに、景色が変わらない」
その言葉に聖奈も辺りを見渡す。
言われてみれば、目に映る景色はどこまでも同じだった。
似たような杉林。
似たような曲がり角。
似たような坂道。
どれだけ歩いても、どこか同じ場所を巡っているような違和感がある。
—-
少し離れた木立の陰から、その様子を霞は静かに眺めていた。
口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「もっと迷いなさい……」
誰にも聞こえないほど小さく呟くと、霞は再び木々の間へ身を潜め、静かに次の行動の準備を始めた。
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