5-3-1 京都愛宕神社
全国にある愛宕神社の総本宮──京都・愛宕神社。
その一室には、各地の愛宕神社を預かる神職たちが集まり、宮司を囲んで重苦しい空気の中、顔を揃えていた。
古びた木造の室内には、愛宕山の湿り気を含んだ冷たい空気が漂っている。京都の火を守る者たちの表情には、誰一人として安堵の色はなかった。
「まず、愛知の神庭一族から届いた知らせだが──」
年配の神職が口を開く。
だが、その先を待ちきれなかったように、この場ではまだ若い神職が身を乗り出した。
「『天狐の尾飾り』が消えたという話ですよね? 神庭家の宝物だと言われていますが、盗まれたんでしょうか」
「いや、確かに“消えた”という表現だったな」
別の神職が静かに首を振る。
「盗難の痕跡は一切ない。気づいた時には、いつの間にか姿を消していたそうだ」
その言葉に、年配の神職が苦く眉を寄せる。
「神庭は代々、霊的な守りに長けた一族だ。その目をかいくぐって遺物が失われるなど……常識では考えられん」
「問題はそれだけじゃない」
さらに別の神職が口を開く。
「島根の豪雨災害は覚えているな。現地では“巨大なオロチが川を這っていた”という証言まで出ている」
室内がざわめく。
「オロチだと?」
「出雲神話そのものじゃないか」
「まさか、本当に現れたというのか……」
「『蛇滅の勾玉』が掘り出された件とも無関係ではあるまい」
不安げな声が次々と重なっていく。
「奈良も異変が起きている」
別の神職が資料へ目を落とした。
「『鹿鳴の鈴』を携えた白い神鹿が姿を消した。あれほど頻繁に春日山を歩いていたというのに、ある日を境に全く現れなくなったそうだ」
報告が積み重なるたび、部屋の空気は重く沈んでいく。
「愛知、島根、奈良……」
「どこも神話と深く結び付いた土地ですね」
「偶然で済ませるには出来過ぎている」
「次は京都かもしれん」
誰かが漏らしたその一言に、室内は水を打ったように静まり返った。
やがて宮司がゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、神代の遺物を集めて回る輩がおるという噂も、もはや看過できぬようだ」
低く落ち着いた声が室内へ響く。
その言葉だけで、誰もが事態の深刻さを悟った。
宮司は静かに視線を巡らせ、一人の青年を見据える。
「昂弥」
「はい」
幼さの残る青年が立ち上がる。
白石家の血を引く若き神職。
まだ経験は浅いが、その返事にも立ち居振る舞いにも迷いはなかった。
「『焔鼠の札』を用い、この山へ近づく不審な者を見つけ次第、捕らえよ」
「承知しました」
昂弥は深々と頭を下げる。
その直後だった。
神職たちの間から、小さなざわめきが漏れる。
「白石家に任せるのか……」
「若い力が必要なのは分かる。しかし、あまりにも荷が重い」
「父親の件を忘れたわけではあるまい」
決して隠す気のない囁きだった。
昂弥の耳にも、はっきり届いている。
それでも彼は顔を上げない。
ただ静かに、その言葉を受け止めていた。
「やめぬか」
宮司の一声が響く。
空気が張り詰めた。
「こやつの力は、その父にも引けを取らぬ。いや、だからこそ──あの男が残した過ちを償おうとしておる」
宮司は昂弥を見据えたまま続ける。
「余計な詮索は無用だ」
しかし、それでも一人の神職が小さく漏らした。
「父親のように、またやらかすかもしれん」
次の瞬間。
宮司の鋭い眼光が、その男を射抜いた。
「口を慎め」
静かな声音だった。
だが、その一言だけで部屋は凍り付く。
「白石家が長きにわたり、この愛宕山を守り続けてきたことを忘れたとは言わせぬ」
誰一人、反論する者はいなかった。
昂弥は小さく拳を握る。
だが、すぐに力を抜き、改めて深く一礼した。
「全力を尽くし、任務を果たします」
その真っ直ぐな声を聞き、室内の空気がわずかに変わる。
先ほどまでのざわめきは消え、神職たちは黙って青年を見つめていた。
宮司は静かに頷く。
「行け、昂弥。焔鼠の札は、お前を助けてくれるはずだ」
「はい」
昂弥は一礼すると、静かに議場を後にした。
閉じゆく襖の向こうへ消えていくその背中を、神職たちはそれぞれ異なる思いで見送る。
期待。不安。そして、わずかな疑念。
昂弥は愛宕山の森へ向かう。
焔鼠の札を授かり、この山を守るために。
白石家の名を背負う彼にとって、その任務は決して失敗の許されないものだった。
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