5-2-28 杏子とタケミカヅチ
「再び現れた目的はなんだ!」
タケミカヅチの激しい怒声が森に響き渡る。
その怒りに応えるように、空の彼方で低く雷鳴が転がった。
鋭い視線が聖奈たちを貫き、その威圧感に聖奈は一瞬言葉を詰まらせる。
「未来の戦いのために……」
聖奈は慎重に言葉を選びながら答えた。
「役立つ何かをいただけないかと思いまして」
だが、その言葉を最後まで聞く前に、タケミカヅチは激昂した。
「言語道断だ!」
雷鳴が一段と大きく轟く。
「異世界の武器を持つ者が、神の加護を乞うなど片腹痛い! お前たちのような存在が、この平穏を乱しかねないのだ!」
森の木々が激しく震え、遠くで雷が落ちる音が響いた。
その厳しい言葉に、聖奈は息を呑んだ。
神の威圧に押されながらも、なお言葉を返そうとする。
その肩へ、杏子の手がそっと触れた。
杏子は何も言わない。
ただ聖奈の前へ静かに歩み出る。
「黙って聞いていれば、一方的な決めつけばかりね」
杏子は冷たく吐き捨てる。
「人の話も聞かないで、また神様気取りの偉そうな態度。やっぱりこの世界の神って、こんなのばっかりだわ」
その挑発的な言葉に、タケミカヅチの目が怒りに燃える。
稲妻が空を裂き、白い閃光が木々の隙間を走った。
それでも杏子は、その視線をものともせず続ける。
「それにね、この原始林に満ちている癒しの魔力──これ、あなたのものじゃないわよね?」
杏子はゆっくりと土へ手を触れた。
指先から伝わる気配を確かめるように目を閉じる。
「戦うしか能のない神に、こんなことできるわけがないわ」
その断言に、タケミカヅチは一瞬言葉を失った。
「……何を根拠に言う」
「図星ね」
杏子は土を払って立ち上がる。
「この大地には、まだ豊かな魔力の波動が残っている」
静かに周囲を見渡した。
「これ、《磨羯の籠手》の力かもしれないわね」
「ふむ」
獅子の剣が感心したように低く唸る。
タケミカヅチはすぐには答えなかった。
杏子を見据えたまま、しばらく黙り込む。
その沈黙が、かえって答えになっていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……その通りだ」
どこか観念したように口を開いた。
「この森は、一度焼失しかけた。だが、不思議な籠手を身につけた娘が現れたので、その力を媒介にして森を再生させたのだ」
杏子はその言葉を聞き、納得したように頷いた。
「それが分かれば十分よ。この場所にはもう神代の遺物は無いみたいね」
そう言って踵を返し、森の出口へ向かって歩き出す。
「待て」
タケミカヅチが思わず声をかける。
「もう少し話を聞かせてくれ」
だが杏子は足を止めない。
振り返ることもなく言い放つ。
「これ以上あなたと話す必要はないわ」
聖奈と愛蓮は顔を見合わせると、杏子の後を追って歩き出した。
タケミカヅチの視線を背中に感じながらも、三人はそのまま森を後にする。
一人残されたタケミカヅチは、小さく息を吐きながら岩へ腰を下ろした。
森の奥へ消えていく三人の背中を、しばらく黙って見送る。
「白鹿もいないとなると、話し相手もおらんか……」
誰に聞かせるでもない独り言が、静まり返った原始林へ静かに溶けていった。
—-
春日山の原始林を後にした三人は、木漏れ日の差す遊歩道を歩きながら、次の行き先について話し合っていた。
「また振り出しに戻ったわね」
聖奈がため息交じりに呟く。
「まあ、収穫ゼロってわけでもないけどね」
杏子は軽く肩をすくめた。
すると、愛蓮が少し遠慮がちに口を開く。
「ちょっと良いですか?」
「自分から意見を言うなんて珍しいわね」
杏子が振り返る。
「次の目的地をいくつか考えていたんですけど……」
愛蓮は聖奈の横顔を一瞬だけ見つめ、小さく息を吸った。
「京都には、有名な火除けの神社がありますよね。
火を司る神様として信仰されているそうなので、火属性の獅子の剣と相性が良い遺物が見つかるかもしれないって思うんです」
「それ、良いアイデアだと思う!」
聖奈の表情が明るくなる。
「火除けの神社なら、火にまつわるものがあってもおかしくないよ!」
「確かに」
杏子は感心したように愛蓮を見る。
「あんた、なかなか考えてるじゃない」
しかし、そのまま腕を組み、少しだけ表情を曇らせた。
「でも京都っていうと……」
少し間を置く。
「有象無象がひしめいてるでしょうね。人間も……そうじゃないものも」
「嫌な予感がするとか?」
聖奈が少し不安そうに尋ねる。
杏子は一瞬だけ眉をひそめた。
だが、すぐに口元を緩める。
「まあね。でも、どんな厄介ごとがあるか楽しみでもあるわ」
その笑みに、愛蓮も小さく笑った。
「じゃあ、決まりですね。次は京都で火除けの神社を調べましょう」
三人は歩調を合わせ、新たな目的地へ向かって歩き出した。
木漏れ日が揺れる遊歩道の先には、次なる神域への道が静かに続いていた。
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