表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/66

5-1-5 小夜2

小夜が株式投資を始めたのは、ほんの軽い気持ちだった。


資金洗浄の手続き代行を続けるうちに、送金額をほんのわずかだけ調整し、その差額を自分名義の投資口座へ移すようになっていた。


最初は数千円程度だった。


誰にも気づかれない範囲で資金を積み立て、その中だけで運用する。


父親が投資で全財産を失った日のことは、今でも鮮明に覚えている。


だからこそ、小夜は心に決めていた。


(絶対に同じ失敗はしない)


一攫千金を狙うつもりはない。


企業の業績や市場の動きを調べ、根拠を積み重ねた上で判断する。


利益は小さくても構わない。着実に増やしていけば、それで十分だと思っていた。


その予想は、驚くほどよく当たった。


分析した企業の株価は堅実に値を上げ、投資額は少しずつ増えていく。


利益が出るたびに嬉しかった。


それ以上に、自分の分析が間違っていなかったことが何よりの自信になった。


(やっぱり、この考え方で合ってる)


一度そう思い始めると、次の投資も、その次の投資も、自分の判断を信じるようになる。


利益が積み重なるにつれ、投資額も少しずつ大きくなっていった。


やがて、小夜は値動きの大きな銘柄にも手を伸ばすようになる。


急騰の兆しを見つければ迷わず買い、材料が尽きる前に売り抜ける。手元の資金が足りなくなると、送金額をさらにわずかだけ調整して補填した。


最初は罪悪感に胸が痛んだ。


だが、「次で利益を出して戻せばいい」と考えるようになってからは、その葛藤も少しずつ薄れていく。


気づけば、小夜の生活は株価を中心に回るようになっていた。朝は市場が開く前にニュースを確認し、昼は値動きを追い、夜は決算資料や経済指標に目を通す。


眠る直前までチャートを眺める日も珍しくない。勝てば安堵し、下がれば落ち着かない。


いつしか株価の上下が、そのまま自分の感情を左右するようになっていた。


そんなある日の夕方だった。


机の上に置いてあったスマホが静かに鳴る。


画面に表示された名前を見て、小夜は思わず目を見開いた。


父。


久しく連絡を取っていなかった父親からの着信だった。


「もしもし?」


電話に出ると、聞こえてきた声は以前よりもずっと弱々しかった。


「小夜……頼む。お金を返してくれ……」


その一言に、小夜は眉をひそめる。


「どういうこと? お金を返せって……」


問い返した、その瞬間だった。


受話器の向こうで何かがぶつかる音が響き、父の声が途切れる。


代わって聞こえてきたのは、低く押し殺した男の声だった。


「掠め取った金を、今すぐ全額返してもらおうか」


小夜は頭の中が真っ白になった。


なぜ知っている。


誰が話した。


「……何の話ですか」


とっさにそう答えていた。


「とぼけるな」


男は鼻で笑う。


「送金額を少しずつ減らして、自分の口座へ流してたよな」


背筋が凍った。


「あの金は組織の金だ。勝手に手を付けていい金じゃねえ。返さねえと、お前の両親に何が起きるか分からんぞ」


父と母が危ない。


その事実だけが、小夜の胸を強く締めつけた。


「そんな……お金は……」


喉が渇き、声にならない。


資金はほとんど株へ回してしまっている。


すぐに現金を用意できる額ではない。


それでも、両親を見捨てるという選択肢はなかった。


「……分かりました。今から行きます」


震える声でそう答えると、小夜は通話を切った。


机の上には、開いたままの株価チャートが映し出されている。


その画面を見つめることもなく、小夜は最低限の荷物だけを鞄へ詰め込み、実家へ向かった。


—-


夜の静寂に包まれた実家は、どこか重苦しい空気に支配されていた。


玄関へ駆けつけた小夜は、扉を開けた瞬間に違和感を覚える。


靴が無造作に散らばり、室内はひどく荒れていた。


嫌な予感が胸をよぎる。


「お父さん……!」


居間へ飛び込むと、父は部屋の隅へ座らされていた。


額には傷があり、頬も赤く腫れている。


それでも小夜の姿を見ると、小さく安堵したように目を細めた。


しかし、その前には数人の大柄な男たちが立ちはだかっていた。


母の姿は見えない。


逃げられたのか、それとも別の部屋にいるのか。


やがて、一人の男がゆっくりと歩み出る。


「ようやく来たな」


男は小夜を値踏みするように眺め、不敵な笑みを浮かべた。


「大事な金を返してもらおうか」


小夜は唇を強く噛み締める。


「……今は、用意できません」


株へ回した資金は、すぐに現金化できる状態ではない。


(そんなこと正直に言えるわけがない!)


男は鼻で笑った。


「用意できない?」


一歩。


また一歩。


男が距離を詰めるたび、小夜は思わず後ずさる。


しかし、男の向こうには父がいる。


逃げることもできない。


「だったら、どうやって責任を取る?」


低い声が胸の奥まで響いた。


喉が渇く。


息が浅くなる。


心臓だけが、耳の奥でうるさいほど鳴り続けていた。


何か言わなければ。


そう思うのに、言葉が出てこない。


男がゆっくりと腕を伸ばす。


その手が自分へ届く。


そう思った瞬間、全身が恐怖で強張り、一歩も動けなくなった。


その時だった。


ポケットの中で、スマホが激しく震えた。

ブクマで月奈たちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ