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5-1-4 小夜1

小夜さよは、誰もが羨む私立大学に通っていた。


学費は決して安くなかったが、両親は長年の蓄えに加え、投資で得た利益を充てることで学費を賄っていた。その生活は決して贅沢ではないものの、将来への不安を感じることもなく、小夜は都心での学生生活を送っていた。


しかし、大学二年生の冬、その日常は突然終わりを迎える。


「ごめんな、小夜……。大学は辞めてもらうしかないんだ」


父の声は、ひどく力がなかった。


投資していた資産が破綻し、積み重ねてきた蓄えはほとんど失われたという。生活を立て直すだけで精一杯となり、学費を払い続ける余裕はもう残されていなかった。


小夜は唇を噛み締めた。


まだ将来の夢さえ明確には描けていない。ここで学ぶことを諦めるなど考えたこともなかったが、現実は彼女の思いを受け入れてはくれない。


やがて退学届を提出し、住み慣れた学生寮も引き払うことになった。


「一度、実家へ戻ってこい」


両親はそう勧めた。


それでも、小夜は首を横に振った。


都心で暮らした日々は、彼女にとって単なる学生生活ではない。自分の力で生きていく未来へ向けた第一歩だった。その場所を簡単に手放したくはなかった。


「どうにかして、一人でやっていかなくちゃ」


退学後は派遣の仕事やアルバイトを掛け持ちした。


だが、家賃に生活費、交通費を払い続けるだけで精一杯だった。働けば働くほど生活は維持できるものの、少しでも体調を崩せば立ち行かなくなる。そんな綱渡りの毎日が続いていた。


ある日、仕事を探していた小夜は、バイト情報サイトで一件の募集広告に目を留める。


『初心者歓迎!在宅で月二十万円以上可能!手続き代行スタッフ募集』


仕事内容は簡単な事務作業だけ。


特別な資格も経験も必要ないという。


都心で暮らし続けるには、魅力的すぎる条件だった。


違和感がなかったわけではない。


それでも、生活は待ってくれない。


小夜は応募フォームを開き、氏名や住所、本人確認書類など必要事項を入力して送信した。


翌日には採用の連絡が届く。


電話口に出たのは若い女性だった。


「ご応募ありがとうございます。これからお仕事で使う銀行口座をいくつか開設していただきます。難しい手続きではありませんので、ご安心ください」


落ち着いた話し方に、小夜の緊張は少し和らいだ。


「口座を開設した後は、入金を確認して指定された海外口座へ送金していただくだけです。海外法人との取引になりますので、この手順になっています」


説明は終始丁寧で、不自然さは感じられない。


むしろ拍子抜けするほど簡単な仕事内容だった。


(こんな仕事で、本当に月二十万円も……?)


半信半疑のままではあったが、期待の方が大きかった。


仕事初日、小夜は指示どおり複数の銀行口座を開設した。


本人名義の口座がいくつも並ぶことに多少の違和感は覚えたものの、「業務上必要になります」という担当者の説明に納得し、そのまま手続きを終える。


数日後、キャッシュカードや通帳が手元へ届くと、担当者から改めて業務の説明が送られてきた。


仕事は拍子抜けするほど単純だった。


毎朝メールで送られてくる指示書を確認し、入金された金額を指定された海外口座へ送金する。


それだけだった。


仕事は拍子抜けするほど単純だった。


毎朝メールで送られてくる指示書を確認し、入金された金額を指定された海外口座へ送金する。それだけで仕事は終わる。


振り込まれる金額は数万円で済む日もあれば、数十万円に及ぶこともあった。


初めて高額の入金を目にしたとき、小夜は思わず息を呑んだ。


(こんな大金、どういう仕事で動いているんだろう……)


画面に表示された金額を見つめながら考える。


しかし、その疑問を担当者へ尋ねる勇気はなかった。


深入りしない方がいい。


そんな直感だけは、日に日に強くなっていく。


それでも仕事は滞りなく続き、小夜も少しずつ作業に慣れていった。


そんなある日だった。


送金を終えた直後、小夜は振込履歴を見返していて、小さく息を止めた。


「……えっ」


為替レートの更新時刻を勘違いし、本来送るべき金額より二万円ほど少なく送金してしまっていた。


慌てて指示書を見返し、計算し直す。


何度確認しても結果は変わらない。


「どうしよう……」


すぐに担当者へ連絡するべきか迷ったが、電話をかける指が動かなかった。


叱責されるかもしれない。


仕事を失うかもしれない。


そんな不安ばかりが頭をよぎる。


だが翌日になっても、担当者から連絡は来なかった。


指示書はいつもどおり届き、新たな入金も行われている。


「……気づいてない?」


念のため振込履歴を確認しても、訂正の指示はない。


その翌日も、そのまた翌日も、何事もなかったかのように仕事は続いていった。


小夜は次第に違和感を覚え始める。


毎日これほどの金額が動いているにもかかわらず、誰も送金額を細かく確認している様子がない。


もし正規の業務であれば、二万円もの差額が見逃されるとは考えにくかった。


「こんなにお金が動いているのに……」


画面を見つめながら、小夜は呟く。


「どうして誰も気づかないの……?」


その瞬間、頭の中で一つの考えが形を持った。


(もしかして、このお金……)


まともなお金じゃない。


その可能性に思い至った途端、背筋が冷たくなる。


もし犯罪で得た金なら、送金額が多少違っていても、帳簿どおりに管理できないのかもしれない。


そう考えると、これまで説明のつかなかった違和感が一つにつながっていく。


そして、もう一つの考えが浮かんだ。


(だったら……)


二万円減っても誰も気づかなかった。


なら、一万円なら。


五千円なら。


生活費として残したところで、誰にも分からないのではないか。


その考えに、小夜ははっとして首を振る。


「いや……ダメ」


犯罪かもしれない仕事を続けているだけでも後ろめたい。


そこからさらに金を抜き取るなど、してはいけない。


頭では分かっている。


それでも現実は厳しかった。


退学して数か月。


家賃の支払日は近づき、通帳の残高は心細くなる一方だった。


アルバイトを増やそうにも時間には限界がある。


都心で暮らし続けるという選択は、日に日に重くのしかかっていた。


「こんな簡単な仕事があるなんて、おかしいよね……」


小夜は椅子の背にもたれ、小さく目を閉じた。


辞めるべきなのか。


それとも、このまま続けるべきなのか。


真実を確かめる勇気も、収入を失う覚悟も持てないまま、小夜は再び送られてきた指示書を静かに開いた。

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