5-2-17 賜物の鈴2
小夜は仲間たちと共に奈良へ戻ったものの、ホテルの部屋へ入ってからも落ち着かなかった。
依頼内容と、ここまで辿ってきた経緯が頭の中を何度も巡り続ける。ベッドに横になっても眠気は訪れず、天井を見つめたまま時間だけが過ぎていった。
今回の目的は、神鹿の持つ鈴を手に入れること。
しかし、その鈴はタケミカヅチからアメノカクへ授けられた神具だ。それを譲ってもらうという行為が、神々を敵に回すことへ繋がるかもしれないと思うと、胸の奥が重く締めつけられるようだった。
その夜。
ホテルの静かなロビーへ降りた小夜は、人目の少ないソファに腰を下ろし、スマホを手に取った。
「どうしたら平和的に鈴を手に入れられるんだろう……」
不安を隠しきれない声が漏れる。
「理由を正直に話すのが一番だ」
ストラグレイブはいつも通り落ち着いた口調で答えた。
「だが、お前の立場ではそれができないのだろう?」
「そう……」
小夜は力なく頷く。
「葉山さんの依頼を断るなんてできないし、だからといって神様相手に嘘をつくのも怖い……」
肩を落としたまま視線を伏せる。
「ではどうする? 鈴の代わりになる装飾品でも用意してみるか」
「神様からの贈り物に匹敵するようなものなんて……そんなの絶対無理」
ため息が静かなロビーへ溶けていった。
ストラグレイブはしばらく沈黙した。
何かを分析しているような間が流れ、やがて静かに口を開く。
「ならば、こういうのはどうだ」
「株取引で鍛えた、お前の勝負強さを見せてやれば良い」
「勝負……?」
小夜は思わず顔を上げた。
あまりにも意外な提案だった。
「そうだ。アメノカクはプライドが高そうだろう。こちらから勝負を持ちかければ、応じる可能性は高い」
ストラグレイブは淡々と続ける。
「特に、自分が勝つことを前提とした勝負なら、なおさらだ」
その分析には妙な説得力があった。
小夜は不安を抱えながらも、小さく息を吸って頷いた。
「……やってみる」
翌朝、小夜は一人で春日大社を訪れ、再びアメノカクのもとへ向かった。
白い鹿は昨日と変わらぬ威厳ある姿で立ち、小夜を見るなり静かに目を細める。
「帰ったのではなかったのか。今度は何だ?」
その声音には、わずかな苛立ちが滲んでいた。
小夜は一歩前へ進み、深く頭を下げる。
「実は、タケミカヅチ様を信奉する者として、どうしてもその鈴を譲っていただきたいんです」
「なんだと?」
アメノカクの瞳が鋭く細まる。
「この鈴は主人より賜ったものだ。軽々しく譲れる代物ではない」
「承知しています」
小夜は顔を上げ、真っ直ぐ相手を見つめた。
「それでも、タケミカヅチ様を崇敬する者として、どうかお譲りいただけないでしょうか」
その声には飾りのない誠意だけが込められていた。
しかし、アメノカクは首を横へ振る。
「言語道断だ。主人の贈り物を渡せと言うのか」
やはり簡単にはいかない。
だが、小夜は慌てなかった。
ここまではストラグレイブの予想通りだった。
小夜は一呼吸置き、話題を変える。
「ですが、あなたほどのお方なら、この鈴がなくとも十分にタケミカヅチ様の使いとして相応しい力をお持ちです」
少しだけ微笑みを浮かべながら続ける。
「それに、ご自分で物事を判断できるところも、本当に素晴らしいと思います」
その瞬間だった。
アメノカクの耳がぴくりと動く。
わずかに目元が緩み、鼻を一つ鳴らした。
「我が力を褒めるのか?」
どこか満足げな声だった。
「まあ、当然のことだがな」
少し胸を張るように首を上げると、誇らしげに続ける。
「……では、こうしよう」
「鈴が欲しいというなら、我と勝負をしろ」
(やっぱり……!)
小夜は胸の内で思わず息を呑んだ。
ストラグレイブの読みが、そのまま的中したのだ。
それでも表情は崩さず、小首をかしげる。
「勝負……ですか?」
「そうだ」
アメノカクは堂々と胸を張る。
「我に勝てば、お前を主人の信奉者に相応しい者と認め、鈴を譲ってやろう」
一拍置き、声音を鋭くした。
「ただし、負けたなら二度とこの件で我に口を挟むな」
「分かりました」
小夜は迷わず答えた。
その即答に、アメノカクは満足そうに頷く。
「よかろう」
顎をしゃくり、森の奥へ視線を向ける。
「勝負の内容はこうだ。春日大社から原始林の奥にある滝まで、先にたどり着いた方を勝ちとする」
「お前の実力を試すには十分だろう」
鹿の瞳が鋭く光った。
「滝……?」
小夜は脳裏にハイキングコースを思い浮かべる。
原始林の奥にある滝までは起伏の激しい山道が続き、徒歩でも一時間近くかかる場所だ。
体力では到底敵わない。
そう理解しながらも、小夜は静かに深呼吸した。
ここまで来た以上、引き返すわけにはいかない。
「分かりました」
その視線を真っ直ぐ受け止める。
「その勝負、お受けいたします」
アメノカクは一瞬だけ意外そうに目を見開いた。
しかし次の瞬間には、不敵に鼻を鳴らす。
「ふん、面白い」
「ならば準備を整えろ。我が全力で相手をしてやる」
小夜は震えそうになる膝を押さえ込みながら、小さく拳を握った。
(平和的に鈴を手に入れるためなら──どんな挑戦でも、乗り越えてみせる)
そう自分に言い聞かせることでしか、胸の高鳴りを抑えられなかった。
ブクマで月奈たちの応援をお願いします!




