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5-2-15 消えた剣2

冬晴れの澄んだ空の下、春日大社の境内は穏やかな静けさに包まれていた。


参道を歩く小夜は、先日の出来事を何度も思い返していた。


タケミカヅチという名を聞いた瞬間の張り詰めた空気。


そして、異世界から現れたという《獅子の剣》。


現実と異世界を隔てていたはずの境界が、少しずつ曖昧になっていくような感覚が胸に残っている。


だが、今は手掛かりがあまりにも少なかった。


考えを巡らせても、答えは見えてこない。


境内を歩いていると、不意に一頭の大きな鹿が近づいてきた。


堂々とした体躯に思わず足を止める。


鹿は小夜の袖を軽くくわえ、そのままゆっくりと引いた。


「え……どうしたの?」


促されるまま後を追うと、鹿は人通りの少ない林の奥へ小夜を導いていく。


やがて木漏れ日の差し込む静かな場所へ出ると、そこには見覚えのある白い鹿が待っていた。


雪のような毛並みが陽光を受けて淡く輝き、静かな眼差しで小夜を見つめている。


小夜は小さく頭を下げた。


「またお会いしましたね」


白い鹿も静かに頷く。


「主人へ報告した」


淡々と告げたあと、小さく息を吐く。


「その結果、事態の収拾を命じられた。よって、お前たちに協力する」


どこか事務的な言い方に、小夜は思わず苦笑した。


「それは……何だか大変ですね」


白い鹿は少しだけ肩を揺らした。


「我が主人は自ら動かれることが少ない。ゆえに、この程度の雑務は我の役目だ」


その言い方がどこか愚痴めいて聞こえ、小夜は思わず笑みを漏らす。


「じゃあ、一緒に頑張りましょう。私は小夜です。スマホにいるのがストラグレイブ」


「よろしく頼む」


だが、白い鹿の表情は崩れない。


「我が名はアメノカク」


静かな声だった。


「まずは、お前たちの知る情報を全て開示してもらおう。隠し事は好まぬ」


その一言だけで空気が引き締まる。


小夜は自然と背筋を伸ばき、ストラグレイブへ目を向けた。


彼も異論はないらしく、小さく頷く。


「分かりました」


小夜はこれまでストラグレイブから聞いていた内容を、一つずつ包み隠さず説明した。


話を聞き終えたアメノカクは、しばらく考え込むように目を閉じる。


「なるほど」


やがて静かに口を開いた。


「主人は剣の神でもある。ゆえに、異世界の剣へ関心を抱かれたとしても不思議ではない」


小夜は慎重に問い返す。


「それじゃあ……タケミカヅチ様は、その獅子の剣を探しているんですか?」


「断言はできぬ」


アメノカクは首を横へ振った。


「だが、この世界にあるべきでない剣である以上、主人が見過ごされることはあるまい」


小夜は少しだけ表情を曇らせる。


「もし、その剣が……タケミカヅチ様のお考えにそぐわないものだったら?」


アメノカクは迷いなく答えた。


「その時は滅するまでだ。主人が敗れることはない」


絶対の信頼。


その言葉に揺らぎは一切なかった。


しかし小夜は静かに首を振る。


「でも……争いになったら、周りの人たちまで巻き込まれてしまいます。タケミカヅチ様も、そんなことは望んでいないはずです」


アメノカクは黙った。


短い沈黙のあと、小さく鼻を鳴らす。


「案ずるな。主人は争いを望まれる方ではない。秩序を乱すものを見過ごされぬだけだ」


その答えに、小夜は少しだけ胸をなで下ろした。


続いて遠慮がちに尋ねる。


「あの……私たちにも何か教えていただけませんか?」


アメノカクは少し考え込むように首を巡らせる。


「剣について、一つだけ知っていることがある」


その声に、小夜もストラグレイブも耳を傾けた。


「ある日、禁足地へ剣が空から降ってきた。雷鳴と共にな」


「空から……?」


小夜は目を丸くする。


「そうだ。あの剣は岩へ突き立ち、長い年月、異質な力を放ち続けていた。周囲の草木や獣にも影響が及び、我らも監視を続けていた」


「それで……その後は?」


「ある日、忽然と姿を消した」


アメノカクは静かに答えた。


「誰かが持ち去ったのだろう。だが、誰が引き抜いたのか。我らにも分からぬ。あのような剣を扱える者など限られる。その者にも、何らかの因縁があるはずだ」


ストラグレイブが確認する。


「つまり、持ち去られた後の所在は不明ということか」


「そうだ」


アメノカクは短く頷いた。


「神域の外まで痕跡は続いていた。そこから先は、お前たち人の領域だ」


ストラグレイブは少し考え込み、小さく呟く。


「……結局、振り出しに戻ったか」


小夜は唇を結んだ。


新しい事実は分かった。


だが、それ以上に、この問題の大きさを思い知らされただけだった。


アメノカクは踵を返しかけ、ふと立ち止まる。


「一つだけ聞こう」


振り返った金色の瞳が、小夜を真っ直ぐ見据える。


「主人が再びこの地に降臨される時、お前に我らに協力する覚悟があるか」


小夜は少しだけ考えた。


だが答えはすぐに決まった。


「私にできることなら、全力で協力します」


アメノカクは静かに頷く。


「その言葉、忘れるな」


それだけ言い残すと、白い鹿は森の奥へ静かに姿を消した。


残された小夜とストラグレイブは、春日大社の参道をゆっくりと歩き始める。


冬の澄んだ空気は心地よい。


それでも二人の胸には、答えの見えない謎だけが静かに積み重なっていた。


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