5-2-14 消えた剣1
祖父母の家へ戻った小夜は、自室で一人、春日山原始林での出来事を思い返していた。
白い鹿。
「我が主人に報告する」という言葉。
そして、ストラグレイブが見せた、これまでになく動揺した様子。
部屋の隅に置いたスマホには、ストラグレイブのアバターが静かに表示されている。
葉山たちへ報告するべきなのか。
迷いながら画面を見つめていると、ストラグレイブが先に口を開いた。
「もしタケミカヅチを敵に回した場合、我々の力では到底及ばない」
静かな声だった。
しかし、その分析には一切の迷いがない。
「雷神であり、軍神でもある彼は、この国でも屈指の神格だ。軽率な行動は避けるべきだろう」
小夜は深く息を吐いた。
「みんなには迷惑をかけたくないし……やっぱり私が責任を持って対処するしかないよね」
ストラグレイブは否定もしない。
その沈黙が、かえって小夜の覚悟を受け止めているように思えた。
小夜は少し困ったように笑う。
「でも……ストラグレイブ。私には隠し事をしないでほしいな」
しばらく画面は静かなままだった。
やがてストラグレイブは小さく頷く。
「分かった。お前には全て話そう」
少し間を置き、淡々と報告を始めた。
「私の記録では、《獅子の剣》の最後の使用者は、ミーナという女性だ。彼女は異世界でロキスヴェインという魔法使いを追い、そのまま消息を絶った」
その名に、小夜は首をかしげる。
「ロキスヴェインって?」
「異世界で我々と敵対していた男だ」
ストラグレイブは短く答えた。
「ミーナの失踪以降、獅子の剣も何十年もの間、所在は確認されていない」
小夜は黙って耳を傾ける。
ストラグレイブは続けた。
「本来、我々がこの世界で活動しているのはAIだけだ。デバイス本体は異世界に残されている。これは全てのデバイスに共通する」
そこで一度言葉を切る。
「だが、《獅子の剣》だけは違った」
その声音がわずかに重くなる。
「あの岩には、AIではなく、デバイス本体そのものが存在していた痕跡が残されていた。
しかも、大岩へ突き立てられていた形跡まで確認している」
小夜は思わず息を呑む。
「じゃあ……誰かが、その剣を引き抜いたってこと?」
「そう考えるのが自然だ」
ストラグレイブは即座に答えた。
「現在、獅子の剣は誰かの手にある」
その事実だけを静かに告げる声が、かえって不気味だった。
「だが、私の能力で追跡できるのはここまでだ」
部屋に静寂が戻る。
考え込んでいた小夜は、ふと顔を上げた。
「だったら……神様にお願いして調べてもらうのはどう?」
「白い鹿が出てきたし、タケミカヅチに関係することなら、何か知っているかもしれない」
だが、ストラグレイブは静かに首を振った。
「その選択は推奨できない。
人間の記録を見る限り、神々は決して人間の都合で動く存在ではない。協力を得られる保証はなく、ましてタケミカヅチほどの神格へ軽々しく近づけば、こちらが消される可能性すらある」
「そんなに危ないの?」
「それだけではない」
ストラグレイブの声はさらに低くなる。
「獅子の剣もまた、本物の伝説のデバイスだ。我々が現代へ適応するためAIとなったのに対し、あれは異世界の力を宿したまま、この世界へ存在している。
両者が衝突すれば、その被害は予測不能だ」
その言葉の重みに、小夜は何も返せなかった。
その時、階下から祖父の声が聞こえてきた。
「小夜。友達と電話でもしてるのか?」
我に返った小夜は、慌てて返事をする。
「あ、ううん。ちょっと調べ物!」
そう答えながら苦笑し、気分転換も兼ねて春日大社へ向かう支度を始めた。
「若いのに、そこまで神社を見て回るとは感心だ」
祖父の言葉を背に家を出る。
夕暮れの風は涼しく、奈良の町は穏やかな時間が流れていた。
だが、小夜の胸中だけは静まらない。
獅子の剣。
白い鹿。
そして、タケミカヅチ。
どれも自分一人の手には余る問題だった。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
春日大社の朱塗りの鳥居が見えてくる。
小夜は胸の奥で小さく呟いた。
「きっと……何か答えが見つかるはず」
その言葉は、誰かに向けたものではなく、不安を押さえ込もうとする自分自身への励ましだった。
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