5-2-9 巨蟹の覚醒2
八つの首を持つヤマタノオロチは、荒れ狂う濁流を操り、斐伊川一帯を支配していた。八つの首はそれぞれが意思を持つかのように暴れ狂い、川を巨大な戦場へと変えている。
まともに挑めば、到底勝ち目はない。
「覚醒せよ──カールスティール!」
月奈は高らかに告げると、右腕の《巨蟹の腕輪》が眩い光を放った。
球状の反射フィールドが全身を包み込み、透明な殻のような防壁が完成する。
しかし、その輝きは今までとは違っていた。
守るだけではない。
反射そのものを自在に操る、新たな制御形態だった。
「待って、月奈! 一人で行くの!?」
小夜の叫びにも振り返らず、月奈は濁流へ飛び込む。
激流が全身へ襲いかかる。
だが反射フィールドが水圧を受け流し、そのまま巨大な水泡の中を進むように身体が滑っていく。
「すごい……!」
美玲が思わず息を呑んだ。
「本当に濁流の中を進んでる……!」
月奈は流れを押し返すのではなく、反射の力で水流そのものを逸らしながら前へ進んでいた。
荒れ狂う川さえ、彼女の進路を阻めない。
やがて川底に脈打つ巨大な影が現れる。
黒曜石にも似た巨大な核。
不気味な鼓動が水中へ響いていた。
「これが……一つ目!」
月奈は掌へ反射フィールドを集中させる。
球体は何重にも圧縮され、小さな光弾へ姿を変えた。
「貫け──バースト・リフレクター!」
放たれた光弾は核へ突き刺さり、その内部で一気に膨張する。
轟音。
黒い核は内側から粉々に砕け散った。
同時に、川を暴れていた首の一本が霧のように崩れて消えていく。
「消えた!」
小夜が叫ぶ。
「核と首は完全に連動してる!」
「月奈……!」
美玲は思わず拳を握る。
「その調子よ!」
しかし喜びも束の間だった。
一本を失ったヤマタノオロチは怒り狂い、残る七つの首が一斉に天へ向かって咆哮する。
轟音とともに濁流が渦を巻き、巨大な水柱が何本も立ち上がった。
川幅そのものがさらに広がり、護岸を越えた濁流が町へ流れ込んでいく。
「敵は核の防衛へ移行した!」
カールスティールが警告する。
「月奈、気を付けて!」
小夜の声がスマホ越しに響く。
月奈は水中から一気に飛び出した。
反射フィールドが水面を弾き、そのまま湖面を滑走する。
「うそ……」
美玲が目を見開く。
「水の上まで走ってる……!」
まるで水面を蹴るホバークラフトだった。
オロチの首が水刃を放つ。
渦が牙となって襲いかかる。
だが反射フィールドへ触れた瞬間、軌道が逸れ、攻撃は互いにぶつかり合って砕け散る。
「行けぇ! 月奈!」
美玲が叫ぶ。
その声に背中を押されるように、月奈は再び水中へ潜った。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
光弾が放たれるたび核は砕け、首が一本ずつ消えていく。
だが、そのたびに月奈の呼吸は荒くなっていった。
反射フィールドをここまで精密に維持し続ける負荷は想像以上だった。
「月奈、あと三つだ」
カールスティールの声が脳内に響く。
「了解……!」
月奈は荒い息を整えながら、水面へ飛び出した。反射フィールドはまだ維持できている。しかし、その輝きは先ほどまでよりわずかに揺らぎ始めていた。
その時だった。
「待って!」
小夜が鋭く叫ぶ。
「核が動いた!」
川底に点在していた魔力反応が、一斉に下流へ向かって動き始める。
「オロチが逃げる!?」
美玲が思わず声を上げる。
「違う」
カールスティールが即座に訂正した。
「迎撃態勢への移行だ」
その言葉と同時に、残る三本の首が一斉に進路を変えた。
濁流を巻き上げながら月奈の前へ回り込み、水の壁を幾重にも築いていく。
「最後の核の周囲へ戦力を集結させるつもりだ」
月奈は水面を蹴るように駆け出した。
集まれば、さらに厄介になる。
三体の水の大蛇が同時に牙を剥き、水刃と渦を幾重にも重ねて襲いかかる。
反射フィールドが激しく火花を散らし、衝撃が全身を揺らした。
「ぐっ……!」
それでも止まらない。
月奈は流れを反射で逸らしながら、水中へ潜る。
逃げる核との距離を一気に詰めると、掌に光を収束させた。
「バースト・リフレクター!」
圧縮された光弾が核を貫く。
轟音とともに核が砕け、川面では一本の首が霧のように崩れ落ちた。
しかし残る一体は、その隙を突いてさらに下流へ逃れる。
「くっ、追いつけない!」
だが、カールスティールは冷静さを失わない。
「水面へ出ろ。ここは突破できる」
月奈は息を切らしながら再び水面を滑走する。
河岸では、美玲が拳を握り締めていた。
「行け、月奈!」
小夜もスマホを握り締め、次々と変化する魔力反応を追い続ける。
「このままじゃ宍道湖まで行く! 最後の核がそこに……!」
カールスティールが即座に言葉を重ねる。
「急ぐぞ」
「了解……!」
月奈は肩で息をつきながらも、水面を蹴るように疾走した。
視界も少しずつ霞み始めていた。
それでも止まらない。
止まれば、町が沈む。
月奈は歯を食いしばり、最後の力で濁流を駆け抜ける。
やがて視界の先で、逃れていた核が濁流の底へ沈み込む。
その直後だった。
湖底から桁違いの魔力が噴き上がる。
「……そんな」
小夜の顔から血の気が引いた。
今まで追ってきた核とは、比較にもならない。
宍道湖の底には、山の如く巨大な核が存在していた。
最後から二番目の核は、それに吸い込まれるように取り込まれ、跡形もなく消える。
カールスティールが低く告げる。
「確認。あれが本体だ」
黒い脈動が湖全体へ広がり、その鼓動に合わせるように濁流が渦を巻いていた。
「これを倒せば……!」
月奈は息を整えながら呟く。
カールスティールが静かに告げた。
「冷静に、月奈。これが本当の勝負だ」
「わかってる……!」
月奈は再び攻撃に移る。
だが最後の核は違った。
周囲の濁流すべてが巨大な盾となり、幾重にも壁を作って行く手を阻む。
押し返される。
巻き込まれる。
それでも月奈は反射フィールドで水流を逸らし、少しずつ前へ進み続けた。
「こんなの……!」
押し潰されそうな水圧の中、それでも前へ。
ようやく核へ手が届く。
月奈は両手を核へ当てた。
「これで終わらせる……!」
反射フィールドを極限まで圧縮する。
今度は光弾ではない。
「バースト・リフレクター……」
自らが弾丸となる。
「オーバードライブ!!」
閃光。
月奈の身体ごと反射フィールドが核内部へ突き抜けた。
内部では巨大な魔力が脈動している。
暴れ狂う水流。
渦巻く瘴気。
ヤマタノオロチの力、そのものだった。
月奈は全身で反射フィールドを支えながら、最後の力を解放する。
その瞬間、核全体へ無数の亀裂が走った。
眩い光が溢れ出し、宍道湖全体を照らし始める。
しかし、その反動は月奈自身にも返ってきた。
視界が揺れる。
呼吸が乱れる。
反射フィールドがわずかに震え始める。
暴走の兆候だった。
「月奈!」
カールスティールの声が心へ響く。
「落ち着け。お前の力は暴走しない。自分を信じろ」
「まだ……!」
震える身体を押さえ込みながら、月奈は最後の一押しを加える。
「まだ終われない……!」
そして次の瞬間──
巨大な核は轟音とともに爆散した。
激しい閃光が宍道湖を包み込み、大地そのものが震えるような衝撃が島根全土へ響き渡った。
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