5-2-7 大いなる災い
濁流から立ち上る八本の巨大な水柱が、月奈たちへ一斉に襲いかかる。
それぞれが独立した意志を持つ蛇のように鎌首をもたげ、濁流を巻き上げながら牙を剥く。そのたびに川面は激しく波打ち、周囲の水流までもが暴れ狂っていた。
「肉体が滅びてもなお、水流を血肉のように操る魔法生物」
ストラグレイブが淡々と解析結果を告げる。
「それがヤマタノオロチの正体だ」
「そんなやつ、どう倒せばいいってのよ!」
美玲が吐き捨てるように叫ぶが、その問いに答えられる者はいない。
「水はあくまで媒体だ。本体となる核がどこかにあるはずだ。調べるから、その間だけ時間を稼いでくれ」
「言うのは簡単だけどね!」
美玲が言い返した、その瞬間だった。
最前列の水の大蛇が口を大きく開き、濁流ごと三人へと突っ込んでくる。
「来るよ! カールスティール!」
月奈が《巨蟹の腕輪》を掲げる。
青白い光が広がり、反射フィールドが三人を包み込んだ。
轟音。
濁流が真正面からぶつかり、凄まじい衝撃が全身を揺さぶる。
「っ……!」
月奈は歯を食いしばって踏みとどまる。
反射フィールドは攻撃を受け止めたものの、水量そのものまでは完全に押し返せない。押し寄せた激流が足元をさらい、身体が後ろへ押されそうになる。
「なんとか持ちこたえてるけど……こっちの魔力吸収が追いつかない!」
息を切らしながら叫ぶ。
「だったら、私がやるしかないでしょ!」
美玲が《双児の双剣》を握り直し、一気に踏み込んだ。
「神速で決めるわ! アマルテウス、セレティス!」
二振りの剣が光の軌跡を描き、水流を鋭く切り裂く。
巨大な蛇は胴を断ち切られ、大量の水飛沫となって四方へ散った。
「やった!」
しかし、その声はすぐに途切れる。
砕け散ったはずの水が再び渦を巻き、何事もなかったかのように蛇の姿を取り戻した。
「嘘でしょ……!」
美玲が目を見開く。
切っても切っても、水は際限なく集まり、次々と新たな頭を形作っていく。
「やっぱり水そのものが本体じゃない!」
小夜は《磨羯の籠手》を握り締めながら叫ぶ。
「ストラグレイブ、解析はまだなの!?」
「継続中だ」
無機質な返答が返る。
その間にも攻撃は止まらない。
今度は三本の水柱が左右と正面から同時に迫る。
「月奈!」
「任せて!」
反射フィールドが再び展開される。
三方向から叩きつけられた激流が重なり合い、凄まじい圧力となって押し寄せた。
「くっ……!」
月奈の足が泥へ沈む。
防ぎ切れなかった飛沫が身体を強く打ちつけ、左腕に鈍い痺れが走る。
腕輪の力は確かに強力だった。
だが、無限ではない。
魔力は確実に削られ続けていた。
一方、小夜はひたすらストラグレイブの解析結果を待ちながら、ヤマタノオロチの動きを観測し続けていた。
戦況は少しずつ悪化している。
時間が経つほど月奈の呼吸は荒くなり、美玲の剣筋にも疲労が滲み始めていた。
「結果が出たぞ!」
ついにストラグレイブが声を上げる。
その一言に三人は希望を抱いた。
だが、続く報告は、その期待を容赦なく打ち砕いた。
「核は川底に八つ。斐伊川の上流から下流まで点在している。そして、それらは通常の攻撃では到底破壊できない規模だ」
「そんな……」
小夜は呆然と立ち尽くす。
その隙を狙うように、一体の水の大蛇が牙を剥いて迫る。
月奈は咄嗟に反射フィールドを展開し、その一撃を受け止めた。
「無理じゃないの、これ!」
美玲が声を荒らげる。
どれだけ斬っても再生する。
防ぎ続けても魔力はいずれ尽きる。
勝ち筋が見えない。
それでも、美玲は歯を食いしばり、再び剣を構えた。
「落ち込んでる場合じゃない!」
叫びながら斬撃を放ち、水流を切り裂く。
小夜はストラグレイブと共に、別の攻略法がないか打開策を探し続けていた。
そんな二人を見て、月奈は不思議と冷静になっていた。
ふと目を閉じる。
激しい水流の音も。
美玲の叫びも。
小夜とストラグレイブの会話も。
すべてが少しずつ遠ざかっていく。
ほんの数秒だったはずなのに、妙に長く感じられた。
やがて彼女は静かに目を開く
「私に任せてほしい」
その一言だけが、不思議なほどはっきりと戦場へ響いた。
「任せるって、どうするつもりなのよ!」
美玲が問い詰める。
だが月奈は答えず、静かにカールスティールを見つめた。
その瞳には、迷いではなく確かな覚悟が宿っている。
「……わかった」
小夜が先に口を開いた。
「でも無茶はしないで。私たちが支えるから」
美玲も深く息を吸い、双剣を構え直す。
「しょうがない。やれるところまでやるしかないわね」
月奈は二人の言葉に短く頷くと、再び迫り来る八つの水の大蛇へ向かって、一歩ずつ歩みを進めた。
嵐のようなヤマタノオロチとの戦いは、ついにそのクライマックスへと向かっていく。
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