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5-2-4 止まない雨1

島根に降り続く局所的な豪雨は、翌日になっても止む気配を見せなかった。


テレビでは「数十年に一度の記録的豪雨」と繰り返し報じられ、河川の氾濫や土砂崩れによる被害が県内各地へ広がっていると伝えている。


月奈たちが滞在していたホテル周辺でも川の水位が急激に上昇し、道路の一部では冠水が始まっていた。


窓の外では灰色の雨が絶え間なく降り続き、ときおり激しい風が建物全体を揺らす。


「停電するなんて……本当にまずいんじゃない?」


部屋の照明がふっと消え、美玲が不安そうに窓の外を見つめた。


その直後、廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。


「避難を開始します! 貴重品だけ持って一階へ集まってください!」


ホテルのスタッフが各部屋を回り、宿泊客へ避難を呼びかけていた。


三人は最低限の荷物だけをまとめ、スタッフの誘導に従って近くの避難所へ向かった。


避難所となった体育館には、すでに大勢の住民や観光客が身を寄せていた。


毛布にくるまり不安そうに座る人々。


泣き続ける子どもをあやす親。


携帯電話を握り締め、家族と連絡を取ろうとする人。


館内には疲労と緊張が入り混じった重苦しい空気が漂っていた。


月奈たちも案内された一角へ腰を下ろす。


誰も口を開かなかった。


雨音だけが体育館の屋根を絶え間なく叩いている。


しばらく沈黙が続いたあと、月奈がようやく呟いた。


「……看板に書いてあった通りになった」


その声は震えていた。


「『雨壺』って、こういうことだったんだね」


勾玉を握り締めた手へ視線を落とす。


「あの勾玉を持ち出さなければ、こんなことにはならなかったのかな……」


「月奈のせいじゃないよ」


小夜は静かに首を振った。


そう言いながらも、自分自身を納得させられていないことは、その表情を見れば分かった。


「でも……あの時、私たちがもっと慎重だったらって考えちゃう」


美玲も普段の明るさは消えていた。


「あのタイミングで急に天気が変わって、今度はこの豪雨でしょ」


小さく息を吐く。


「これがただの大雨だとは、どうしても思えない」


再び沈黙が落ちる。


もちろん、本当に勾玉が原因なのかは分からない。


偶然が重なっただけかもしれない。


だが、勾玉を掘り出した直後に嵐が始まり、葉山は「無事に戻れ」と念押しした。


思い返せば返すほど、不安だけが膨らんでいく。


やがて、美玲がゆっくり顔を上げた。


「返しに行こう」


「返すって……あの大岩のところに?」


小夜が驚いて聞き返す。


「そう」


美玲は迷いなく頷いた。


「もし本当に勾玉が原因なら、元に戻すしかない」


「でも……」


小夜は体育館の外を見つめた。


窓ガラスを激しい雨が叩き続けている。


「この嵐の中を行くなんて危険すぎるよ。川が氾濫してるかもしれないし、土砂崩れだって……」


「それでも」


美玲は言葉を重ねた。


「ここで待ってるだけで雨が止む保証なんてない」


その声には、いつもの軽さはなかった。


「もし私たちが原因なら、私たちが戻しに行かなきゃ」


その一言に、月奈は静かに目を閉じた。


自分は最初、掘り出すことへ反対した。


葉山にも確認を取った。


それでも最後は、自分も掘り出すことを選んだのだ。


「……うん」


月奈はゆっくり頷く。


「美玲の言う通りだと思う」


勾玉を見つめながら、静かに言葉を続けた。


「本当に関係があるのかは分からない。でも、私たちが持ち出した以上、何もしないままここで待っていることはできない」


小夜は困ったように二人を見比べた。


理屈では止めるべきだ。


こんな豪雨の中へ出るなんて、自殺行為に近い。


けれど、二人だけを行かせるという選択肢は、小夜にはなかった。


「……わかったよ」


小さくため息をつきながら立ち上がる。


「どうせ勾玉の話なんて誰も信じてくれないだろうし」


苦笑いを浮かべる。


「だったら、自分たちでやるしかないね」


三人が荷物をまとめ始めると、近くにいた避難所のスタッフが慌てて駆け寄ってきた。


「ちょっと! 何をしているんですか!」


スタッフは驚いた表情で三人を見る。


「外へ出るつもりですか? 絶対に駄目です! 今は避難指示が出ているんですよ!」


三人は顔を見合わせる。


勾玉のことも、雨壺のことも説明できない。


説明したところで、信じてもらえるとは思えなかった。


美玲は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい」


それだけ言うと、真っ直ぐスタッフを見つめる。


「でも、あたしたちには行かなきゃいけない理由があるんです」


スタッフはなおも制止しようとした。


しかし三人はその声を背に、体育館を飛び出した。


外では暴風雨が容赦なく吹き荒れている。


冷たい雨が全身を叩きつけ、視界は数十メートル先も霞んでいた。


それでも三人は立ち止まらない。


互いに頷き合い、一歩ずつ前へ進む。


月奈は胸元で勾玉を強く握り締めた。


雨音にかき消されそうな小さな声で、静かに呟く。


「……必ず、止める」


その決意だけは、激しい嵐にも揺らぐことはなかった。


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