5-2-3 血染めの勾玉
ストラグレイブの反応を頼りに龍脈を辿っていくと、月奈たちは田んぼの真ん中にぽつりと佇む大岩の前へたどり着いた。
周囲には青々とした田園風景が広がり、吹き抜ける風が稲を静かに揺らしている。その中で、大岩だけが昔からそこにあり続けたかのような存在感を放っていた。
岩の傍らには「雨壺」と書かれた案内板が立っている。太い鉄柱にしっかりと固定され、地域の名所を紹介するために設置された、ごく普通の観光案内だった。
「ここに間違いないみたい」
ストラグレイブの反応を確かめながら、小夜が言った。
月奈は看板と大岩を見比べ、小さく眉をひそめる。
「本当にこんな場所なのかな……。あまり触れない方が良さそうな気がする。何だか嫌な予感がするんだけど」
「確かに変わった形の石だけど、この大岩の穴が怪しいってこと?」
美玲は屈み込み、岩肌に開いた穴を覗き込む。
ストラグレイブが淡々と答えた。
「内部に何らかの物体が存在することは確認できる。ただし、その正体までは判断できない」
「だったら──」
美玲は腕を組み、にやりと笑った。
「《双児の双剣》を使えば、簡単に掘り出せると思うけど?」
「ちょっと待って」
月奈はすぐに制した。
「勝手に壊すのは危険すぎるかも。葉山さんに報告して確認を取ろう」
その場で葉山へ電話をかける。
数回の呼び出し音のあと、受話器の向こうから聞こえてきた声は、いつもと変わらない落ち着いたものだった。
月奈は現在地と、龍脈を辿った結果、雨壺と呼ばれる大岩へたどり着いたことを順を追って説明する。
「雨壺……か」
葉山は小さく呟いた。
その一言には、月奈にも分かるほど僅かな引っ掛かりがあった。
「その岩の形状や周囲の様子を、もう少し詳しく教えてくれないか」
「えっと……田んぼの真ん中に大きな岩があって、観光用の案内板が立っています。岩には穴が開いていて、その中から反応が出ています」
葉山は黙って聞いていた。
ときおり何かを確認するような物音だけが電話越しに聞こえる。
「他には?」
「特に変わったものは見当たりません」
少し間を置いてから、葉山はさらに尋ねた。
「蛇には関係なさそうか?」
「蛇?」
月奈は思わず周囲を見回した。
田んぼにも岩の周囲にも、それらしいものは見当たらない。
「特に蛇の気配はありませんけど……」
電話の向こうで短い沈黙が流れた。
葉山は何かを考えているようだった。
やがて、小さく息を吐く。
「そういう意味ではないんだが……まあいい」
声は落ち着きを取り戻していた。
「掘り出してみろ。ただし、十分に注意してな」
「分かりました」
電話を切ると、美玲が待ってましたと言わんばかりに双児の双剣を抜き放つ。
「任せて! こんな岩、ちょちょいのちょいだから!」
二本の剣が鮮やかな光跡を描きながら、大岩の穴を正確に削っていく。
岩片が次々と砕け、数分後、甲高い音とともに最後の一片が割れ落ちた。
その奥から現れたのは、一つの勾玉だった。
赤黒い輝きを宿したそれは、まるで濡れた血を閉じ込めたような色をしている。
光っているというより、内側で静かに脈打っているようにも見えた。
「これで間違いない……!」
小夜が息を呑む。
美玲も先ほどまでの軽い表情を消し、思わず勾玉を見つめていた。
月奈は慎重にそれを拾い上げる。
手にした瞬間、ひやりとした感触が掌へ伝わった。
それだけなのに、胸の奥へ得体の知れない違和感がゆっくりと広がっていく。
「……帰ろう」
誰からともなくそう口にし、三人は雨壺を後にした。
ホテルへ戻る途中、月奈は葉山へもう一度電話をかけた。
「勾玉を回収しました。今からホテルへ戻ります」
報告を聞いた葉山は、一瞬だけ黙り込む。
それから静かに口を開いた。
「そうか……」
その声には、安堵とも緊張ともつかない響きが混じっていた。
「無事に戻ってこいよ。……それだけで十分だ」
月奈は少しだけ違和感を覚えた。
葉山なら、次の指示や確認事項を真っ先に伝えてくるはずだ。
それなのに、今は「無事に戻れ」としか言わない。
何かを気にしているようだったが、電話はそこで切れた。
—-
ホテルへ戻る頃には、空の色がいつの間にか変わり始めていた。
さっきまで青空だったはずなのに、西の空から重たい黒雲が押し寄せ、窓ガラスを風が細かく震わせている。
「なんか、急に荒れてきたね……」
美玲が窓の外を見ながら呟く。
その言葉を待っていたかのように、激しい雨が窓を叩き始めた。
風はみるみる勢いを増し、街路樹が大きくしなる。
テレビをつけると、臨時ニュースでは島根県各地で記録的な豪雨を観測したと繰り返し伝えていた。
『交通機関にも影響が広がっており、出雲空港を発着する便は順次欠航となっています』
「えっ……」
小夜は思わず画面を見つめる。
「数か月分の雨が一日で降るとか、ありえない……!」
予定していた帰路は断たれた。
三人は島根へ足止めされることになる。
月奈は机の上へ置いた勾玉へ視線を向けた。
赤黒い光沢は部屋の照明を受けて静かに揺らめいている。
気のせいなのかもしれない。
それでも、その不吉な輝きが、窓の外で荒れ狂う嵐とどこか呼応しているように思えてならなかった。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




