5-2-2 出雲の神話
翌朝、月奈たちは葉山からの指示に従い、スサノオを祀る神社を巡ることにした。
昨日の調査では目立った成果は得られなかったものの、追加で届いた情報は「スサノオを祀る神社を探せ」という一文だけである。候補は島根県内にいくつもあり、三人は地図を広げながら順番を決めた。
「せっかくだし、近いところから回っていこうか」
小夜の提案に異論はなく、美玲がレンタカーのエンジンをかける。
最初に向かったのは、出雲大社からそれほど離れていない日御碕神社だった。
「ここもスサノオを祀ってるんだよね」
助手席で地図を見ながら小夜が言う。
「海に近い場所にある神社って珍しいわね。灯台も有名だし、観光地としても人気があるみたい」
美玲がナビを確認しながら続けると、月奈は窓の外へ目を向けた。
海沿いの道を走る景色は穏やかで、これから魔法遺物を探しに行くとは思えないほどのんびりとしている。
「なんだか今日は完全に観光みたいだね」
小夜が笑うと、美玲も苦笑した。
「調査よ、調査」
そんな他愛ないやり取りを交わしているうちに、車は日御碕神社へ到着した。
赤く鮮やかな社殿は青空によく映え、海風を受けながら静かに佇んでいる。
三人は参拝客に紛れて境内を歩き回り、ときおり足を止めながら周囲を見渡した。しかし、魔導AIが反応を示すこともなく、特別な違和感も見つからない。
「ただの観光になっちゃってる気がするわ」
美玲がぼやくと、小夜は少し気まずそうに笑う。
「でも、こういう地道な調査が大事だって葉山さんも言ってたし……ね?」
「ま、次行きましょう」
月奈がそう促し、一行は再び車へ乗り込んだ。
次に訪れたのは、縁結びの神様として知られる八重垣神社だった。
境内には夫婦や若い参拝客の姿が多く、穏やかな空気が流れている。
「ここ、すごく雰囲気がいいね。観光客も多いけど、ちょっと神秘的な感じ」
小夜は鏡の池を眺めながら感心したように呟く。
「でも魔力の痕跡は感じないわね」
月奈が周囲へ意識を巡らせるものの、昨日と同じく何の反応もない。
「確かに、ここも普通の神社って感じね。次行きましょう」
美玲もあっさりと切り替えた。
続いて向かった熊野大社は、それまでとは雰囲気が一変していた。
山々に囲まれた静かな境内には、街中の神社とは違う落ち着きがある。
「すごい歴史を感じるね。ここはちょっと期待できそう」
小夜は辺りを見回しながら少し声を弾ませる。
日本最古の神社の一つとも伝えられ、スサノオが初めて「熊野」の名を与えたという伝承も残る場所だ。
しかし、期待とは裏腹に魔導AIは何も反応しなかった。
「ただの神話に基づいて建てられた場所なのかもしれないわね」
美玲が残念そうに言う。
「ここもダメか……。でも、まだ最後の候補があるよ」
月奈は気持ちを切り替え、最後の目的地へ向かうよう促した。
車は市街地を離れ、次第に山深い道へ入っていく。
窓の外には田畑が広がり、民家の数も少なくなっていった。
「ここ、今までの神社に比べてなんかこじんまりしてるわね」
須佐神社へ到着すると、美玲が率直な感想を漏らす。
「隠れた名所って感じで、逆に期待できそうじゃない?」
小夜が笑顔で返すと、月奈も静かに頷いた。
境内へ足を踏み入れた瞬間、それまでとはどこか空気が違うように感じられた。
派手さはない。
それでも、長い年月を積み重ねてきた場所だけが持つ静けさが、境内全体を包んでいる。
そして三人の視線は、自然と一本の巨木へ吸い寄せられた。
樹齢千三百年を超えると伝えられる大杉である。
空高く枝を広げるその姿は、まるで境内そのものを見守り続けてきたかのようだった。
「これ……すごい。ここが一番期待できそうじゃない?」
月奈は思わず足を止める。
小夜も見上げながら頷いた。
「確かにね。ここなら何かあるかも」
周囲を見回すと、観光客の姿はほとんどない。
静寂だけが森の中へ広がっていた。
「じゃあ、ストラグレイブを起動するね」
小夜が声を潜める。
月奈が頷くと、小夜はスマホを取り出し、《磨羯の籠手》の力を展開した。
淡い青い光が足元から静かに広がり、周囲の様子を探るように揺らめく。
やがて小夜は小さく眉をひそめた。
「確かに反応はある……けど、これは……」
「どうしたの?」
美玲が覗き込むと、ストラグレイブが静かに答えた。
「地下を流れる龍脈の反応だ」
「龍脈?」
月奈は聞き慣れない言葉を繰り返した。
「龍脈とは、大地を巡る自然エネルギーの流れである。古来、人はその流れに沿って社を建て、都を築いてきた」
「じゃあ、そのエネルギーって魔力とは違うの?」
小夜が尋ねる。
「龍脈そのものは自然の力だ。しかし魔力は龍脈と共鳴する。ゆえに魔法に関わる者にとって、龍脈は重要な目印となる」
月奈は改めて大杉を見上げた。
「つまり、ここで反応があったのは、この神社が特別だからじゃなくて……」
「龍脈の上に建っているからだ」
ストラグレイブは淡々と続ける。
「この程度の反応は珍しくない。これだけでは異常とは判断できない」
期待したほどの成果ではなかった。
それでも、これまで何もなかった調査とは違い、初めて目に見える指標が現れたことだけは確かだった。
「なるほどね」
月奈は静かに頷く。
すると美玲が笑いながら言った。
「ま、せっかくだから龍脈を辿ってみましょうよ。他に手がかりもないんだし」
その一言に、小夜も賛成するように頷いた。
神話を頼りに神社を巡るだけだった調査は、ここで初めて新しい手掛かりを得た。
三人はストラグレイブが示す龍脈の先へ視線を向け、静かな森の奥へと歩き始めた。
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