5-1-24 天狐の尾飾り
月奈たちが白い狐を封じ込めると、張り詰めていた緊張が一瞬だけ緩んだ。
その刹那だった。
「っ!」
少女が突然、獣のように歯を剥き出しにすると、一直線に月奈へ飛びかかってくる。
少女が歯を剥き出しにし、言葉にならない唸り声を漏らしながら月奈へ飛びかかる。
「月奈!」
反応するより早く、その鋭い爪が振り下ろされた。
「なっ……!?」
月奈は咄嗟に身を引く。しかし完全には避けきれず、鋭い爪先が目前を掠めた。
「下がって!」
美玲と小夜がほぼ同時に飛び出す。
美玲が少女の腕へ組み付き、小夜が足元へ回り込んで体勢を崩そうとする。しかし少女は細身の体からは想像もつかないほどの力で暴れ、二人がかりでも押さえ込むことができない。
「なんなの、この子……!」
美玲は歯を食いしばりながら腕を押さえ込む。
「普通じゃない……!」
小夜も必死に足を押さえながら少女を見つめた。
暴れる姿は理性を失った人間というより、獲物へ襲い掛かる獣そのものだった。
「ひょっとして……」
小夜が息を切らせながら呟く。
「狐に取り憑かれてるのかも……」
その言葉を聞いた美玲の視線が、少女の腰へ向く。
そこには白い尾を模した飾りが揺れていた。
「これが原因じゃない?」
美玲は迷わず手を伸ばす。
少女は激しく抵抗したが、美玲は力任せに尾飾りを掴むと、そのまま勢いよく引きちぎった。
ぶちり──という乾いた音が夜の静寂に響く。
その途端だった。
少女の身体から一気に力が抜ける。
暴れていた両腕はだらりと下がり、その場へ崩れ落ちた。
「止まった……?」
美玲が呆然と呟く。
小夜も辺りを見回した。
「白い狐も……消えたみたい」
さっきまで辺りを包んでいた風も、張り詰めていた空気も、まるで最初から存在しなかったかのように静まり返っている。
少女は静かに横たわったまま、小さく寝息を立て始めた。
まるで長い悪夢から解放されたような、穏やかな寝顔だった。
三人は思わず顔を見合わせる。
「……どうするの、この子?」
美玲が尾飾りを手にしたまま月奈を見る。
月奈は少女の寝顔を見つめ、しばらく考え込んだあと、小さく息を吐いた。
「放ってはおけないよ」
そう言うと少女の前へしゃがみ込み、その身体を背中へ背負う。
「仕方ない。私がおぶる」
「大丈夫? 意外と重いんじゃない?」
「体育会系だからね。このくらいなら平気」
月奈は苦笑しながら立ち上がった。
戦闘の緊張が解けた途端、全身へ疲労が押し寄せてくる。
美玲も小夜も思わず苦笑を漏らし、そのまま三人は夜明け前の住宅街をホテルへ向かって歩き始めた。
誰も口数は多くなかった。
それでも、互いの表情には戦闘を生き延びた安堵が浮かんでいた。
長かった夜は、ようやく終わろうとしていた。
—-
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を淡く照らしていた。
昨夜の疲れはまだ残っていたが、三人が最初に気に掛けたのは、保護した少女の様子だった。
「おはよう。気分はどう?」
小夜が穏やかに声を掛ける。
少女はゆっくりと体を起こすと、見慣れない部屋を見回し、一気に表情を強張らせた。
「ここ……どこですか? 私、どうしてここにいるんですか?」
胸元を押さえながら息を整え、ふと自分が寝間着姿であることに気付いた。
「あ……」
慌てて身なりを確かめ、戸惑ったように三人を見回す。
「私は……紅葉といいます」
小さく頭を下げるものの、その表情には不安が色濃く浮かんでいた。
「えっと……私、何かしましたか?」
恐る恐る尋ねる声に、三人は顔を見合わせる。
小夜はできるだけ穏やかな口調で答えた。
「昨夜、外で倒れていたところを保護したの。だから安心して」
その言葉を聞いた瞬間、紅葉の表情が強張る。
「やっぱり……」
小さく漏らしたその一言に、美玲が首を傾げた。
「やっぱり?」
紅葉は唇を噛み、しばらく迷うように俯いていた。
しかし、意を決したようにゆっくり顔を上げる。
「ごめんなさい……。夜は家で寝ていたはずなんです。でも最近、朝起きると寝間着が汚れていたり、外へ出たような跡があったりして……。それなのに、その間の記憶がまったくないんです。
もしかしたら……昨夜も、皆さんに迷惑を掛けてしまったんじゃないかと思って……」
三人は思わず顔を見合わせた。
昨夜の出来事と、あまりにも符合している。
「何か心当たりはないの?」
月奈が静かに尋ねる。
紅葉はしばらく考え込んだ末、力なく首を横に振った。
「わかりません……。気が付いたらここにいて。それに、あなたたちは一体……?」
美玲は昨夜取り外した尾飾りを取り出し、紅葉へ見せる。
「これについては何か知ってる?」
尾飾りを目にした瞬間、紅葉の表情が変わった。
「それは……『天狐の尾飾り』です。曽祖母の形見なんです」
三人は自然と身を乗り出す。
紅葉は尾飾りを見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「曽祖母は『とても特別なものだから、大切にしなさい』って、何度も言っていました。でも、詳しいことは教えてくれなくて……。
ただ、これを身に着けるようになってから、変な夢を見ることが増えたんです。朝起きたら外にいたことも何度もあって……。
怖くなって、最近は倉にしまっていたはずなのに……どうして……」
「災いを呼ぶアイテムっぽいね……」
美玲が思わず漏らす。
紅葉は少し考え込むと、決心したように頷いた。
「お話を聞いて、やっぱりこれは危険なものなんだと思いました。
よかったら、あなたたちが持っていてください。
曽祖母は大切にしていましたけど、私には使いこなせそうにありません。それに、家族も誰も興味を示さないので、このまま家に置いていても、きっと忘れ去られてしまうだけです」
美玲は神妙な面持ちで尾飾りを見つめると、月奈へ差し出した。
月奈はしばらく黙ってそれを見つめる。
「……分かった。これは私たちが責任を持って預かるよ」
こうして月奈たちは、激しい戦いの末に魔法遺物《天狐の尾飾り》を手に入れた。
それは単なる装飾品ではない。
長い年月を経て受け継がれた力と、人知れず眠り続けていた秘密を宿す遺物だった。
三人はその重みを胸に刻みながら、新たな謎へと歩みを進めていく。
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