5-1-2 月奈2
月奈が「回収班」に誘われたのは、鉄屑回収屋でアルバイトを始めて二か月ほど経った頃のことだった。
「今日は回収班が人手不足でな。お前、力もあるし、頼れるやつだと思ってるんだよ」
現場監督のような立場の男にそう声をかけられ、月奈は戸惑った。
普段の仕事は倉庫で荷物を運ぶだけだ。しかし今日は、直接ケーブルを「回収」する現場へ同行してほしいという。
「回収班は危険な分、給料も倍だ」
その一言に、月奈の心は大きく揺れた。
(倍稼げるなら……行くしかない)
家計を支えるためだ。ここで断るという選択肢は、最初から頭になかった。
その日の夜、月奈はトラックの助手席に乗り込み、回収班の一員として現場へ向かった。
初対面の三人はいずれも無精ひげを生やし、どこか粗野な空気をまとっている。車内では必要最低限の会話しか交わされず、重苦しい沈黙だけが流れていた。
やがてトラックが停車したのは、郊外にある小さな町工場だった。
工場の明かりは落ちていたが、敷地内では機械の低い駆動音だけが絶え間なく響いている。建物の外周には、配電設備から伸びる太いケーブルが何本も這うように配線されていた。
「よし、手早くやるぞ」
リーダー格の男が工具箱を開きながら声をかける。
メンバーは慣れた様子でフェンスを乗り越え、配線へ駆け寄った。
電動工具の甲高い音が夜の静けさを切り裂く。
火花を散らしながら太いケーブルが切断されると、男たちはそれを丸め、手際よくトラックへ運び始めた。
月奈は思わず息を呑んだ。
(えっ……ここで切るの?)
てっきり廃材置き場から運び出す仕事だと思っていた。
だが目の前で行われているのは、稼働中の設備から配線そのものを切り取る作業だった。
「何ぼさっとしてる! 持て!」
怒鳴られ、月奈は慌てて切り離されたケーブルを抱え上げる。
見た目以上の重さが両腕に食い込む。
黙って運びながらも、胸の奥では嫌な予感だけが膨らみ続けていた。
昼間ならともかく、誰もいない夜中に作業をする意味が分からない。
それでも周囲の誰一人として疑問を口にすることはなく、作業だけが淡々と進んでいく。
月奈もまた、その空気に飲まれ、黙って手を動かし続けた。
その時だった。
背後で、かさりと草を踏むような小さな物音がした。
「まずい、警備員だ!」
リーダーの鋭い声が飛ぶ。
次の瞬間、暗闇の向こうで懐中電灯の光が揺れ、こちらへ近づいてくるのが見えた。
「急げ! トラックに乗れ!」
積みかけのケーブルを放り出し、一同は一斉に走り出す。
月奈も夢中で車内に飛び込んだ。
エンジンが唸りを上げ、トラックはタイヤを軋ませながら勢いよく発進する。
「大丈夫だ、振り切れる!」
リーダーの叫びを背に、トラックは夜道を猛スピードで駆け抜けた。
助手席にいた月奈は思わず振り返る。
警備員の懐中電灯は次第に小さくなり、やがて闇の中へと消えていった。
「よし、もう追いつけねぇ──」
運転手が安堵の声を漏らした、その瞬間だった。
激しい衝撃が車体を突き上げた。
「きゃっ!」
月奈の体が大きく前へ投げ出され、シートベルトに強く引き戻される。
「ちょっ、何が──」
振り返ると、交差点の中央で小型の電気自動車が横向きに止まっていた。
トラックが減速しないまま交差点へ突っ込み、見通しの悪い路地から出てきた車と衝突したのだ。
「おい、逃げるぞ!」
リーダーは焦った声で運転手を急かす。
しかし、月奈の目は別のものを捉えていた。
電気自動車のボンネットから白い煙が立ち上り、その量がみるみる増えていく。
次の瞬間、炎が噴き上がった。
「待って! 中に誰かいる!」
月奈は制止の声も聞かず、トラックから飛び降りた。
炎に照らされた車へ駆け寄る。
運転席では、一人の若い女性がハンドルに突っ伏したまま動かない。
「早くしないと……!」
ドアノブへ手を伸ばく。
しかし、熱せられた金属に触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。
「熱っ……!」
月奈は迷わずジャケットを脱ぎ、布越しにドアノブを掴む。
力いっぱい引くと、鈍い音を立ててドアが開いた。
「お願い、起きて!」
返事はない。
月奈は女性の腕を肩へ回し、全身の力を込めて車外へ引きずり出した。
「見た目より……重い……!」
女性の体は力なく傾き、思うように運べない。
それでも歯を食いしばり、一歩、また一歩と後ろへ下がる。
その直後だった。
車体の下から轟音が響き、炎が一気に噴き上がった。
「っ!」
思わず身をすくめる。
熱風が真正面から叩きつけられ、頬が焼けるように熱い。
髪が煽られ、呼吸をするだけで喉が焼けそうだった。
月奈の脳裏に、ニュース映像がよぎった。
電気自動車が炎に包まれ、消防隊が容易に近づけない様子を、以前テレビで見たことがある。
(まずい……!)
女性を抱えたままでは、とても走れない。かといって、ここで放り出すこともできない。
炎は勢いを増し、二人との距離を容赦なく縮めていく。
(間に合わない……!)
月奈は女性を抱きしめるように身を伏せ、思わず目を閉じた。
その時だった。
ポケットの中のスマホが、これまで感じたこともない熱を帯び始めた。
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