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5-1-19 追跡失敗

白い狐たちが群れを成し、霊狐塚を静かに取り囲んでいた。


月明かりを浴びた白い毛並みは淡く輝き、無数の狐像の間を音もなく歩く姿は、夢とも現実ともつかない幻想的な光景を生み出している。しかし、その美しさとは裏腹に、肌を刺すような緊張が辺りを支配していた。


月奈、小夜、美玲の三人は、物陰に身を潜めたまま息を殺す。


カールスティールが生み出す光学反射のフィールドは、監視カメラ程度なら欺ける。


だが、それが目の前の狐たちにも通用するのかは誰にも分からない。


気付かれていないだけなのか。


それとも、とっくに存在を知られた上で見逃されているだけなのか。


その答えを確かめる勇気は、誰にもなかった。


群れの中央には、一匹の白狐にまたがった少女が静かに佇んでいる。


ただそこにいるだけなのに、その存在だけが霊狐塚全体を支配しているようだった。


「……どうする?」


月奈が声を潜めて問いかける。


小夜は小さく首を振った。


「動けないよ……。これだけの狐に囲まれてる。それに、あの子も正体不明。下手に動いたら、どうなるか……」


最後まで言葉にならなかった。


美玲も双剣へ手を掛けたまま、周囲から視線を外さない。


「まずいわね……」


普段の軽口は影を潜め、その声には緊張が滲んでいた。


「完全に包囲されてる。もう戦うなんてレベルじゃない」


少女は三人を見るでもなく、静かに前を向いている。


だが、その周囲にはなおも白い狐が集まり続けていた。


一匹、また一匹。


まるで夜の闇から染み出してくるように姿を現し、少女を中心に静かな輪を作っていく。


月奈は無意識に腕輪に力を込めた。


このまま少女へ近づくべきか。


それとも、この場を離れるべきか。


どちらを選んでも、取り返しのつかない結果になりそうな予感だけが胸を締め付ける。


白い狐たちの瞳が、一斉に月明かりを映した。


その光は獣のものとは思えないほど静かで、どこか人の意思を宿しているようにも見える。


時間だけがゆっくりと流れていく。


誰一人、息を荒げることすらできない。


やがて少女は、何かを終えたように白狐の背へ身を預けると、そのまま静かに向きを変えた。


狐たちも命令を待っていたかのように後へ続き、一匹ずつ霊狐塚を離れていく。


群れは騒ぐこともなく、足音さえ立てず、夜の闇へ溶け込むように姿を消していった。


「……行っちゃった」


小夜がようやく息を吐く。


月奈も強張っていた肩から力を抜いた。


「どうしようも……なかったね」


追うこともできず、呼び止めることもできない。


ただ、その背中を見送ることしかできなかった。


最後の一匹が闇へ消えると、霊狐塚には再び静寂だけが戻る。


しかし三人は、すぐには動けなかった。


本当に去ったのか。


それとも、まだどこかから見られているのか。


そんな疑いが拭えず、誰もその場を離れようとしなかった。


ようやく互いに視線を交わし、小さく頷き合う。


三人は慎重に霊狐塚を後にし、白み始めた空の下、ホテルへの帰路についた。


部屋へ入ると、張り詰めていた緊張が一気にほどける。


月奈はそのままベッドへ倒れ込み、小夜と美玲も無言で椅子やベッドへ腰を下ろした。


誰も口を開かなかった。


恐怖というより、自分たちには何もできなかったという事実が、それぞれ胸に重く残っていた。


—-


翌朝。


十分な睡眠を取ったはずなのに、疲労は抜け切っていなかった。


それでも月奈は気持ちを切り替えるように端末を手に取る。


リーダー役を任されている以上、昨夜の出来事は自分が報告しなければならない。


通信が繋がると、月奈は小さく息を吸った。


「……そういう訳で、結局何もできませんでした。


狐たちの威圧感に呑まれてしまって、少女を見送るだけで精一杯でした」


報告を終えると、通信の向こうはしばらく沈黙した。


その静けさが、かえって月奈の緊張を高める。


やがて葉山が静かに口を開いた。


「……なるほど。だが、それでいい」


思いがけない返答に、月奈は思わず端末を見つめた。


「お前たちは数で圧倒的に不利だった。相手の正体も能力も分からない状況で無理に仕掛けていたら、今頃こうして報告は聞けなかっただろう」


淡々とした口調だったが、その言葉には経験に裏打ちされた重みがあった。


「引くべき時に引く判断も、この仕事では重要だ。無事に戻ってきたことも成果の一つだと思え」


月奈は胸につかえていたものが、少しだけ軽くなるのを感じた。


「ありがとうございます」


自然とそんな言葉が口をついていた。


「引き続き調査を進めてくれ。何か分かったら連絡しろ」


それだけ告げると、葉山は通信を切った。


端末を下ろした月奈は、大きく息を吐いた。


その様子を見ていた美玲が、小さく吹き出す。


「狐につままれたような顔して、どうしたの?」


「何よ、それ……」


月奈が苦笑すると、美玲は肩をすくめた。


「いや、もっと怒られると思ってたからさ。拍子抜けした顔」


その一言に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


小夜も思わず笑みを浮かべた。


落ち着きを取り戻した三人は、改めて昨夜の出来事を整理し始めた。


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