5-1-18 稲荷の怪2
ホテルを出た三人は、人気のない夜道を足早に進んだ。
昼間は観光客で賑わっていた豊川稲荷も、この時間になると人影はほとんどない。
静まり返った参道には街灯の明かりだけが淡く伸び、昼とはまるで別の場所へ迷い込んだような錯覚を覚えさせる。
総門を前にして、月奈は静かにスマホを取り出した。
「カールスティール」
銀色の《巨蟹の腕輪》が淡く輝く。
「監視範囲を確認。光学・赤外線対策を開始する」
魔力が三人を包み込む。
目に見える変化は何もない。
しかし、ライブカメラや監視設備へ映り込む光だけがわずかに屈折し、三人の姿を覆い隠していく。
「これで大丈夫」
月奈は小さく頷いた。
「少なくとも監視カメラには映らないはず」
「便利ね」
美玲が感心したように呟く。
「昼間も使えばよかったのに」
「人が多い場所だと反射が複雑になるから、精度が落ちるんだって。それに長く使うと魔力もかなり使うらしくて」
月奈が苦笑する。
「静かに」
小夜はスマホへ視線を落としたまま言った。
「反応は消えてない。まだ境内にいる」
三人は言葉少なに境内へ足を踏み入れた。
夜の豊川稲荷は、昼とはまるで空気が違っていた。
昼間は参拝客の声や足音で満ちていた境内も、今は風が木々を揺らす音だけが静かに響いている。
本殿を横目に進み、そのまま霊狐塚へ向かう。
やがて無数の狐像が並ぶ一角へたどり着いた。
昼間にも圧倒された光景だった。
だが夜になると、その印象はまるで違う。
月明かりを浴びた白い石像が闇の中へ無数に浮かび上がり、どれも静かにこちらを見つめているように思えた。
誰も口を開かない。
石像しかないはずなのに、何百もの視線へ囲まれているような感覚だけが肌へまとわりついてくる。
その時だった。
小夜が不意に立ち止まる。
「……いる」
震えるような小さな声だった。
月奈と美玲も息を呑み、その視線の先を追う。
狐像が並ぶ奥。
白い狐が一頭、静かに歩いていた。
その背には、小柄な少女が腰掛けている。
ライブ映像で見た姿、そのままだった。
白い着物。
長い黒髪。
感情を感じさせない横顔。
月明かりの中をゆっくり進む姿は幻想画のように美しく、それでいて現実から切り離された存在にも思えた。
少女は三人へ気付く様子もなく、狐の歩みに身を任せている。
「本当に……いた」
美玲が思わず息を漏らす。
その瞬間だった。
月奈は別の異変へ気付いた。
「……待って」
その声に二人も周囲を見回す。
「狐が増えてる」
少女の後ろを、一頭、また一頭と白狐が現れる。
まるで夜の闇から染み出すように、その数は静かに増え続けていく。
気付けば五頭。十頭。さらに増えていく。
狐たちは少女を守るように自然と周囲を囲み始め、その群れは音もなく霊狐塚の中央へ流れていった。
「さっきは一匹だけだったのに……」
小夜の声が震える。
《磨羯の籠手》の解析画面には、新たな魔力反応が次々と表示されていた。
「この反応……全部、本物」
「冗談でしょ……」
美玲も思わず表情をこわばらせる。
昼間には何もなかった場所が、夜になった途端、まるで別世界へ変わってしまったかのようだった。
「この感じ……」
美玲は《双児の双剣》へ手を添える。
「ただの霊なんかじゃない」
月奈も静かに《巨蟹の腕輪》をかざす。
「でも……敵かどうかも分からない。」
三人はその場から動けなかった。
少女はなおも狐たちを従えながら、霊狐塚の中央へ向かって歩いていく。
その背中には敵意も殺気も感じられない。
だからこそ、どう動けばいいのか分からない。
近付くべきか。
隠れたまま様子を見るべきか。
それとも、このまま引き返すべきなのか。
誰も答えを持ってはいなかった。
「……どうする?」
月奈が小さく尋ねる。
返事はない。
ただ三人は息を潜め、白狐の群れと少女の一挙手一投足から目を離せずにいた。
夜の霊狐塚は、静寂の中でゆっくりとその姿を変えようとしていた。
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