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5-1-17 稲荷の怪1

近くのビジネスホテルへ戻ると、三人は誰からともなく一つの部屋へ集まった。


買ってきた飲み物を机へ並べ、それぞれベッドへ腰を下ろす。


「結局、収穫ゼロだったね」


月奈が力なく笑う。


「せめて何か一つくらい手掛かりがあれば違ったんだけど」


「葉山さんも、もう少し教えてくれてもいいのに」


美玲はペットボトルを開けながら不満そうに言った。


「『調査も仕事だ』って言われても、さすがに情報が少なすぎるわ」


「でも、葉山さんも本当に知らないのかもしれないよ」


小夜がぽつりと返す。


「あの人、いつも必要最低限しか話さないし」


「それはそれで困るんだけどね」


美玲は苦笑した。


そのやり取りを聞きながら、小夜だけはスマホの画面を見つめ続けていた。


豊川稲荷の由来。


境内の歴史。


祭られている神仏。


過去に伝わる逸話。


思いつく限りの情報を調べてみるが、魔法遺物へ結び付くような記述は見当たらない。


「霊場だからって、必ず何かあるとは限らないのかな……」


小さく漏らした独り言に、誰も答えなかった。


部屋には、しばらく静かな時間だけが流れる。


やがて月奈が大きく伸びをした。


「今日は早く休もうか」


「明日もう一回歩いてみよう」


美玲も頷く。


「せっかくここまで来たんだしね」


小夜もスマホの画面を消し、小さく息を吐いた。


「うん。別の見方をすれば、何か見つかるかもしれない」


月奈も美玲も疲れ切っており、ベッドへ横になると間もなく静かな寝息を立て始めた。


だが、小夜だけは眠る気になれなかった。


ベッドサイドに腰掛けると再びスマホを手に取り、昼間から気になっていた映像を開く。


豊川稲荷の総門前に設置されたライブカメラだった。


参拝中、最初にその存在へ気付いたのは小夜である。


観光地だけあって、防犯や混雑状況の確認を目的としたライブ配信が行われていた。


昼間は「映り込まないよう気を付けよう」と警戒していた程度だったが、今になって別の考えが浮かんでいた。


もし本当に何かがある場所なら、人ではなく、別の何かが映っていることはないだろうか。


そんな半ば思いつきのような発想だった。


時刻はすでに深夜。


画面の向こうでは、昼間の賑わいが嘘のように境内が静まり返っている。


参拝客の姿はなく、総門の灯だけが夜の闇をぼんやりと照らしていた。


小夜は無意識のうちに画面を見つめ続ける。


数分が過ぎても何も起こらない。


やはり考えすぎだったのだろうか。


そう思い始めた、その時だった。


「……え?」


画面の端で、何か白いものが揺れた。


ノイズにも見える。


木々の影にも見える。


だが、一瞬だけでは終わらなかった。


白い影はゆっくりと動き続けている。


「……何かいる?」


小夜は姿勢を正した。


肉眼では判別できない。


ならば、とスマホへ意識を向ける。


「ストラグレイブ」


静かな呼びかけに応じるように、スマホが淡い光を放った。


「解析モードへ移行する」


落ち着いた声とともに、《磨羯の籠手》が静かに姿を変える。


戦闘用の籠手だった外装が分割し、魔力解析用の構造へと組み替わっていく。


「電子映像へ魔力補正を開始」


画面へ魔法が重ねられる。


電子情報へ干渉し、人の目では認識できない魔力の揺らぎだけを抽出していく。


昼間には何も映っていなかった景色が、少しずつ違う表情を見せ始めた。


「これは……」


小夜は思わず息を呑む。


総門の前に、一頭の白い狐が立っていた。


いや、それだけではない。


その背には、小柄な少女が静かに腰掛けている。


月明かりを受けた白い毛並みは淡く輝き、少女の白い着物が夜風に合わせて静かに揺れていた。


まるで昔話から抜け出してきたような幻想的な光景だった。


少女は周囲を見回すこともなく、白狐へ身を預けたまま総門をくぐる。


そして、ゆっくりと境内の奥へ消えていった。


「……嘘でしょ」


小夜は画面を見つめたまま呟く。


ストラグレイブの解析は続いている。


映像ノイズでも、通信障害でもない。


魔力反応あり。


解析結果は、その存在が現実であることを示していた。


小夜は慌ててスマホを握り締めると、隣のベッドへ駆け寄った。


「月奈!」


肩を揺すると、月奈が薄く目を開ける。


「……どうしたの?」


「起きて。見てほしいものがある」


その声に、美玲も布団の中で寝返りを打った。


「何してるの、小夜……まだ夜中でしょ……」


眠そうな声だった。


だが、小夜は首を横へ振る。


「総門前のライブカメラに映ったの」


息を整えながら続ける。


「白い狐に乗った女の子が、境内へ入っていくところを見た」


「……は?」


美玲は半分寝ぼけたまま苦笑する。


「夢でも見たんじゃないの?」


「違う」


小夜はスマホを差し出した。


「ストラグレイブで解析したの。魔力反応も確認できた」


その一言で、月奈の表情が変わる。


眠気は一瞬で消え失せていた。


画面を見つめ、小さく息を吐く。


「……行こう」


その短い言葉だけで十分だった。


三人は急いで身支度を整えると、静まり返ったホテルを後にし、夜の豊川稲荷へ向かった。

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